第8話 【消去タイマー】
ピッ、ピッ、ピッ――。
地下倉庫に規則的な電子音が響く。
宮下遥の顔は青ざめていた。
「ば、爆弾……?」
「違います」
榊真司は即答した。
「この音、たぶんデータ消去装置です」
「データ……?」
榊は段ボールをどかしていく。
奥にあったのは、小型の外付けHDDとノートパソコン。
その横で、小さなタイマーが点滅していた。
残り時間。
――00:02:11。
「やっぱり」
榊はすぐUSBメモリをPCへ差し込む。
遥は混乱したまま周囲を見る。
「どういうことですか……!?」
「誰かがこの倉庫のデータを遠隔で消そうとしてる」
榊の指が高速で動く。
フォルダが開く。
画面には大量の動画ファイル。
“夜勤会議_01”
“労基対応”
“離職処理”
そして。
“相沢案件”
遥の背筋が凍る。
「案件って……人を?」
「人じゃない。“問題”です」
榊の声は冷たい。
「この病院、人間を問題処理として扱ってる」
タイマーは減っていく。
01:34。
榊は動画を一つ再生した。
映像は会議室。
数年前の日付。
そこに映っていたのは――岸本事務長と、病院長だった。
『これ以上騒がれる前に辞めてもらうしかありません』
『遺族対応は?』
『労災を認めなければ大丈夫です』
遥の呼吸が止まる。
榊の目が鋭くなる。
本物だ。
これは病院が隠した“証拠”そのもの。
だが次の瞬間。
画面に警告が表示される。
> DATA DELETE START
タイマー残り。
00:58。
「まずいな……」
榊はUSBへデータを移し始める。
しかし転送速度が遅い。
遥が叫ぶ。
「間に合うんですか!?」
「全部は無理です」
榊は迷わずファイルを選別した。
相沢案件。
労基対応。
夜勤会議。
核心だけを抜き取る。
タイマー。
00:31。
その時だった。
地下倉庫の外から声が聞こえた。
「……中にいるのか?」
男の声。
岸本だった。
遥が扉へ駆け寄る。
「開けてください!!」
だが岸本は返事をしない。
代わりに低く言った。
「榊さん。これ以上は本当に危険です」
榊は作業を止めない。
「危険なのはそっちでしょう」
「病院が潰れれば、患者も職員も路頭に迷う!」
岸本の声は切迫していた。
「だから隠すしかなかったんだ!」
遥が震える。
榊はようやく顔を上げた。
「その結果、一人死んだ」
沈黙。
タイマー。
00:14。
岸本の呼吸音だけが扉越しに聞こえる。
そして小さく呟いた。
「……一人じゃない」
榊の手が止まる。
遥も凍りつく。
「今、なんて――」
その瞬間。
タイマーがゼロになる。
画面が暗転した。
地下倉庫に静寂が落ちる。
だが。
榊のUSBだけは、小さくアクセスランプを点滅させていた。
そして扉の向こうで。
岸本が、まるで諦めたように言った。
「……もう戻れないぞ」




