7
それから、残った魔物の解体と素材の回収を終えるまで、さらに時間がかかった。
オークジェネラル。
ミノタウロス。
ロックバード。
そして、途中で襲ってきた魔物たち。
薬師堂はそれらを手際よく処理し、肉と素材を分けていく。あたしはその間、幻魔とミノリが周囲を警戒するのを眺めながら、少しずつ深層の空気にも少しずつ慣れていった。
「ほら、見えてきたよぉ」
ダンジョン55階層。薬師堂が前方を指差した。
「……え?」
木々が途切れる。その先に広がっていたのは、今までの森とはまるで違う景色だった。
広い。どこまでも続くような草原。
その中央には、巨大な土の防壁が築かれている。
壁の上には見張り台。
さらにその内側には建物がいくつも並び、煙突から煙が上がっている。
道まで整備されていた。
「…………」
あたしは立ち止まった。
「……街?」
「うん」
薬師堂が軽く頷く。
「55階層の拠点だよ」
「え?」
思わず聞き返した。
「拠点って……ここ?」
「そうそう」
近づくにつれて、その全貌が分かってくる。
土で作られた巨大な防壁。
魔物の侵入を防ぐための門。
防壁の内側には倉庫や工房らしき建物。
さらに奥には、普通の家まで並んでいる。
「……なんで?」
「何が?」
「なんでダンジョンの中に、こんなものがあるの!?」
薬師堂が笑う。
「必要だったから作ったんだよねぇ」
「必要だったからって規模じゃないでしょ!?」
幻魔が淡々と答える。
「ここを拠点にしてるからな」
「だからって……」
あたしは防壁を見上げる。
地上から聞かされていたダンジョンとは、あまりにも違う。
危険な魔物が徘徊する場所。
人間が生きて帰るだけでも難しい深層。
それなのに。目の前には、人が暮らすための街がある。
「ようこそ、俺らの拠点へ」
薬師堂が両手を広げる。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
そのときだった。
防壁の向こうから、何かがひょっこりと顔を出した。
小さな耳。
丸い頭。
ふわふわした毛。
ぱちぱちと瞬きをする。
その生き物も、こちらをじっと見ている。
そして。
ひょこっ。
土の防壁から、もう少しだけ顔を出した。
「…………猫?」
いや。
違う。
その小さな身体は二本の足で立っている。
頭の上には猫耳。
顔も完全に猫。
でも、二足歩行。
「あれ……」
あたしは思わず指を差した。
「二足歩行の猫!?」
「ケットシーだよ〜」
薬師堂がいつもの調子で答えた。
「拠点に住んでるんだ〜」
「ケットシー!?」
防壁の向こうから、ケットシーがちょこんと姿を現す。
「おかえりニャー!」
「ただいまぁ〜」
薬師堂が手を振る。
「……え?」
あたしは薬師堂を見る。
ケットシーを見る。
もう一度、拠点を見る。
「……普通に会話してる?」
「するよ?」
「魔物なのに?」
「うん」
「……」
ケットシーが首を傾げる。
「新しい人間さんニャ?」
「あ、うん……」
反射的に答える。
「鬼塚朱音。よろしく……?」
「よろしくニャ!」
ケットシーは嬉しそうに笑った。
その瞬間。
あたしの中で、何かが大きく揺らいだ。
58階層。
世界未踏。
そんな場所まで来て。
あたしが初めて見たのは、巨大な狼だった。
そして今。
55階層には防衛都市があり、二足歩行の猫が普通に暮らしている。
「……あたし、本当にダンジョンにいるんだよね?」
薬師堂が笑った。
「うん。間違いなくダンジョンだよぉ」
「全然イメージと違うんだけど……」
「そのうち慣れるよ〜」
ケットシーが防壁の上から手を振る。
「お腹空いてるニャ?」
「……!」
あたしのお腹が、ぐぅ……と鳴った。
「…………」
薬師堂が笑う。
「ほらねぇ」
「う、うるさい!」
ケットシーが目を丸くする。
「お腹鳴ったニャ!」
「言わないでよ!」
こうして、あたしは世界未踏の58階層から、さらに理解不能な場所へと足を踏み入れたのだった。




