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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
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第74話 【最期の居場所】


翌朝。


榊は施設内を案内されていた。


案内役は西田だった。


「改めて説明しますね」


エレベーターを降りながら西田が言う。


「ここは住宅型有料老人ホームです」


「特養とは違うんだな」


「ええ」


「どう違う?」


西田は少し考えてから答えた。


「簡単に言うと、家です」


廊下の先には個室が並んでいた。


病院でもない。


介護施設とも少し違う。


部屋の前には写真。


家族との思い出。


孫の絵。


旅行先で撮影した風景。


まるでマンションの一室だった。


「病院だと治療が目的です」


西田が説明する。


「でもここは生活の場所なんです」


「生活か」


「はい」


「だから外出もできますし、家族も自由に来られます」


部屋の一つから笑い声が聞こえた。


中では女性利用者がテレビを見ている。


隣には娘らしき女性。


ベッドの脇には小さな犬までいた。


榊は思わず足を止めた。


「犬?」


「家族ですよ」


西田が笑う。


「ここは可能な限り制限を作りません」


女性利用者がこちらに気付く。


「あら、新人さん?」


「違います」


西田が苦笑した。


「お客様です」


「そうなの?」


女性は嬉しそうに笑った。


「ここ良いところよ」


「そうですか」


「病院にいた頃はね」


女性は天井を見上げた。


「面会も制限があったし、周りも気を遣うし」


「うん」


「でもここは家だから」


そう言って犬の頭を撫でる。


「最期を迎えるならここがいいわ」


部屋を出たあとも榊は黙っていた。


西田が口を開く。


「ホスピスって聞くと、みんな死を待つ場所だと思うんです」


「違うのか」


「死ぬまで生きる場所です」


榊は少しだけ驚いた。


西田からそんな言葉を聞くとは思わなかった。


昼食の時間。


食堂には利用者が集まっていた。


スタッフが慌ただしく動いている。


だが空気は穏やかだった。


ある利用者は将棋を指し、


ある利用者は歌を歌い、


ある利用者は家族と昼食を食べている。


病院の食堂とはまるで違う。


そこには生活があった。


「西田さん!」


若い介護士が声をかける。


「午後のカンファレンスお願いします!」


「了解」


西田は笑顔で返事をした。


その様子を榊は見つめる。


以前の西田にはなかった表情だった。


疲弊した職員ではない。


一人の専門職として働いている顔だった。


「変わったな」


榊が言った。


「え?」


「お前」


西田は照れ臭そうに笑った。


「そうですかね」


「前はいつも死にそうな顔してた」


「してましたね」


「今は違う」


しばらく沈黙が続いた。


そして西田が小さく呟く。


「人間、職場で変わるんですよ」


その言葉は重かった。


これまでの施設を否定するような言葉ではない。


むしろ証明だった。


良い職場は人を壊さない。


当たり前のことだが、


介護業界では珍しい。


その日の夕方。


榊は一人でロビーを歩いていた。


ふと掲示板に目が留まる。


職員募集ポスター。


介護士。


看護師。


リハビリ職。


どれも給与水準が高い。


高すぎる。


地域相場より明らかに高かった。


そのとき背後から声がした。


「気になりますか?」


振り返る。


施設長だった。


四十代後半。


穏やかな笑顔を浮かべている。


「いや」


榊は答える。


「良い施設だと思いまして」


施設長は笑った。


「ありがとうございます」


そして少しだけ誇らしそうに言う。


「私たちは職員に還元する経営をしていますから」


職員に還元する。


利用者に還元する。


家族にも還元する。


誰も不幸になっていない。


誰も搾取されていない。


理想的な施設だった。


少なくとも表面上は。


その夜。


ホテルに戻った榊は資料を開く。


匿名の告発文。


そこには前回読まなかった一文が続いていた。


利用者は幸せです。


職員も幸せです。


家族も感謝しています。


だから誰も声を上げません。


ですが、このままでは必ず問題になります。


榊は静かに紙を置いた。


初めてだった。


告発文を読んで、


施設を守りたいと思ったのは。


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