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4


階段を登ると、目の前には下の階層と同じような景色が拡がっていた。鬱蒼とした雰囲気が漂う森林エリア。


頭上を覆う巨大な木々。



陽の光はほとんど届かず、湿った空気と植物の匂いが辺りを包んでいる。


 その中を、あたしたちは進んでいた。


 ……いや。

 正確には、あたしは二人の背中を追いかけていた。


「……はぁ……はぁ……」


 足が重い。息も上がっている。


「朱音ちゃん大丈夫?無理ならいってね?」


ククリ刀を抜いた薬師堂が眠たそう目であたしを見つめてくる。


戦闘もしてないのに移動だけでこんなに疲れるなんて


「…仁、先に行くぞ?」

「魔物減らしておいたほうがいいよね?朱音ちゃんいるし」

「ハイハイ、食べられそうなヤツ出くわしたら倒して置いてね〜」


気だるい声で了承すると、幻魔とミノリは先に行ってしまった。


悔しい。

 足手まといになっている。そんな自分が嫌だった。

 あたしだって、この人たちについていきたい。


 少なくともーーお荷物の初心者探索者のままではいたくない。


「だ、大丈夫。行きます」

「うんうん」


 薬師堂先輩が歩き出す。

 あたしの歩幅に合わせるように進んでくれているのがわかった。けど、しばらく進んだところで。


「……ん?」


 薬師堂が足を止めた。


「どうしたんですか?」

「ちょっと待ってね?」


 先輩がしゃがみ込み、地面を調べる。

つられて地面をよく見ると、魔物の足跡と何かを引きずったような跡だった。


「結構新しいね。オークジェネラルだね〜」

「お、オークジェネラル…」


確か、学園で25階層で出現するオーク系の上位種で中級探索者でも倒すのが難しいっていう魔物だ。


「オーク?」


 ミノリの声が聞こえた。さっきまで少し離れていたはずなのに、いつの間にか戻ってきている。


「オークいるの?」


 幻魔も足跡を見る。

 そして、明らかに目の色が変わった。


「……行くぞ」

「うん!」


 ミノリまで嬉しそうに戦鎚を握る。


「え?」


 あたしは二人を見る。


「ちょっと待って。何でそんな嬉しそうなの!?」


 薬師堂が苦笑いする。


「朱音ちゃん、オーク肉って美味しいんだよ」

「……肉?」

「この辺りのオークなら、かなり上質だねぇ」

「いやいや!?オークジェネラルなんでしょ!?中級探索者でも倒せないって魔物でしょ!?」


思わず声を荒らげる。


 オークジェネラル。

 学園の授業で習った。通常のオークよりも遥かに高い筋力と耐久力を持つ上位種。


 しかも、武器や防具まで扱う知能を持っている。

 25階層付近に出現する魔物の中でも危険度が高く、中級探索者でも単独撃破は難しい。


 つまり。

 今のあたしたち(••)が相手にするような魔物じゃない……はずだった。


「そうだねぇ」


 薬師堂はあたしの言葉にあっさり頷いた。


「普通なら結構強いよ?」

「じゃあ何でそんな平然としてるの!?」

「ん〜?」


 薬師堂先輩は首を傾げる。そして、笑みを向ける。


「オレたちの今回の目当てはオークジェネラルだったからねぇ〜」


すると、森の奥から地響きが聞こえてくる。


木々の間から、巨大な影が現れた。


 ズシン。

 ズシン。


 地面を踏み鳴らしながら近づいてくる。


「ブモ゙オオオオオッ!!」

「……っ」


 あたしは反射的に拳を構えた。


 大きい。普通のオークとは比べ物にならない。


 分厚い筋肉。

 巨大な斧。


 そして、全身を覆う鎧。


「……あれが」

 オークジェネラル。

 実物を見るのは初めてだった。


 怖い。

 足が震える。


 なのに。


「おお……」


 ミノリが嬉しそうに目を輝かせた。


「結構いいサイズだねぇ」

「……ミノリ?」


「お肉いっぱい取れそう」

「そっち!?」


 ミノリは戦鎚を握り直した。


「うち、頑張る!」

「いや、そこ頑張るところ!?」


 幻魔も拳を鳴らす。


「肉は任せろ」

「幻魔まで!?」


 あたしは思わず叫んだ。


「何で二人とも食べる気満々なのよ!」


 薬師堂が苦笑する。


「まあまあ」


 そして、腰から二本のククリ刀を抜いた。


 キィンと音を立てる。刃が日の差さない森林の中で鈍く光る。


「オーク肉は美味しいからねぇ」

「いや、だからって……」


 その瞬間だった。


 森の奥から、再び地響きが聞こえてきた。

 ズシン。

 ズシン。

 ズシン。


「……え?」


 あたしは振り返った。


木々の間から、次々と巨大な影が現れる。


「ブモォォォォッ!!」

「ブモオオオオッ!!」

「ブオオオオオッ!!」


「…………」


 あたしの顔が引きつる。


「ちょ、ちょっと待って」


 さらに奥。さらにその奥からもオークが現れる。


 一体、二体。三体。

 いや、もっといるよね?これ…


「なんで増えてるの!?」


 薬師堂が森の奥を眺める。


「あー」


 そして、納得したように頷いた。


「やっぱり群れだったかぁ〜」

「やっぱりって何!?」


「オークって群れで行動するからねぇ」

「それ先に言ってよ!」


 あたしは慌てて拳を構えた。


 目の前には、オークジェネラルを中心としたオークの群れ。数は十を軽く超えている。中には上位種が混ざっている。


 どう考えても、あたしが相手にしていい数じゃない。


すると、ミノリが群れを見つめていた。

 その目はキラキラと輝いている。


「……ミノリ?」

「…………」


 ミノリが戦鎚を握る。

 そして。


「オーク肉の群れ……!」

「そこ!?」


 ミノリの顔が完全に食事モードになっていた。


「いっぱいいるぅ……!」

「いやいやいや!」


 あたしが叫ぶ。

「魔物!しかも上位種だから!」

「分かってるよぉ?」


「絶対分かってないでしょ!?」


 すると。隣にいた幻魔まで。オークの群れを見ながら、ぽつり。


「……トンカツ」

「は?」


「メンチカツ」

「幻魔まで!?」


 幻魔は拳を握る。


「生姜焼きもいけるな」

「食べ物の話やめてよ!?」


 ミノリも戦鎚を肩に担ぐ。


「うちはトンカツ!」

「俺はメンチカツ」


「じゃあ幻魔にはメンチカツいっぱいあげる!」

「頼む」


「交渉成立しないで!」

 あたしが叫んでいる間にもオークたちはこちらへ迫ってくる。


「ブモォォォォッ!!」


 地面が揺れる。オークの大群が襲いかかってきた。


2人もやる気満々で迎え撃つつもりだ。


「ちょ、ちょっと!」


 あたしが二人を追おうとした、その時。


 ぽん。


 肩に手を置かれた。振り返ると、薬師堂だった。

 ククリ刀を両手に持ったまま、いつもの眠そうな笑みを浮かべている。


「あの二人に任せようか?」

「……え?」


 薬師堂先輩が前を指差す。


「もう始まるし」

「でも……」


「大丈夫、大丈夫」


 その声には、不思議なくらい余裕があった。

 

「うおおおおおっ!!」


 幻魔がオークの群れへ突っ込んだ。


「トンカツの時間だ!」

「いや、それ言いながら戦わないでよ!」


 ミノリも続く。


「オーク肉ぅぅぅぅ!!」


 戦鎚が振り下ろされる。


 ドォンッ!!


 オークが数体まとめて吹き飛んだ。


「…………」


 あたしは呆然とした。オークの群れ。しかも上位種が混ざった大群が押し寄せている。


 なのに、2人はまるでご馳走を前にしたみたいな顔で戦っている。


ドゴォン!!


 ミノリの戦鎚がオークを吹き飛ばす。


「トンカツ!」


ドゴォッ!!


 幻魔の拳が別のオークを殴り飛ばす。


「メンチカツ!」


あたしは額を押さえた。


「このパーティー……」

「うん?」


「食欲で動いてない?」


 薬師堂先輩は少し考えてからククリ刀を鞘に収める。


「元々、オークジェネラルの群れを狙って58階層まで探索してたんだけどねぇ」

「……え?」


「今回の探索の目的の一つだったんだよ」

「58階層まで?」


「そうそう」


 あたしは思わず目を丸くした。


「じゃあ、ここまで来たのって……」

「オークジェネラルを探すためでもあったねぇ」


「……そんな理由!?」


 思わず叫ぶ。世界未踏の58階層。

 そこまで来る理由がーーーオーク肉のため



目の前では嬉々としてオークの群れをどんどんと倒していく光景が拡がっていた。


さっきまでオークの群れが恐ろしくて仕方なかったのに。


この人たちがいるなら、ここで生きていけるのかもしれない。そんな安心感が、少しだけ生まれていた。



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