第13話 【処理する側の論理】
「止まれ!!」
柴崎刑事の声が廊下に響く。
白衣姿の人物は階段方向へ走り去る。
若い警察官が追う。
だが数秒後、無線の声だけが返ってきた。
『……見失いました!』
舌打ち。
病院特有の複雑な導線。
非常階段。
職員専用通路。
白衣を脱げば、誰かわからなくなる。
柴崎は眉間を押さえた。
「最悪だな……」
榊真司は静かに廊下を見ていた。
逃げた方向。
職員たちの反応。
誰が視線を逸らしたか。
全部を観察している。
その時。
集中治療室のドアが開き、医師が出てきた。
「高坂さん、少し話せます。ただ長時間は無理です」
柴崎と榊は顔を見合わせる。
——
ICU。
人工呼吸器こそないが、高坂はベッド上で酸素投与を受けていた。
額には包帯。
右腕固定。
顔色は悪い。
だが意識ははっきりしている。
高坂は榊を見るなり、顔を歪めた。
「……あんたのせいよ」
榊は否定しない。
柴崎が椅子を引いた。
「何があった?」
高坂は数秒黙る。
震える指先。
やがて、小さく言った。
「……消せって言われたの」
「誰に」
高坂は唇を噛む。
言うべきか迷っている。
だが榊が静かに言った。
「もうあなた一人で抱える段階じゃない」
高坂は目を閉じた。
そして、絞り出すように呟く。
「法人本部よ」
空気が止まる。
柴崎の目が細くなる。
「病院長じゃないのか」
「院長は現場側。もっと上……法人監査室」
遥が息を呑む。
高坂は続けた。
「相沢美咲の件が問題になった時、本部が来た。“遺族対応は統一する。労災は避ける”って」
柴崎が低く聞く。
「USBも?」
高坂は頷いた。
「地下倉庫のデータを全部処分しろって……。今日、呼ばれてた」
榊は静かだった。
だが目だけが鋭い。
「それで?」
高坂の呼吸が乱れる。
「私は……断った」
遥が目を見開く。
「え……?」
「もう無理だったのよ……!」
高坂の声が震える。
「ずっと現場に押し付けて、誰か辞めれば“管理不足”。死ねば“個人の問題”!」
涙が溢れる。
ICUの機械音だけが響く。
「私だって、好きでやってたわけじゃない……!」
その時。
榊が静かに聞いた。
「だから落とされた?」
高坂が凍る。
柴崎も黙る。
数秒。
高坂は小さく頷いた。
「休憩室に呼ばれたの。話を整理しようって」
「誰に」
高坂は震える声で答える。
「法人本部の人間……」
遥の背筋が寒くなる。
会議室Aにいた、あのスーツの男。
高坂は続ける。
「揉み合いになった。USBの話になって……その後は覚えてない」
柴崎がメモを閉じた。
「傷の鑑定次第だな……」
だが榊は別のことを考えていた。
法人本部。
監査室。
現場より上。
つまりこの病院だけじゃない。
もっと広い。
その時だった。
榊のスマホが震える。
非通知。
榊は数秒見つめ、通話に出た。
ノイズ混じりの声。
男か女かもわからない。
だが一言だけ、はっきり聞こえた。
> 「次は榊真司、お前の番だ」
通話が切れる。
病室が静まり返る。
遥が不安そうに聞く。
「……誰ですか」
榊は答えない。
代わりに、ゆっくり窓の外を見た。
夜の病院。
無数の明かり。
そして静かに呟く。
「やっと出てきたな」




