第28話 【引き際】
研究室のモニターが落ちた。
ノイズ。
そして静寂。
榊原修司の声は、もう聞こえない。
遥はまだ混乱していた。
替え玉のような女。
MK-47。
玲奈。
そしてメディカルリンク。
病院の裏にあるものが、想像以上に大きすぎる。
玲奈は疲れたように椅子へ座った。
「……修司はもう、この病院を見捨てる気ね」
柴崎刑事が眉をひそめる。
「見捨てる?」
「切り離すってこと」
玲奈はモニターの黒い画面を見つめた。
「問題が大きくなりすぎた時、あの人たちは現場を切るの」
遥が小さく聞く。
「じゃあ病院は……」
「表向きは正常化する」
玲奈は苦く笑った。
「院長辞任。調査委員会。再発防止策。全部やるわ」
その言い方が妙にリアルだった。
柴崎が低く言う。
「……慣れてるな」
「何度も見てきたもの」
空気が重く沈む。
その時。
榊が机上のノートを閉じた。
「玲奈さん」
玲奈が顔を上げる。
「ここから出ましょう」
だが玲奈は静かに首を横に振った。
「私は無理」
遥が驚く。
「え?」
玲奈は研究室を見回した。
古い資料。
薬品棚。
埃を被ったデータ。
「私はずっと、ここで管理されてた」
柴崎の目が鋭くなる。
「監禁か」
玲奈は少し笑う。
「そこまで露骨じゃないわ。“保護”って形」
だが、その目は笑っていなかった。
榊の拳がわずかに握られる。
玲奈は続ける。
「真司くん。修司は、あなたを引き込む気よ」
沈黙。
「あなた、昔から向いてたもの」
遥が反応する。
「向いてたって……」
玲奈は静かに言った。
「人を切り捨てる判断」
空気が止まる。
榊は否定しない。
柴崎だけが低く呟く。
「……だからお前、病院側の考えも理解できるのか」
榊は壁へ寄りかかった。
「理解はできますよ」
そして小さく続ける。
「納得はしませんけど」
その時。
研究室のスピーカーから機械音声が流れた。
> 『セキュリティロック解除まで、残り五分』
玲奈の表情が変わる。
「……まずい」
柴崎が聞く。
「何だ」
「ここ、閉鎖される」
遥が不安そうに周囲を見る。
「閉鎖って……」
玲奈が短く言う。
「証拠ごと消される」
空気が一気に緊張する。
榊が即座に動いた。
「必要資料だけ持ちます。全部は無理だ」
柴崎も頷く。
「USBは?」
玲奈が机の引き出しを開ける。
中には銀色のUSBメモリがあった。
地下倉庫の物とは違う。
玲奈はそれを榊へ渡す。
「これは“元データ”」
榊の目が細くなる。
「……全部入ってるんですか」
玲奈は頷いた。
「MK-47、案件管理、介護施設、製薬会社」
遥が息を呑む。
病院だけじゃない。
やはり外へ繋がっている。
玲奈は静かに言った。
「でも公開したら、多分止まらない」
榊はUSBを見つめる。
重い。
小さいのに。
あまりにも重い。
その時。
病院全体の照明が、一瞬だけ落ちた。




