第107話 【その先】
三月。
行政による調査は続いていた。
最初は一施設だけだった。
資料提出。
実地確認。
記録照合。
勤務実績。
訪問実績。
複数名訪問。
少しずつ。
少しずつ。
事実が積み上がっていく。
そして。
調査は一施設では終わらなかった。
同じ運営会社。
別の施設。
さらに別の施設。
似た運用。
似た記録。
似た数字。
調査範囲は全国へ広がっていった。
その頃。
西田は施設長室にいた。
机の上には行政からの通知。
改善指導。
返還対象となる請求。
追加資料提出。
西田は静かに資料を閉じる。
怒りはなかった。
驚きもない。
ただ。
重かった。
高梨が見ていた景色を、
今は自分も見ている。
それだけだった。
施設長は窓の外を見る。
「利用者さんには影響を出したくないですね」
小さく呟く。
西田は頷いた。
それが現場の願いだった。
数か月後。
別の運営会社でも調査が始まる。
さらに別の会社。
また別の会社。
住宅型施設。
訪問看護。
終末期ケア。
急速に広がった業界だった。
そして。
利益と制度の狭間で、
似た問題が各地に存在していた。
ニュースでは連日のように報じられる。
制度の趣旨。
過剰請求。
不適切運用。
監査。
行政処分。
世論は騒いだ。
だが。
高梨はテレビを消した。
見たいものではなかった。
勝ったとも思わない。
負けたとも思わない。
ただ。
調べてほしかった。
それだけだった。
夏。
国は制度改正へ動き出す。
複数名訪問の要件。
記録方法。
説明責任。
確認手続き。
これまで曖昧だった部分に、
少しずつ線が引かれていく。
グレーだった場所は、
グレーのままではいられなくなった。
夕方。
住宅型施設。
利用者が笑っている。
家族もいる。
職員もいる。
西田もいる。
あの日と変わらない光景。
ただ一つ。
記録の書き方が変わった。
会議の内容も変わった。
説明の仕方も変わった。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
だが確実に。
施設長が言う。
「面倒になりましたね」
西田は笑った。
「そうですね」
そして続ける。
「でも必要だったんだと思います」
施設長は何も言わない。
ただ小さく頷いた。
その頃。
メディカルリンク。
榊は報告書を閉じる。
依頼番号。
対象者。
高梨真由。
結果。
自主退職。
依頼完了。
榊はファイルを棚へ戻した。
仕事は終わった。
いつも通り。
何も変わらない。
だが。
机の上には一枚の新聞。
行政指導の記事。
榊はそれを読む。
しばらく黙る。
やがて立ち上がる。
窓の外には春の光。
正しかったのは誰か。
間違っていたのは誰か。
そんなことは分からない。
ただ一つ。
利用者のために。
職員のために。
会社のために。
それぞれが正しいと思う選択をした。
そして。
その選択の積み重ねが、
今の結果を作った。
榊は新聞を閉じる。
静かな部屋だった。
次の依頼が来る。
きっとまた。
誰かの正義と、
誰かの正義がぶつかる。
その時も。
自分は仕事をするのだろう。
解任請負人として。




