第75話 【数字】
施設見学三日目。
榊は施設長から資料を受け取っていた。
「こちらが運営状況です」
会議室の机に分厚いファイルが置かれる。
利用率。
入居率。
離職率。
職員数。
売上。
利益率。
全国展開する企業だけあって資料は整っていた。
むしろ整いすぎていた。
「何か気になる点はありますか?」
施設長が尋ねる。
「今のところは」
榊はページをめくった。
入居率九十八パーセント。
離職率七パーセント。
看護師配置も手厚い。
介護士の人数も十分。
給与も高い。
研修制度も充実。
利用者満足度も高い。
家族アンケートも高評価。
欠点らしい欠点が見当たらない。
「すごいですね」
榊は素直に言った。
施設長が笑う。
「ありがとうございます」
「これだけ人を集めて利益も出している」
「企業ですから」
「介護業界では珍しい」
施設長は少し肩をすくめた。
「利益が悪だとは思いません」
「私もそう思います」
「利益がなければ職員を守れませんから」
もっともな話だった。
反論する余地はない。
資料を閉じた榊は窓の外を見る。
中庭では利用者と職員が散歩している。
穏やかな光景だった。
その時だった。
ふと数字が頭に残った。
「施設長」
「はい」
「看護師、多いですね」
施設長が頷く。
「ホスピスですから」
「確かに」
「終末期の方が多いので」
榊は再び資料を見る。
看護師配置。
介護士配置。
医療依存度。
利用者数。
収益。
利益。
そしてまた収益。
何かが引っかかる。
だが言葉にならない。
その日の昼。
休憩室で西田とコーヒーを飲んでいた。
「慣れました?」
西田が笑う。
「何にだ」
「この施設」
「まだ三日目だぞ」
「最初みんな驚くんです」
西田は缶コーヒーを開けた。
「前の施設じゃ考えられなかったですから」
その言葉に榊は何も言わない。
西田自身も気付いているのだろう。
以前の職場では、
休憩時間すらまともに取れなかった。
「給料も良いし」
西田が続ける。
「休みも取れるし」
「そうか」
「子どもと遊ぶ時間も増えました」
「それは良かったな」
「介護の仕事辞めなくて良かったと思ってます」
その顔は本心だった。
だからこそ榊は聞いてみた。
「この会社のこと、どう思ってる?」
西田は即答した。
「最高ですよ」
迷いがなかった。
一秒も。
その夜。
ホテルのデスクで資料を見返していた榊は、
ある数字で手を止めた。
全国百二十施設。
総入居者数約五千名。
年間売上。
三百億円超。
榊は眉をひそめた。
大企業としては驚く数字ではない。
だが。
ホスピス型住宅施設として考えると大きい。
かなり大きい。
その時、スマートフォンが鳴った。
差出人不明。
メールだった。
件名はない。
本文も一行だけ。
数字を見てください。
利用者ではなく。
数字を。
榊の視線が止まる。
匿名告発者だった。
初めての接触だった。




