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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第一部 病院編
26/108

第26話 【暗闇の声】


真っ暗なカルテ庫。


非常灯だけが赤く点滅している。


遥の呼吸が浅くなる。


今、確かに聞こえた。


女の声。


すぐ近く。


> 「……真司くん」


榊真司の動きが止まる。


柴崎刑事はすぐ懐中電灯を点けた。


白い光が棚を横切る。


だが、誰もいない。


古いカルテ棚。


埃。


積まれた段ボール。


静寂。


遥が小さく言う。


「……誰か、いましたよね」


榊は答えない。


ただ、暗闇の奥を見ている。


その時。


“カタン”


また音。


カルテ庫のさらに奥。


柴崎がライトを向ける。


そこには半開きの扉があった。


古い防火扉。


さっきまでは閉まっていたはず。


「隠し部屋か……?」


柴崎が近づく。


榊も無言で後に続いた。


扉の先は細い通路だった。


古い配管。


剥がれた壁紙。


どうやら旧研究棟へ繋がっている。


遥の背筋が寒くなる。


「病院の中に、こんな場所……」


榊が低く言う。


「昔の増築部分ですね。図面から消されたんだ」


通路の奥に、ぼんやり灯りが見える。


誰かいる。


柴崎が小声で言う。


「下がってろ」


だが榊は止まらない。


ゆっくり進む。


その先。


小さな研究室のような空間。


古いデスク。


薬品棚。


そして中央に、一人の女性が立っていた。


白衣姿。


長い髪。


三十代後半くらい。


遥は息を呑む。


写真の女性だった。


——榊原玲奈。


生きていた。


玲奈は静かに榊を見る。


驚いている。


だが怯えてはいない。


むしろ。


ずっと来るのを待っていたような顔だった。


「……久しぶり」


榊は数秒、何も言えなかった。


柴崎も状況を理解できていない。


遥だけが混乱している。


「え……亡くなったって……」


玲奈は苦く笑った。


「そういうことにされたの」


その言葉で、空気が一気に冷える。


榊がようやく声を出す。


「玲奈さん……なんで……」


玲奈は視線を落とした。


「修司が隠した」


沈黙。


遥が震える。


玲奈は続けた。


「私はMK-47のデータを止めようとしたの」


研究室の古い机を指差す。


そこには大量の資料。


未承認薬データ。


事故報告。


患者記録。


「でも、もう止まらなかった」


玲奈の声は静かだった。


疲れ切った人の声。


「病院だけじゃない。介護施設も、精神科も、製薬も絡み始めてた」


柴崎が険しい顔になる。


「……人体実験か」


玲奈はゆっくり首を横に振る。


「最初は違った」


そして小さく言った。


「“暴れる患者を安全に抑える薬”だったの」


遥の顔が変わる。


確かに現場では、

興奮、せん妄、自傷、暴力。


抑制が必要な場面はある。


玲奈は続ける。


「でも途中から、“問題を静かに処理する薬”に変わった」


沈黙。


その時。


研究室奥のモニターが突然点灯した。


全員が振り向く。


映像。


病院の監視カメラ。


そして画面中央。


管理棟ロビー。


そこに映っていたのは——遥だった。


今ここにいるはずの遥が、

ロビーで誰かに話しかけられている。



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