第4話 【切られる側】
「……嘘よ」
高坂の声は掠れていた。
だが榊真司は否定しない。
「嘘かどうか、確認してみます?」
非常階段の空気が重く沈む。
高坂はスマホを取り出しかけて、止まった。
病院長へ直接連絡するべきか。
だが、その行動自体が“動揺している”証明になる。
榊はそれを見抜いていた。
「ちなみに」
榊は壁にもたれたまま続ける。
「今、病院は離職率の件で法人本部からかなり突かれてます」
高坂は何も言わない。
「特に三階東病棟。半年で看護師が七人退職」
遥が小さく息を呑んだ。
七人。
そんなに辞めていたのか。
「本部が欲しいのは、“原因”です」
榊の声は静かだった。
「現場の空気を悪くした誰か。責任を押し付けやすい誰か」
その言葉で、高坂の顔色が変わる。
理解したのだ。
自分が“処理対象”になったことを。
「……ふざけないで」
高坂が低く呟く。
「この病棟を回してきたのは私よ」
「でしょうね」
「夜勤だって穴埋めした。クレーム処理もした。医師対応も全部……!」
感情が溢れ始める。
遥は初めて見る。
完璧だった師長が、崩れていく姿を。
「でも組織って、功績より都合を優先するんですよ」
榊は冷たく言った。
「切る時は一瞬です」
高坂は唇を噛む。
そして遥を睨んだ。
「あなたが余計なことするから……!」
遥の肩が震える。
だが次の瞬間。
榊が一歩前に出た。
「それ、録音されてます」
高坂が黙る。
赤いランプがまた点滅していた。
榊は続ける。
「“余計なこと”。内部相談した職員への圧力発言としては十分ですね」
高坂の呼吸が荒くなる。
追い込まれていた。
今まで自分がしてきたように。
その時だった。
非常階段の扉が再び開く。
現れたのは、スーツ姿の男。
病院事務長の岸本だった。
五十代。
常に笑顔を貼り付けている男。
だが今は、その笑顔が引きつっていた。
「……高坂師長。少しよろしいですか」
高坂が息を止める。
岸本は榊を見る。
「あなたも」
榊は軽く会釈した。
「どうも」
岸本は目を細める。
「随分、派手に動いてくれていますね」
「仕事なので」
「こちらは迷惑してるんですよ」
「でしょうね」
榊は一切引かない。
岸本は数秒黙ったあと、低い声で言った。
「……条件を聞きましょう」
遥が目を見開く。
高坂も固まった。
榊だけが静かだった。
「示談ですか?」
「穏便に済ませたい」
榊は少し考えるような素振りを見せる。
そして笑った。
「遅いですよ」
岸本の表情が消える。
榊はスマホを取り出した。
画面には、投稿予約済みのSNS画面。
タイトルにはこう書かれていた。
――“東陵総合中央病院 三階東病棟における長時間労働とパワーハラスメントについて”
「今夜二十時、自動投稿です」
空気が凍った。
榊は静かに告げる。
「さて。病院が壊れる音、聞いたことあります?」




