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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
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第86話 【家だから】


夕方。


施設長室。


窓の外では雨が降っていた。


榊は施設長と向かい合って座っている。


机の上には資料。


訪問回数。


利用者一覧。


状態評価表。


「率直に聞いてもいいですか」


榊が言った。


「どうぞ」


施設長は落ち着いていた。


「訪問回数が多いですね」


施設長は少しだけ笑った。


「そうですね」


否定しない。


「終末期利用者に対して特に」


「ええ」


「なぜですか」


数秒の沈黙。


施設長は窓の外を見た。


そして静かに答えた。


「家だからです」


榊は黙る。


「病院ではありません」


施設長は続けた。


「ここは利用者さんの家です」


「……」


「病院ならモニターがあります」


「そうですね」


「ナースステーションから状態を把握できます」


「うん」


「異常があればすぐ分かる」


施設長は一度言葉を切った。


「でも」


視線が榊へ向く。


「ここにはありません」


静かな声だった。


「だから私たちが見に行くんです」


「訪問で?」


「はい」


即答だった。


「呼吸の変化」


「……」


「表情の変化」


「……」


「食事量」


「……」


「眠り方」


「……」


「ご家族の不安」


施設長は言う。


「それは数字では見えません」


榊は黙って聞いていた。


「だから訪問します」


施設長は続ける。


「結果として急変も少ない」


「急変」


「はい」


施設長は資料を取り出した。


看取り報告書。


「ここ数年」


ページをめくる。


「訪問時に心停止していたケースはありません」


榊の眉が動く。


かなり珍しい。


「一件も?」


「ありません」


施設長は頷いた。


「ほとんどの方が予測できています」


そして続ける。


「ご家族も呼べます」


「……」


「職員も集まれます」


「……」


「本人も一人ではありません」


その言葉には説得力があった。


佐伯の顔が浮かぶ。


あの穏やかな最期。


確かに。


あれは偶然ではない。


施設長はさらに言った。


「榊さん」


「はい」


「私は利益を否定しません」


真っ直ぐな視線。


「株式会社ですから」


「……」


「でも」


施設長は少しだけ表情を柔らかくした。


「利用者さんを見捨てて利益を出そうとは思っていません」


榊は何も言わなかった。


言えなかった。


施設長の言葉は本心に聞こえた。


少なくとも。


嘘をついている人間には見えない。


施設長室を出たあと。


廊下の先に高梨がいた。


記録を持って歩いている。


施設長の話を聞けば、


納得してしまいそうになる。


だが高梨は違う。


同じ現場を見て。


同じ利用者を見て。


それでも悩み続けている。


榊は立ち止まった。


施設長は正しい。


高梨も正しい。


その事実だけが、


ますますこの問題を難しくしていた。



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