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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第三部 ホスピス編
100/108

第100話 【今月だけ】


十一月中旬。


本社監査まで残り二週間。


施設内は慌ただしかった。


利用者はいつも通り。


家族もいつも通り。


だが職員たちは違う。


どこか張り詰めている。


ナースステーション。


主任が数人の看護師へ声を掛けていた。


「少しいい?」


皆が集まる。


高梨もいた。


主任は資料を広げる。


訪問実績一覧。


今月の数字だった。


「あと少しなんだよね」


主任が言う。


「何がですか」


若い看護師が聞く。


「目標」


主任は苦笑する。


「本社の」


部屋の空気が少し重くなる。


皆意味は分かっていた。


訪問件数。


複数名訪問率。


今月は少し届いていない。


「だから」


主任が続ける。


「訪問の必要性はしっかり拾っていこう」


その言い方は絶妙だった。


不正ではない。


嘘も言っていない。


必要性を拾う。


正しい言葉だ。


だが高梨には聞こえた。


数字を作れ。


そう聞こえてしまった。


会議終了後。


高梨は廊下を歩いていた。


後ろから声がする。


「高梨さん」


若い看護師だった。


「さっきの話ですけど」


少し言いにくそうな顔。


「うん」


「普通ですよね?」


高梨は立ち止まる。


「何が?」


「目標」


若い看護師は続ける。


「会社なんだし」


高梨は答えない。


若い看護師も悪気はない。


むしろ自然な感覚だ。


「病院だって目標あるし」


「そうだね」


「別に変な話じゃないですよね」


高梨は小さく頷いた。


「そうかもしれない」


それ以上言えなかった。


夜。


宮本が掃除をしていた。


高梨は自販機の前に立っている。


「また難しい顔してる」


宮本が笑う。


高梨も少し笑う。


「そうですか」


「そうです」


しばらく沈黙。


やがて宮本が聞く。


「今度は何です?」


高梨は少し迷った。


そして言った。


「誰も悪いことしてるつもりがないんです」


宮本は黙る。


「本当に利用者さんのためだと思ってる」


「うん」


「会社のためでもある」


「うん」


「でも」


高梨は言葉を探した。


「どんどん境界が曖昧になる」


宮本は少し考える。


そして言った。


「怖いですね」


高梨は頷いた。


それだった。


怖いのだ。


悪人がいないことが。


ホテル。


同じ頃。


榊は本社資料を見ていた。


全国施設比較。


今月実績。


そして気になる一文。


『複数名訪問率向上施設の好事例』


資料を開く。


そこには施設名が並んでいた。


その中に。


この施設の名前もあった。


榊は眉をひそめる。


好事例。


つまり。


本社は評価している。


現場で起きていることを。


そして気付く。


もし高梨が告発するなら。


相手は施設ではない。


もっと上だ。


その時だった。


スマートフォンが鳴る。


施設長からだった。


「榊さん」


珍しく声が沈んでいる。


「どうしました」


短い沈黙。


そして。


「高梨さんから退職の相談がありました」


榊は何も言わなかった。


ついに来た。


自分が動くより先に。


高梨自身が決断し始めている。



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