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次回から土曜日の18時頃に更新致します。ストックがつきてきたので…




「……そんなに?」

「そんなに」


 即答だった。あまりにも迷いのない返事に、あたしは思わず薬師堂の顔を見た。目は完全に輝いている。


さっきまで食事をしていたはずなのに、もう頭の中ではスキルの構造やら応用方法やらを考え始めているらしい。



 あたしは少しだけ呆れながら、食べかけのスープを置いた。冷めかけた表面が、器を置いた拍子に小さく揺れる。


「じゃあ、見せてあげる」

「本当?」


「うん。ただし、ちゃんと説明聞いてよ?」

「もちろん」


 薬師堂の返事が早い。


 完全に研究者の顔になっている。今回は自分のスキルが研究対象になるせいか、食いつきがいい。


「……なんか怖いんだけど」

「大丈夫大丈夫。危ないことはしないよ?」


「その言い方する人、だいたい信用できないんだけど」

「ひどいなぁ」


 薬師堂が苦笑する。


 その笑い方も、どこか楽しそうだった。


たぶん本人に悪気はない。悪気はないけれど、こういうときの薬師堂は、興味が勝つと安全確認が後回しになることがある。


 すると、隣で肉を食べていた幻魔が立ち上がった。


 骨付き肉を持っていた手を止め、口元についた脂を乱暴に拭う。


「俺でいいだろ」


「え?」


「実演するなら、俺が相手になればいい」


 幻魔はそう言うと、食べかけの骨付き肉を置いた。


 肉の脂が焚き火の明かりを受けて、つやつやと光っている。せっかくの食事を中断させてしまったことに、少しだけ申し訳なさを覚えた。


「ちょっと待って。怪我とかしないよね?」

「軽く傷を作るだけだ」


「いや、それが心配なんだけど……」


 幻魔にとっては、軽い傷なんて気にするほどのものではないのだろう。


でも、あたしにとっては、誰かに傷をつけること自体が簡単に割り切れることじゃない。


「なら、もっと簡単にする?」


 薬師堂が口を挟む。


「幻魔、腕を出してー」

「分かった」


「仁くん、何するの?」

「傷を作るんだよ?」


「やっぱり作るんじゃん!」

「実演には必要だからねー」


「研究者こわっ!」


 思わずツッコむ。

薬師堂は本当に悪びれない。必要だから傷を作る。必要だから観察する。必要だから質問する。


理屈としては分かるけれど、実際に目の前でやられると、どうしても納得しきれない部分が残る。


 マンドラゴラたちが、


「ほわ?」


 とこちらを見た。


 焚き火のそばで丸まっていた子たちが、何事かと一斉に顔を上げている。小さな葉っぱが揺れ、何匹かは不安そうにこちらへ近づいてきた。


「……ごめん」


 また謝ってしまう。


 さっきからマンドラゴラたちに謝ってばかりな気がする。別に怒られているわけではないのに、騒がしくしたり、怖がらせたりするたびに、つい口から出てしまうのだ。


 すると薬師堂が笑った。


「気にしなくていいよ。あの子たち、もう慣れてるから」


「何に?」


「オレたちのこういうやり取りに」

「それもどうなのよ……」


 薬師堂と幻魔の間では、こういう実験まがいのやり取りが日常なのだろう。


そう考えると、あたしだけが過剰に反応しているようで、少しだけ居心地が悪くなった。


 そんな会話をしている間に、幻魔が腕を差し出した。


 太い腕が焚き火の明かりの中に伸びる。傷をつける場所まで、すでに決めているらしい。幻魔は表情を変えず、ただ黙って薬師堂の手元を見ていた。


 薬師堂がナイフを取り出す。


 刃が火の光を反射して、細くきらめいた。


「ちょっとだけね」

「おう」


 ナイフが腕を浅く走る。


 赤い線が皮膚に浮かび、遅れて血がにじんだ。


「うわっ、痛そう……」


 思わず顔をしかめる。


 見ているだけで、腕の内側がひりつくような気がした。幻魔は眉一つ動かさない。


「これくらいなら問題ない」


「いや、普通に傷じゃん……」


 幻魔にとっては問題なくても、傷は傷だ。あたしはそう思いながら、ゆっくり立ち上がった。


 膝を伸ばし、焚き火を回り込む。幻魔の腕に近づくにつれて、傷口がはっきり見えてきた。浅いとはいえ、血はまだ止まっていない。


 あたしは幻魔の前に立った。


「じゃあ、これが《フィスト・ヒール》」


 右手を握り、拳を作る。


 指を曲げるだけの動作なのに、胸の奥が少し重くなった。


 このスキルを使うたびに、あたしは同じことを考える。どうして回復するために拳を握らなきゃいけないんだろう。どうして誰かを治すために、まず殴る必要があるんだろう。


 ーー便利なスキルとは、とても言えない。


 むしろ、使い勝手だけで言えばかなり悪い。普通の回復魔法なら、離れた場所から手をかざすだけで済むのに、あたしの場合は相手のところまで近づいて、拳を当てなければならない。


しかも、当てる場所を間違えれば、肝心の傷を治せない。


 それでも、使えるものはこれしかない。


「まず、大事なのは……」


 拳を軽く構える。


「このスキルは、あたしが殴った相手を回復するスキルってこと」


「殴る強さは回復量に関係する?」


 薬師堂がすぐに聞いてくる。


「…たぶん関係ない」


「たぶん?」


「実際、軽く当てても回復できるから。強く殴る必要はない」


 強く殴る必要がないことだけは、まだ助かっている。もし本当に全力で殴らなければ回復できない仕様だったら、味方を治すたびに相手を痛めつけることになる。


「なるほど」


 薬師堂が頷く。


「じゃあ、拳を媒介にして回復魔法を送り込むタイプか」


「そういう感じ」


 説明している間にも、幻魔の腕から血が一滴落ちた。時間をかければかけるほど、傷口の状態が変わってしまう。


 あたしは幻魔を見る。


「じゃ、いくよ」


「おう」


 あたしは拳を軽く振る。


 こつん。


 幻魔の腕に拳が当たった。


 殴ったというより、触れたに近い。けれど、その瞬間、拳の奥から淡い熱が広がった。


 淡い光が拳から広がった。


 光は幻魔の腕を包み込み、傷口の周囲へ集まっていく。赤く開いていた皮膚が、糸で縫い合わされるようにゆっくりと閉じていった。


「……おお」


 ミノリが目を丸くする。


 幻魔も自分の腕を確認する。


 血の跡だけが残り、傷そのものは消えていた。触れて確かめるように腕を撫でると、幻魔は小さく頷いた。


「完全に消えたな」


「でしょ?」


 あたしは拳を開く。


 光が消えたあとも、指先にはわずかな熱が残っていた。何度使っても、この感覚には慣れない。


回復できたことへの安心と、やっぱり殴らなきゃいけないんだという微妙な気持ちが、いつも一緒に湧いてくる。


「これがフィスト・ヒール」


 薬師堂は黙ったまま、幻魔の腕とあたしの拳を交互に見ていた。


 その視線が、まるで珍しい標本を観察しているようで落ち着かない。あたしは拳を握ったり開いたりしながら、次に何を聞かれるのか身構えた。


「……発動までの時間は?」

「今くらい」


「魔力消費は?」

「そこまで多くない」


「連続使用は?」

「できるけど、あたしの魔力が減れば当然使えなくなる」


「回復対象の状態によって消費量は変わる?」

「…たぶん変わる?」


「距離制限は拳が届く範囲だけ?」

「基本はそう」


「じゃあ、飛ばすことは?」

「たぶん無理」


「回復魔法を拳から放出して遠距離に飛ばすことは?」

「わからない」


 答えながら、あたしは自分でも少し嫌になってきた。


 できることより、できないことのほうがいい。


遠くから回復できない。触れなければ発動しない。傷の場所によっては、殴る位置を考えなければならない。しかも、戦闘中にそんな細かい判断をしている余裕があるとは限らない。


 回復スキルなのに、使うための条件が多すぎるのだ。


「なるほど……」


 薬師堂の質問が止まった。


 と思ったら。


「じゃあ、もう一個」

「まだあるの!?」


「これで最後」


「絶対最後じゃないじゃん!」

「今回は本当に最後」


 薬師堂が笑う。


 その笑顔を見ていると、どうせまた何か思いつくに決まっていると思った。けれど、ここで止めても、あとで改めて聞かれるだけだろう。


「このスキル、回復できない場所ってある?」


「あるよ」


 あたしは答えた。


 さっきまでの軽い空気が、少しだけ変わった。これは単なる細かい仕様ではない。実際に使うとき、何度も頭を悩ませる部分だ。


「これ、かなり重要なんだけど」


 右手の拳を見つめる。


 自分の手なのに、まるで扱いにくい道具を見ているような気分になる。使い方は分かっている。効果も強い。けれど、思い通りに使えるわけではない。


「殴った場所そのものは、回復できない」

「……どういうこと?」


 ミノリが首を傾げた。


「例えば、腕を怪我してる人をここで殴ったとするでしょ?」


 自分の腕を指差す。


「その拳が当たった場所は、回復できない」


「なんで?」

「分かんない」


 あたしは肩をすくめる。


「スキルの仕様だからとしか…」


 何度考えても、納得できる理由は見つからない。


拳を当てた場所にこそ回復の力が届きそうなのに、実際にはそこだけが対象から外れる。


 回復するための動作が、回復できない場所を作ってしまう。


 この矛盾が、あたしはどうしても好きになれなかった。


 薬師堂が腕を組む。


「つまり、回復対象に拳を当てる必要があるけど、拳が直接触れた部位は回復対象から除外される」


「そういうこと」


「じゃあ、重傷者を回復するときは?」

「殴る場所を選ぶ必要がある」


「頭部を殴って頭部を回復する、みたいな使い方はできない?」


「できない。少なくとも今のあたしじゃ無理」


 頭を治すために頭を殴る。言葉にすると冗談みたいだけれど、実戦では笑えない問題だ。頭部や胸部のような重要な場所を負傷した相手ほど、慎重に拳を当てなければならない。


「なるほど……」


 薬師堂はしばらく黙った。


 焚き火がぱちりと爆ぜる。周囲ではマンドラゴラたちが小さな声を交わし、ケットシーたちは食事の続きをしている。そんな穏やかな音の中で、あたしだけが自分のスキルの不便さを改めて突きつけられているようだった。


 そして、あたしを見る。


「じゃあ朱音ちゃん」

「なに?」


「このスキル、実戦だと結構難しいよね」

「……まあね」


 あたしは苦笑する。


「回復するためには、まず前に近づかなきゃいけない。しかも味方を殴る必要がある」

「うん」


「さらに、殴った場所は回復できない」

「そうだね」


「普通の回復士より危険じゃない?あたし…」


「……めっちゃ危険だねぇ…」


 即答すると、ミノリが苦笑した。


「朱音ちゃん、よくそれで回復士やってるねぇ」


「だってこれがあたしのスキルだし…」


 あたしは拳を握る。そう言い切るしかなかった。


 ーー本当は、もっと使いやすいスキルがよかった。


離れた場所から味方を治せて、傷ついた場所をそのまま回復できて、戦場で迷わず使えるようなスキルが。


少なくとも、味方を殴ることにためらいを覚えなくて済むものがよかった。


 フィスト・ヒールは、回復スキルとしてはあまりにも癖が強い。


 使い勝手が悪い。危険も多い。状況判断を間違えれば、回復するどころか味方をさらに傷つける可能性だってある。


 それでも、これがあたしの持っている唯一の回復手段であり、探索者としての強みだ。


「だったら、これを使いこなすしかないじゃん」


 薬師堂が少しだけ笑った。


「なるほどねぇ…」


「何が…?」


 薬師堂はあたしの拳を見る。


「面白いね」

「またそれ?」


 薬師堂は立ち上がった。


 立ち上がった拍子に、地面に落ちていた小枝が靴の下で折れた。薬師堂は気にする様子もなく、あたしの前を歩きながら、拳と幻魔の腕を何度も見比べている。


「普通の回復士なら、回復魔法を使うために後ろへ下がる」


 そして、あたしの拳を見る。


「でも朱音ちゃんは逆だ」


「逆?」


「回復するために前へ出る」


 薬師堂が指を一本立てる。


「前に前に出て傷ついた味方を殴る必要がある」


 二本目。


「その攻撃で味方を回復する」


 三本目。


「そして、必要なら自分自身も前線に残る」


「……言われてみれば」


 言われてみれば、確かにそうだった。


 あたしのスキルは、後ろにいるだけでは使えない。味方を治すためには、危険な場所へ踏み込まなければならない。敵の攻撃を避けながら、味方の状態を見て、殴る場所を選ぶ。


 回復士なのに、前線の中心に立つことを求められる。


「これ、回復士っていうより……」


 薬師堂が少し考える。


「前衛型の支援職だね」


「支援職?」


「うん」


 薬師堂は頷く。


「自分で敵を倒すこともできるけど、本質は味方を生存させること」


 その言葉に、あたしは少しだけ考える。


 使い勝手が悪くて、危険で、普通の回復士とはまるで違う。それでも、味方を生かすための力であることには変わりない。


「……じゃあ、あたしって殴りヒーラー?」


「そう」


「なんかゲームキャラみたいだね」


「ゲームキャラって……」


 思わず笑ってしまう。


 笑いながらも、胸の奥にあった引っかかりが少しだけ軽くなった。欠点ばかりだと思っていたスキルを、別の見方で捉えられた気がする。


「でも、悪くないかも」


 自分の拳を見る。


 今まで、このスキルは変わった回復スキルだと思っていた。


 普通の回復士とは違う。


 使い勝手も悪いし、危険も多い。だからこそ、装備も戦い方も自分で考える必要がある。


 誰かの真似をするだけでは、このスキルを使いこなせない。前に出るための防御力も、正確に拳を当てる技術も、味方の位置を把握する判断力も必要になる。


 面倒で、難しくて、正直に言えば不満もある。


 けれど、だからこそ自分だけの戦い方を作れるのかもしれない。


「……だったらさ」


 あたしは薬師堂を見る。


「火炎竜相手でも、このスキルを使えるようになればいいんでしょ?」


「うん」


「だったら、やる」


 薬師堂は少しだけ目を細めた。


「いいね」


「ただし」


 あたしは指を突きつける。


「装備作るなら、ちゃんとあたしのスキルに合わせて作ってよ?」


「もちろん」


「あと、強くして…」


「どのくらい?」


「あたしが火炎竜の前に立ってもビビらないくらい」


「それは装備だけじゃ無理じゃない?」

「じゃあ鍛えてよ!」


「もちろんだよ?面白そうだしねぇ…」


 薬師堂は笑った。


 焚き火の向こうで、マンドラゴラがまた、


「ほわー!」


 と跳ねる。


 その声に合わせるようにケットシーたちも踊り始めた。さっきまでの緊張が、少しずついつもの空気に戻っていく。


 あたしはもう一度、自分の拳を見た。


 使い勝手は悪い。


 危険だし、面倒だし、回復するために誰かを殴らなければならない。できないことも多くて、実戦で使うには不便すぎる。


 それでも、この拳でしかできないことがある。


 火炎竜。


 五十階層。


 日本では、まだ誰も届いていない場所。


 そこへ自分が行く。


 さっきまでは、ただ怖いだけだった。


 でも今は。


 ほんの少しだけ。


 不便で扱いにくいこのスキルを、自分の力として使いこなして。


 自分の拳で、そこまで届いてみたいと思った。






ブックマークありがとうございました!励みになります!!更新は遅くなりますが頑張ってくので応援の方よろしくお願い致します。

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