第11話 【四階西病棟】
会議室Aの空気が凍った。
「……飛び降り?」
岸本が立ち上がる。
看護師は震えながら頷いた。
「四階西の休憩室の窓から……職員が……」
藤堂病院長の表情が初めて崩れる。
「誰だ」
「まだ確認中です……!」
藤堂はすぐ立ち上がった。
「岸本さん、対応を。救急外来と警察連絡も」
その口調は冷静だった。
あまりにも冷静すぎた。
まるで何度も危機対応訓練をしてきた人間みたいに。
榊真司は、その様子を黙って見ている。
遥だけが青ざめていた。
「まさか……また……」
誰も答えない。
会議室を出ると、病院内の空気は完全に変わっていた。
職員たちがざわつき始めている。
スマホを耳に当てる看護師。
走る事務員。
閉まるナースステーション。
遠くでストレッチャーの音。
“何かが起きた”。
その空気だけが、一気に広がっていた。
四階西病棟には規制線代わりのパーテーションが立てられていた。
現場付近には職員が集まり、誰もが落ち着かない顔をしている。
榊たちが近づくと、若い看護師が小声で言った。
「……師長です」
遥の身体が止まる。
「え……?」
「高坂師長……落ちたって……」
空気が重く沈む。
岸本が顔をしかめる。
「意識は?」
「今、救急で処置中です」
榊は窓のほうを見る。
休憩室の窓が開いていた。
だが違和感があった。
窓際に、倒れた椅子。
散乱した書類。
そして床には――割れたスマホ。
榊の目が細くなる。
「……飛び降りにしては荒れてるな」
岸本が低く言う。
「今は余計な詮索はやめてください」
「警察は?」
「呼んでます」
その時。
一人の若い男性看護師が、遥へ近づいてきた。
顔色が悪い。
声も小さい。
「宮下さん……これ」
差し出されたのは、小さなメモだった。
遥が開く。
そこには震えた字で書かれていた。
――“次はあなた”
遥の呼吸が止まる。
「……っ」
榊がすぐメモを取り上げる。
紙質を確認し、裏面を見る。
無言。
だが表情が変わった。
「どうしたんですか?」
遥の声に、榊は短く答える。
「このメモ、会議室Aのメモ帳です」
遥が凍りつく。
つまり。
あの会議室にいた誰かが書いた。
病院長か。
岸本か。
法人本部か。
あるいは——。
その時、廊下の向こうから警察官が歩いてきた。
制服警官二人。
そして刑事らしき男が一人。
五十代前半。
疲れた目をしている。
刑事は周囲を見渡し、低い声で言った。
「関係者、話聞かせてもらいます」
その視線が榊で止まる。
「……あなたが榊さん?」
榊は軽く頷く。
刑事は小さく息を吐いた。
「噂は聞いてますよ」
遥が不安そうに榊を見る。
だが榊は刑事から目を逸らさなかった。
すると刑事は、誰にも聞こえないくらい小さな声で言った。
「この病院、前にもあったんです」
榊の目が細くなる。
刑事は続けた。
「三年前も、“飛び降り未遂”で処理された看護師がいる」




