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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第一部 病院編
32/108

第32話 【勧誘】


病院裏の喫煙所。


夕方の風が冷たい。


黒スーツの男は、丁寧な動きで名刺を差し出したまま立っていた。


遥は無意識に警戒する。


榊真司は名刺を受け取る。


シンプルな白地。


会社名だけ。


——メディカルリンク。


肩書きも、部署名もない。


男は穏やかに笑った。


「初めまして。黒田と申します」


榊は名刺を見たまま聞く。


「回収班ですか」


黒田は少しだけ笑う。


否定しない。


「昨夜は失礼しました」


遥の背筋が寒くなる。


本当に、“業務”として処理している。


黒田は続けた。


「本日は修司さんから伝言を預かっています」


榊は無表情だった。


「兄貴は来ないんですね」


「立場上、表には出ません」


その言い方が妙に自然だった。


まるで政治家か何かみたいに。


黒田は静かに言った。


「今回の件、病院側処理は完了します」


「高坂師長の件も?」


「第三者委員会が設置されます」


「MK-47は?」


黒田は一瞬だけ黙った。


「確認できなかった、という形になります」


遥が思わず口を開く。


「そんな……」


黒田は遥を見た。


穏やかな目。


だが感情が見えない。


「現場を止めないためです」


遥は言葉を失う。


榊は黒田を見つめた。


「それで?」


黒田は少し姿勢を正した。


「榊さん。修司さんは、あなたを高く評価しています」


風が吹く。


病院の窓明かりが揺れる。


黒田は続けた。


「今回も、本来ならもっと混乱していた」


「あなたがいたから、最小限で済んだ」


榊は乾いた笑いを漏らした。


「ずいぶん買ってますね」


「実際、希少なんです」


黒田の声は穏やかだった。


「現場を知っていて、なお組織も理解できる人間は」


遥が不安そうに榊を見る。


嫌な予感がしていた。


黒田はそのまま言った。


「メディカルリンクへ来ませんか」


沈黙。


遠くで救急車の音が聞こえる。


黒田は続ける。


「待遇は保証します」


「病院顧問契約案件。調査権限。チーム配置」


「あなたの能力を、もっと大きな規模で使える」


榊は何も言わない。


黒田は最後に、静かに言った。


「外から壊すより、内側で制御したほうが救える現場もあります」


その言葉。


榊の目がわずかに動く。


遥は気づく。


それが一番危険なんだ。


完全な悪じゃない。


一理ある。


だから揺れる。


黒田は封筒を差し出した。


厚い。


明らかに高額。


「今回の報酬です」


榊は受け取らない。


黒田は続ける。


「これは依頼料ではありません」


「“損害調整協力費”です」


柴崎がいたら怒鳴っていたかもしれない。


だが榊は静かだった。


黒田は穏やかに笑う。


「考えておいてください」


「あなたは、こちら側の人間ですから」


その言葉を残し、

黒田は病院駐車場の奥へ消えていった。


静寂。


遥がすぐ言う。


「断りますよね?」


榊は答えない。


ただ封筒を見ていた。


厚い封筒。


現実的な重さ。


遥が不安になる。


「……榊さん?」


榊は小さく息を吐いた。


そして静かに言った。


「遥さん」


「はい」


「正義だけで病院回ると思いますか」


遥は答えられなかった。




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