第35話 【案件番号】
第1部 病院編 完
深夜一時。
グリーンヒルズなごみ、二階職員休憩室。
蛍光灯が一つだけ点いている。
榊真司は、一人で書類を読んでいた。
事故報告書。
転倒記録。
家族クレーム。
離職率。
そして職員間トラブル。
ページをめくるたび、
施設の空気が見えてくる。
誰が強いか。
誰が黙るか。
誰が壊れかけているか。
病院と同じだった。
ただ。
ここはもっと逃げ場がない。
榊は机の上の付箋を見る。
赤字で書かれている。
> “問題職員候補”
数名の名前。
その中に、
昼間怒鳴られていた若い介護士の名前もあった。
榊はしばらくその紙を見つめる。
そして、
横に置かれた別のファイルを開く。
表紙。
> “職員整理提案書”
中には、
退職誘導プラン。
配置転換。
面談記録。
SNS監視。
病院編で見たものと、
ほとんど同じ。
榊は静かに息を吐く。
その時。
休憩室のドアが開いた。
昼間の若い介護士だった。
二十代前半くらい。
疲れ切った顔。
榊を見ると、
少し驚いたように頭を下げる。
「あ……すみません」
榊は書類を閉じる。
介護士は冷蔵庫を開け、
ペットボトルの水を取る。
そして小さく呟いた。
「ここ、向いてないのかな……」
榊は何も言わない。
介護士は苦笑する。
「何やっても怒られるんですよね」
沈黙。
遠くで利用者のコール音が鳴る。
だが誰もすぐには動かない。
介護士は俯いたまま言う。
「でも、人足りないから辞めるって言いづらくて」
その言葉。
榊は少しだけ目を閉じる。
昔、
病院でも同じ言葉を聞いた。
何度も。
介護士は去り際、
ふと聞いた。
「榊さんって、本部の人なんですよね」
榊は頷く。
介護士は少し迷ってから言った。
「……この施設、変わると思います?」
休憩室が静かになる。
榊は答えない。
答えられない。
変えるとは何か。
壊すことか。
守ることか。
もう、自分でもわからない。
介護士は小さく頭を下げ、
休憩室を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
榊は机の上の“問題職員候補”リストを見る。
そして。
その紙を、ゆっくり裏返した。
直後。
スマホが震える。
メッセージ通知。
送信者:
——榊原修司。
短い文章。
> 『案件番号 47、開始』
榊は画面を見つめる。
数秒後。
静かにスマホを閉じた。
休憩室の窓の外では、
まだ施設の灯りが消えていなかった。
第2部 介護施設編へ




