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それから、残った魔物の解体と素材の回収を終えるまで、さらに時間がかかった。


 オークジェネラル。


 ミノタウロス。


 ロックバード。


 そして、途中で襲ってきた魔物たち。


 薬師堂はそれらを手際よく処理し、肉と素材を分けていく。あたしはその間、幻魔とミノリが周囲を警戒するのを眺めながら、少しずつ深層の空気にも少しずつ慣れていった。




「ほら、見えてきたよぉ」


 ダンジョン55階層。薬師堂が前方を指差した。


「……え?」


 木々が途切れる。その先に広がっていたのは、今までの森とはまるで違う景色だった。


 広い。どこまでも続くような草原。


 その中央には、巨大な土の防壁が築かれている。


 壁の上には見張り台。


 さらにその内側には建物がいくつも並び、煙突から煙が上がっている。


 道まで整備されていた。


「…………」


 あたしは立ち止まった。


「……街?」


「うん」


 薬師堂が軽く頷く。


「55階層の拠点だよ」


「え?」


 思わず聞き返した。


「拠点って……ここ?」


「そうそう」


 近づくにつれて、その全貌が分かってくる。


 土で作られた巨大な防壁。


 魔物の侵入を防ぐための門。


 防壁の内側には倉庫や工房らしき建物。


 さらに奥には、普通の家まで並んでいる。


「……なんで?」

「何が?」


「なんでダンジョンの中に、こんなものがあるの!?」


 薬師堂が笑う。


「必要だったから作ったんだよねぇ」

「必要だったからって規模じゃないでしょ!?」


 幻魔が淡々と答える。


「ここを拠点にしてるからな」

「だからって……」


 あたしは防壁を見上げる。


 地上から聞かされていたダンジョンとは、あまりにも違う。


 危険な魔物が徘徊する場所。


 人間が生きて帰るだけでも難しい深層。


 それなのに。目の前には、人が暮らすための街がある。


「ようこそ、俺らの拠点へ」


 薬師堂が両手を広げる。


「……すごい」


 思わず声が漏れた。


 そのときだった。


 防壁の向こうから、何かがひょっこりと顔を出した。


 小さな耳。


 丸い頭。


 ふわふわした毛。



 ぱちぱちと瞬きをする。


 その生き物も、こちらをじっと見ている。


 そして。


 ひょこっ。


 土の防壁から、もう少しだけ顔を出した。


「…………猫?」


 いや。


 違う。


 その小さな身体は二本の足で立っている。


 頭の上には猫耳。


 顔も完全に猫。


 でも、二足歩行。


「あれ……」


 あたしは思わず指を差した。


「二足歩行の猫!?」


「ケットシーだよ〜」


 薬師堂がいつもの調子で答えた。


「拠点に住んでるんだ〜」


「ケットシー!?」


 防壁の向こうから、ケットシーがちょこんと姿を現す。


「おかえりニャー!」


「ただいまぁ〜」


 薬師堂が手を振る。


「……え?」


 あたしは薬師堂を見る。


 ケットシーを見る。


 もう一度、拠点を見る。


「……普通に会話してる?」


「するよ?」


「魔物なのに?」


「うん」


「……」


 ケットシーが首を傾げる。


「新しい人間さんニャ?」


「あ、うん……」


 反射的に答える。


「鬼塚朱音。よろしく……?」


「よろしくニャ!」


 ケットシーは嬉しそうに笑った。


 その瞬間。


 あたしの中で、何かが大きく揺らいだ。


 58階層。


 世界未踏。


 そんな場所まで来て。


 あたしが初めて見たのは、巨大な狼だった。


 そして今。


 55階層には防衛都市があり、二足歩行の猫が普通に暮らしている。


「……あたし、本当にダンジョンにいるんだよね?」


 薬師堂が笑った。


「うん。間違いなくダンジョンだよぉ」


「全然イメージと違うんだけど……」


「そのうち慣れるよ〜」


 ケットシーが防壁の上から手を振る。


「お腹空いてるニャ?」


「……!」


 あたしのお腹が、ぐぅ……と鳴った。


「…………」


 薬師堂が笑う。


「ほらねぇ」


「う、うるさい!」


 ケットシーが目を丸くする。


「お腹鳴ったニャ!」

「言わないでよ!」


 こうして、あたしは世界未踏の58階層から、さらに理解不能な場所へと足を踏み入れたのだった。

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