第76話 【家族会】
土曜日。
施設の多目的ホールには多くの人が集まっていた。
利用者。
家族。
職員。
そして子どもたち。
入口には手書きの案内が貼られている。
家族会
榊は最後列の席に座っていた。
視察の一環だった。
施設長からも、
ぜひ見てほしいと言われていた。
「こんなのやるんだな」
隣の西田に声をかける。
「毎月やってます」
「毎月?」
「家族さんとの意見交換ですね」
定刻になる。
司会の職員が前に立った。
簡単な施設報告。
事故件数。
感染状況。
利用者の様子。
どれもよくある内容だった。
違ったのはその後だった。
「何かご意見ありますか?」
司会が尋ねる。
するとすぐに手が上がる。
榊は身構えた。
苦情かもしれない。
だが。
「いつもありがとうございます」
七十代くらいの男性だった。
涙ぐんでいる。
「母がここへ来てから笑うようになりました」
会場が静かになる。
「病院では面会時間ばかり気にしていました」
男性は言葉を続ける。
「でもここは違った」
男性は深く頭を下げた。
「本当に感謝しています」
拍手が起きる。
自然な拍手だった。
職員が誘導したものではない。
家族から起きた拍手だった。
その後も同じだった。
「旅行に連れて行けた」
「最期まで夫婦で過ごせた」
「犬と暮らせた」
「孫を毎週会わせられた」
感謝。
感謝。
感謝。
榊は腕を組んだ。
これだけ利用者家族から支持される施設を見たことがなかった。
「どうです?」
西田が小声で聞く。
「すごいな」
「でしょう」
西田は少し誇らしそうだった。
まるで自分のことのように。
その時だった。
一人の女性が立ち上がる。
三十代後半くらい。
娘だろうか。
「質問があります」
会場が静かになる。
初めて空気が変わった。
「母はここで幸せに過ごしています」
女性は言った。
「職員さんにも感謝しています」
前置きだった。
榊はそう感じた。
「でも」
施設長が女性を見る。
穏やかな表情のまま。
「最近、母への看護師さんの訪問回数が増えています」
女性は言った。
「病状は変わっていないと思うんですが」
数秒の沈黙。
施設長は笑顔を崩さない。
「ご心配ありがとうございます」
そして自然に答えた。
「状態変化を早期発見するためです」
女性は納得したように頷く。
それで話は終わった。
会場も気にしていない。
西田も気にしていない。
誰も気にしていない。
ただ一人。
榊だけが引っかかった。
訪問回数。
たったそれだけの言葉。
しかし匿名告発の文面が頭をよぎる。
数字を見てください。
利用者ではなく。
数字を。
榊は静かにメモ帳を開いた。
そして初めて一行だけ書き込んだ。
看護師訪問回数
それが、
この事件の最初の手掛かりだった。




