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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
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第89話 【瑕疵】


翌日。


榊は施設内を歩いていた。


目的は明確だった。


高梨真由の調査。


それが依頼内容。


今までは施設を見ていた。


これからは高梨を見る。


午前中。


高梨は利用者の処置を行っていた。


丁寧だった。


説明も分かりやすい。


利用者との関係も良好。


午後。


家族対応。


クレームなし。


むしろ感謝されている。


夕方。


記録監査。


不備なし。


夜。


申し送り。


簡潔。


正確。


榊は資料を閉じた。


「隙がないな」


思わず呟く。


これまでの対象者なら、


とっくに問題が見つかっていた。


パワハラ。


勤務不良。


人間関係。


何かしら。


しかし高梨にはない。


ないのだ。


その夜。


施設長と面談。


「高梨さんですか」


施設長は少し困った顔をした。


「能力は高いですよ」


「そう見えます」


「利用者からの信頼も厚いです」


「家族からも」


施設長は頷く。


「間違いなくうちの主力です」


榊は黙った。


依頼書の内容と一致しない。


「ではなぜ」


施設長がため息をつく。


「真面目すぎるんです」


その言葉に榊は目を細めた。


真面目すぎる。


管理職がよく使う言葉だった。


「どういう意味ですか」


施設長は少し迷う。


そして答えた。


「白か黒かなんです」


「……」


「グレーを許せない」


静かな声だった。


「現場ってそんなに単純じゃないでしょう」


榊は答えない。


施設長も続ける。


「利用者のために多少の柔軟さが必要なこともあります」


「高梨さんは?」


「それができない」


施設長はそう言った。


それは批判だった。


同時に評価でもあった。


夜勤帯。


高梨はナースステーションで記録を書いていた。


そこへ宮本が現れる。


モップを持ったまま。


「まだいたんですか」


高梨が笑う。


「そっちこそ」


宮本も笑った。


しばらく沈黙。


やがて宮本が言う。


「最近顔色悪いですよ」


高梨は苦笑した。


「そうですか」


「そうです」


宮本は椅子へ座る。


そして聞いた。


「後悔してます?」


高梨は少し驚く。


「何をですか」


「悩んでること」


沈黙。


長かった。


やがて高梨は首を横に振った。


「後悔はしてません」


「ならいいじゃないですか」


宮本はあっさり言った。


「でも」


高梨の声が小さくなる。


「辞めることになるかもしれません」


宮本は頷いた。


「でしょうね」


即答だった。


高梨は思わず笑ってしまう。


「否定しないんですね」


「だって」


宮本は肩をすくめる。


「そういう話なんでしょう?」


高梨は何も言わなかった。


「でも」


宮本が立ち上がる。


「辞めたら終わりじゃないですよ」


「……」


「看護師なんだから」


そう言ってモップを持つ。


「俺だったら次の仕事探すの大変ですけどね」


高梨は小さく笑った。


久しぶりだった。


心から笑えたのは。


その頃。


ホテルでは榊が報告書を書いていた。


対象者。


高梨真由。


能力。


優秀。


勤務態度。


良好。


対人関係。


問題なし。


そして最後の欄。


解任可能性。


榊の手が止まる。


しばらく考える。


そして一行だけ入力した。


「対象者に瑕疵は見当たらない」


その報告は、


依頼主が最も聞きたくない内容だった。


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