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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第一部 病院編
2/72

第2話 【自主退職という名の処理】


「……こんなの、絶対おかしいです」


昼休憩の非常階段。


宮下遥は震える手で封筒を握っていた。


中には一枚の紙。


――自主退職届。


提出日は空欄。


だが署名欄には、すでに自分の名前が印刷されている。


「昨日、師長に呼ばれて……。“これ以上みんなに迷惑かける前に、自分で決断したほうがいい”って……」


遥の声は掠れていた。


榊真司は壁にもたれたまま、その紙を受け取る。


表情は変わらない。


「テンプレですね」


「……え?」


「辞めさせたい職員に先に退職届を用意する。医療も介護もよくあります」


榊は紙を折り、ポケットへ入れた。


「で、断れなかった?」


遥は俯く。


「みんな忙しいし……私、本当に向いてないのかもって」


「それ、洗脳ですよ」


即答だった。


遥が顔を上げる。


榊は乾いた口調のまま続けた。


「閉鎖環境で毎日否定されると、人間は正常な判断ができなくなる」


風が吹く。


階段の窓が小さく鳴った。


「でも……私、ミスも多くて……」


「ミスの報告書、全部見ました」


「え……?」


「点滴速度の件。確認欄には先輩看護師のダブルチェック印がある」


遥の目が見開かれる。


榊はスマホを操作し、一枚の写真を見せた。


インシデント報告書。


そこには確かに別の看護師の印が押されていた。


「本来、責任は個人じゃなく組織で負うべき案件です」


「そんな……」


「でもこの病院は違う。下に責任を押し付けて終わらせる」


榊はスマホを閉じた。


「だから人が辞める」


その時だった。


非常階段の扉が乱暴に開く。


師長の高坂が立っていた。


「宮下さん。休憩長いんじゃない?」


遥の身体が硬直する。


だが高坂の視線はすぐ榊へ向いた。


露骨な嫌悪。


「あなた、まだいたんですか」


「ええ」


榊は平然としている。


高坂は鼻で笑った。


「外部の人間が首突っ込まないでもらえます? 現場を知らないくせに」


「知ってますよ」


榊は静かに言った。


「去年、自殺未遂した看護師。いましたよね」


空気が止まる。


高坂の顔色が変わった。


遥も息を呑む。


「……なんの話ですか」


「深夜勤務後に倒れた二年目看護師。カルテ改ざんして労災回避した件です」


高坂の声が低くなる。


「誰から聞いたんです?」


榊は少しだけ笑った。


「内部告発です」


もちろん嘘だった。


だが、嘘は時に真実より強い。


高坂の額に汗が滲む。


榊はその反応を見ながら確信する。


当たりだ。


「高坂師長」


榊はゆっくり近づく。


「あなた、自分が切る側だと思ってますよね」


高坂は動けない。


「でも今、切られる側に立ってる」


静かな声だった。


怒鳴り声より、ずっと冷たい。


榊はポケットからICレコーダーを取り出した。


赤いランプが点滅している。


「さて。続きを聞かせてもらいましょうか」

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