第6話 【消されたカルテ】
霊安室の映像は、十五秒で終わった。
深夜。
白い廊下。
ストレッチャーで運ばれる若い女性。
そして最後に、小さく聞こえる声。
> 「カルテ、先に回して」
動画はそこで切れていた。
宮下遥が息を呑む。
「……これ、本物ですか」
榊真司は答えなかった。
無言のまま、動画をもう一度再生する。
搬送しているのは男性職員二人。
一人は帽子を深く被っている。
だが、もう一人の顔で榊の指が止まった。
「……事務長」
遥が目を見開く。
映っていたのは、若い頃の岸本だった。
岸本自身が、遺体搬送に立ち会っている。
普通ではない。
榊の脳内で点と点が繋がり始める。
三年前。
看護師の自殺未遂。
労災回避。
改ざんされた勤務記録。
そして“消されたカルテ”。
「これ……誰が送ってきたんでしょう」
遥の声は震えていた。
榊は通知画面を見る。
差出人不明。
だが文面は短い。
――“次は地下倉庫を見ろ”
榊はわずかに笑った。
「内部にまだいますね」
「内部?」
「壊したい人間が」
その時だった。
非常階段の扉が勢いよく開く。
岸本だった。
だが先ほどまでと様子が違う。
額に汗を浮かべ、息が荒い。
「榊さん」
敬語になっていた。
榊はスマホを伏せる。
「なんでしょう」
岸本は周囲を確認し、小声で言った。
「投稿は止めます」
「ほう」
「その代わり、今日の件から手を引いてください」
「無理ですね」
即答。
岸本の顔が歪む。
「……あなた、何が目的なんですか」
榊は少し考えるように沈黙した。
そして静かに言う。
「最初は金でした」
岸本が眉を動かす。
「でも今は違う」
榊はスマホ画面を見せた。
霊安室の映像。
岸本の顔色が一瞬で変わる。
「なっ……」
「三年前、何があったんです?」
岸本の呼吸が止まる。
遥にもわかった。
この反応は黒だ。
岸本は数秒沈黙し、やがて低い声で言った。
「……あれは事故です」
「看護師が死ぬほど追い込まれても?」
「違う!」
岸本が声を荒げる。
その瞬間、自分で気づく。
失言した。
榊の目が細くなる。
「死んだんですね」
岸本は口を閉ざした。
遥の背筋が凍る。
“自殺未遂”ではなかった。
死んでいたのだ。
病院はそれを隠した。
榊は静かに言った。
「労災隠しどころじゃないな……」
岸本は観念したように壁へ寄りかかった。
「……あの子が全部悪かったわけじゃない」
「全部?」
「だが病院も限界だったんだ。離職が続いていた。訴訟になれば終わっていた」
遥が震える声で言う。
「だから隠したんですか……?」
岸本は答えない。
沈黙が答えだった。
その時。
榊のスマホがまた震える。
新しいメッセージ。
――“地下倉庫 403”
榊は画面を見つめる。
そしてゆっくり顔を上げた。
「……行きますか」
「どこへ」
榊は静かに答えた。
「病院の底です」




