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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
94/108

第94話 【五分】


午後三時。


利用者の居室。


高梨は点滴ルートを確認していた。


処置はすぐ終わる。


状態も安定している。


疼痛コントロールも良好。


家族も穏やかだった。


問題は何もない。


その時。


「高梨さん」


若い看護師が部屋へ入ってきた。


「どうしたの?」


「主任からです」


「うん」


「少しだけ入ってくださいって」


高梨の手が止まる。


少しだけ。


最近よく聞く言葉だった。


若い看護師は続ける。


「複数名訪問の対象なので」


高梨は黙る。


そして部屋へ入る。


利用者へ挨拶する。


状態を見る。


五分。


いや。


実際には三分もなかった。


そのまま部屋を出る。


若い看護師も続く。


廊下。


高梨は聞く。


「何か困っていた?」


「え?」


「利用者さん」


「いえ」


「移乗?」


「ありません」


「処置介助?」


「ないです」


「急変リスク?」


「特には」


若い看護師は少し困った顔をした。


「でも」


「うん」


「主任が」


そこで言葉を止める。


高梨は続きを聞かなかった。


聞かなくても分かる。


夕方。


ナースステーション。


記録入力。


画面を見る。


訪問看護実施。


複数名訪問。


高梨の名前。


記録上は間違っていない。


確かに入室した。


確かに状態も見た。


嘘は書かれていない。


しかし。


高梨はモニターを見つめたまま動けなかった。


これは本当に同じなのだろうか。


本来必要な複数名訪問と。


今の訪問は。


夜。


休憩スペース。


宮本が缶コーヒーを飲んでいた。


高梨も隣へ座る。


「珍しいですね」


宮本が言う。


「何がです?」


「高梨さんが休憩してるの」


少し笑う。


そして沈黙。


やがて高梨が呟く。


「宮本さん」


「はい」


「嘘じゃないんです」


宮本は黙る。


「記録も本当なんです」


「うん」


「部屋にも入ってます」


「うん」


「利用者も見ています」


宮本は頷く。


しばらく考える。


そして聞く。


「じゃあ何が嫌なんです?」


高梨は答えられなかった。


それが問題だった。


法律で説明できない。


規則でも説明できない。


だが。


どこか違う。


そんな感覚だけが残る。


ホテル。


同じ頃。


榊は資料を見ていた。


訪問記録。


勤務表。


入退室記録。


その中で、


ある利用者のデータに目が止まる。


訪問時間。


14時02分。


14時07分。


14時11分。


14時16分。


別々の看護師。


別々の訪問。


しかし。


榊は眉をひそめた。


「短いな」


独り言だった。


短いこと自体は問題じゃない。


利用者状態によってはあり得る。


だが。


最近似たような記録が増えている。


偶然か。


それとも。


その時だった。


パソコンへメールが届く。


差出人。


高梨真由。


件名はない。


添付ファイルが一つ。


ファイル名。


『複数名訪問実績比較』


榊はしばらく画面を見つめていた。


そしてゆっくりと開く。


初めてだった。


高梨が感覚ではなく、


数字で話そうとしたのは。


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