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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
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第85話 【選んだつもり】


午後三時。


面談室。


榊はある家族への聞き取りを行っていた。


利用者の長男。


五十代半ば。


会社員。


穏やかな男性だった。


「こちらの施設はいかがですか」


榊が尋ねる。


男性はすぐに答えた。


「素晴らしいですよ」


即答だった。


「母も落ち着いていますし」


「そうですか」


「職員さんも親切です」


「何か不満は?」


男性は首を横に振った。


「ありません」


少し笑う。


「むしろ感謝しています」


榊はメモを取った。


いつも通りだった。


ここ数日、


何人もの家族へ話を聞いた。


誰も施設を悪く言わない。


誰も。


その時だった。


「そういえば」


男性が思い出したように言う。


「看護師さんがよく来てくれるんですよ」


榊の手が止まる。


「そうなんですか」


「ええ」


男性は笑う。


「母も安心してます」


「訪問回数はご存知ですか」


「詳しくは」


男性は首を傾げた。


「でも増えた気がします」


「理由は聞きましたか」


「必要だからだと思ってました」


自然な答えだった。


利用者家族ならそう考える。


「説明はありました?」


男性は少し考える。


「説明ですか」


数秒の沈黙。


「いや」


首を横に振った。


「特に」


榊は黙る。


男性は続けた。


「でも看護師さんが必要だと言うなら必要なんでしょう?」


そこに悪意はなかった。


むしろ信頼だった。


「専門家ですから」


榊はメモを閉じた。


面談終了後。


廊下を歩く。


高梨の言葉が頭をよぎる。


全部説明できる。


全部記録も書ける。


全部ルールの中にある。


そして、


もう一つ。


利用者は喜んでいます。


その通りだった。


長男は満足していた。


母親も満足している。


誰も困っていない。


だが。


本当に選んだのだろうか。


榊は立ち止まる。


「選んだつもり」


小さく呟く。


医療。


介護。


看護。


専門職が勧めるサービス。


利用者や家族は、


本当に比較検討した上で選択しているのだろうか。


それとも。


信頼しているから受け入れているだけなのか。


夕方。


ナースステーション。


高梨は利用者家族へ説明を行っていた。


「状態変化のリスクがありますので」


丁寧な口調。


落ち着いた説明。


家族も真剣に聞いている。


「訪問回数を増やすこともできます」


家族はすぐに頷いた。


「お願いします」


迷いはない。


「ありがとうございます」


高梨は頭を下げた。


説明に問題はない。


同意も得ている。


手続きも適切。


全て正しい。


全てルールの中。


それでも。


家族が去った後、


高梨は窓の外を見つめていた。


家族は本当に理解していただろうか。


自分は十分説明できただろうか。


訪問回数を増やす理由を。


メリットだけでなく、


本当に必要なのかという部分まで。


答えは出ない。


だが。


最近、


同じ質問ばかりを自分に投げかけている気がした。


その夜。


ホテル。


榊はノートを開く。


今まで書き込んできたメモの横に、


新しい一文を加えた。


「満足」と「納得」は違う。


しばらくその文字を見つめる。


そして静かにペンを置いた。


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