第34話 【解任請負人】
三ヶ月後。
栃木県南部。
山間に建つ介護施設——
“グリーンヒルズなごみ”。
築年数の古い三階建て。
駐車場には職員の軽自動車が並び、
入口付近には家族対応の張り紙。
> “現在、面会制限中”
曇った空。
湿った風。
榊真司は施設前に立っていた。
黒いスーツ。
手には小さな鞄。
病院編の頃より、
少しだけ表情が薄くなっている。
施設の自動ドアが開く。
中から女性職員が出てきた。
三十代くらい。
疲れた顔。
だが警戒している。
「……どちら様ですか?」
榊は一瞬だけ施設を見上げた。
廊下奥。
怒鳴り声。
ナースコール。
職員同士の張った空気。
病院と似ている。
でも少し違う。
もっと閉鎖的だ。
逃げ場がない。
榊はゆっくり視線を戻す。
そして名刺を差し出した。
女性職員が受け取る。
白い名刺。
会社名だけ。
——メディカルリンク。
女性の顔色が少し変わる。
「……本部から聞いてます」
榊は静かに頷く。
「現場確認に来ました」
その言葉に、
女性職員は少しだけ視線を落とした。
安心したような。
怯えたような。
複雑な顔だった。
榊は施設内へ足を踏み入れる。
薄暗い廊下。
消毒液の匂い。
壁に貼られた“理念”。
> “利用者様に寄り添うケアを”
その横で。
若い介護士が年配職員に怒鳴られていた。
「勝手なことしないで!」
「……すみません」
俯く若い職員。
周囲は見て見ぬふり。
榊は立ち止まる。
ほんの少しだけ、
その光景を見る。
そして歩き出した。
受付奥。
施設長室。
扉には小さな張り紙。
> “現在対応中”
榊はその前で止まる。
中から声が聞こえる。
「だから隠せって言っただろ!!」
怒鳴り声。
誰かが泣いている。
榊は静かに目を閉じた。
病院と同じだ。
場所が変わっただけ。
組織は、
どこも似ている。
その時。
ポケットのスマホが震えた。
画面。
非通知。
榊は数秒見つめ、
通話を取る。
ノイズ。
そして。
榊原修司の声。
> 『どうだ、新しい現場は』
榊は施設長室の扉を見つめたまま答える。
「……最悪ですよ」
修司が小さく笑う。
> 『だから必要なんだ』
通話が切れる。
榊はスマホをしまう。
その顔からは、
まだ何も読めない。
味方なのか。
敵なのか。
壊す側なのか。
守る側なのか。
ただ一つだけ確かなのは。
榊真司はもう、
“外側の人間”ではなくなっていた。




