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焚き火の音を聞きながら、畑を囲むように踊るマンドラゴラとケットシーたちをみながら渡された料理を口に運ぶ。
「……うま」
「でしょー?」
大量の料理を持って現れたミノリが嬉しそうに笑う。
「仁くんの料理、結構うまいんだよ?」
「結構って何さ」
薬師堂がスープを飲みながら苦笑する。その隣で骨付き肉を貪るように食べる幻魔の姿。
肉は柔らかく、香草のようなものが効いていて食べやすい。
地上にいた頃に食べていた料理とは少し違う。
でも、こういう場所で食べるからなのか、不思議と落ち着いた。
「……なんか、すごいね」
「何が?」
周囲を見ると畑があり家がある。温かい明かりがあり、魔物まで普通に暮らしている。そして今は、キャンプファイヤーまで始まっている。
「……本当にダンジョンなの?」
「ダンジョンだよ」
薬師堂は即答する。少しだけ忘れかけていた事実に思わずため息がでる。
「……だよね」
あたしはスープを一口飲んだ。
温かい。目の前ではマンドラゴラたちが焚き火の周りをぴょこぴょこと跳ね、ケットシーたちがそれに合わせるように踊っている。
どう考えても、ダンジョンの最深部で見る光景じゃない。
ふと、出会った時に言われた地上への帰り方を思い出した。
「その…火炎竜とか火山階層攻略のためにあたしはどうしたらいいワケ?」
「んー…そうだね。装備はオレが作るとして…戦闘技術と体力増やすことかな?」
「…そんなんで火炎竜に勝てるの?」
実際のところ実感が沸かない。
そもそも火炎竜は、ダンジョン管理局の探索ドローンによって撮影されたフロアボスだ。
あたしたちが直接見たことのある相手ではない。映像の中にしか存在しないはずなのに、その姿は今でもはっきりと思い出せた。
学園でも何度か映像を見たことがある。
世界は40階層のフロアボス•アイアンゴーレムを倒しており、現在は42階層を攻略中だと学園で習った。
そしてら日本は現在38階層。
「……学園で習った限りじゃ、火炎竜どころか40階層のアイアンゴーレムだって、まだ日本じゃ倒せてないんだけど」
自分でも確かめるように言うと、薬師堂は手元の料理を眺めたまま、あっさりと頷いた。
「そうだねー」
あまりにも気負いのない返事だった。
その態度が、かえって不安を煽る。まるで、あたしだけが大げさに考えているみたいだった。
「じゃあ、なんでそんなに簡単そうに言えるの?」
「簡単とは言ってないよ?」
「言ってるように聞こえるんだけど……」
あたしが睨むと、薬師堂は少しだけ目を細めた。
さっきまでの軽い調子が、ほんのわずかに消える。
「火炎竜は強いよ?」
その言葉は妙に真剣だった。
薬師堂の声に含まれた重みを感じて、あたしは口を閉じる。実際に火炎竜のいる階層まで行ったことがあるからこそ、その強さを知っているのだろう。
「でも、戦う前から諦める必要もないでしょ?」
返す言葉が見つからなかった。怖い。勝てる気がしない。そう思うのは間違いではないはずだ。
けれど、怖いからといって、最初から可能性を捨ててしまえば、そこで終わってしまう。
「オレたちは火炎竜のいる階層まで行ったことがあるし、倒したこともある」
58階層にいたことを考えれば嘘ではないのはわかる。頭では理解している。
「まずは装備。朱音ちゃんの初心者回復士のローブと市販のメリケンサックじゃ攻略できない。そこはオレがなんとかする」
「あたしの服と武器をもってたの?」
「そそ、学園支給の服と武器だとせいぜい9階層ぐらいまでしか使えないからねぇ…」
薬師堂のいうとおりあたしの装備品はダンジョン学園に入学した際に支給された所謂『初心者セット』
ダンジョン学園入学後に行われる適性テストの結果に合わせて支給された装備だ。あたしの場合は聖職の杖や魔導書ではなく、スキル:フィストヒールであるためにメリケンサックが支給されたのだ。
確かに初心者セットで50階層の火炎竜に挑むのは自殺行為だというのはわかる。
「いや、誰が作るの!?確かにダンジョン内だから素材とか鉱石とかあるけどさ?専門のスキル持ちじゃないと武具類って加工できないでしょ!?」
ダンジョンで採れる素材が貴重なのは知っている。
ミスリルや魔鉄鉱石なんて、地上に持ち帰れば一財産になる。それを使った武器や防具なら、なおさらだ。
でも、素材があったところで加工できなければ意味がない。
焚き火を囲んでいたマンドラゴラたちが、ぴたりと動きを止める。
何本かがこちらを振り返り、頭の葉っぱを揺らしながら「ほわ?」と首を傾げた。
その隣にいたケットシーたちも、料理を運ぶ足を止めてこちらを見る。
「……ごめん」
なんとなく視線が集まってしまったことが恥ずかしくなって、あたしは小さく謝った。
「ほわー」
マンドラゴラの一匹が気にしていないように再び踊り始める。
それにつられるように、別の個体もぴょこんと跳ねた。
焚き火の炎が揺れる。赤と橙の光が周囲を照らし、畑の葉や木造の家の壁を柔らかく染めていた。
さっきまで自分が大声を出していたことすら、なんだか場違いに思えてくる。
ここは本当にダンジョンなのだろうか?
そんな疑問が、また頭をよぎった。
けれど、目の前にいる薬師堂だけは、いつも通りだった。驚くでもなく、怒るでもなく、ただ不思議そうにこちらを見ている。
「いや、オレが作るけど?」
「だから! どうやって!?」
「スキルで」
「……鍛冶スキル持ちなの?」
「違うよ?」
「じゃあどうやって作るのよ!?」
思わず身を乗り出す。
薬師堂は少し考えるように顎へ手を当てると、いつもの気の抜けた声で答えた。
「《物質具現化》」
「…なにそれ?」
「魔力と素材を使って、自分がイメージした物質を具現化するスキル」
「それで武器も作れるの?」
「作れるよ」
「防具も?」
「作れる」
「……じゃあ鍛冶師いらないじゃん」
「いや、そうでもないよ」
薬師堂は苦笑する。
「普通の鍛冶師みたいに、素材を加工して鍛えるわけじゃないからね。オレの場合は『こういう物を作る』っていう設計そのものが必要になる」
「設計?」
「うん。材質、厚さ、重量、強度、魔力伝導率。武器なら重心や刃の形状、防具なら関節の可動域とか」
淡々と並べられていく言葉に、あたしは少しずつ目を丸くする。
「……めちゃくちゃ面倒じゃん」
「だから研究なんだよ」
「そこは楽じゃないんだ……」
「むしろ、そこが一番楽しくない?」
「研究者の考え方わかんない……」
あたしが呆れていると、横からミノリが口を挟んだ。
「でも仁くん、装備作るの上手だよ?」
「ミノリは仁くんの作った装備使ってるの?」
「うん。うちの戦鎚もそうだし、防具も仁くんが作ったやつ」
ミノリが持っていた巨大な戦鎚。
あれだけ巨大なのに、本人が軽々と振り回していた。幻魔の装備だって、普通の店で売っているような物には見えない。
「幻魔のも?」
「もちろん」
幻魔が骨付き肉を食べながら頷く。
「俺の装備も仁が作った」
「……」
あたしは薬師堂を見る。薬師堂は、何でもないことのようにスープを飲んでいる。
「それは、朱音ちゃんの戦い方を見てからかな?」
「戦い方?」
「うん」
薬師堂はそう言って、あたしを見る。その視線に、ほんの少しだけ観察するような色が混じった。
「まだ朱音ちゃんがどう戦うのか、ちゃんと見たことないからね」
「……ああ」
そういえば、そうだった。
あたしはここへ来てから、薬師堂たちと一緒に行動している。
でも、まともな戦闘を見せたわけじゃない。
薬師堂が知っているのは、あたしが回復士として学園から支給された装備を持っていること。
そして、拳で戦うタイプらしいという程度だ。
少なくとも、あたしのスキルを実際に使っているところは見ていない。
「じゃあ、アンタから見たらあたしってどう見えてるの?」
何気なく聞いてみる。
「ん?」
「その……職業とか」
「ああ」
薬師堂は少し考える。
「修道士系の装備をした拳闘士?」
違わない。
むしろ、今の格好だけならその認識が一番近い。
修道士を思わせるローブ。
拳に装着するメリケンサック。
そして、前衛として戦うための身軽な装備。
自分のスキルを知らない人間から見れば、そう見えるのは当然だった。
「…だいたい合ってる」
「やっぱり?」
「ただ、その…あたしは回復士なんだけど」
「…回復士?」
薬師堂の箸が止まった。
さっきまで料理を食べながら何気なく話していたのに、その一言だけは妙に反応が早かった。
「うん」
「へぇ……」
薬師堂が少しだけ身を乗り出す。
その目が、今までとは違っていた。
興味を持った。
それが分かるくらい、視線が真っ直ぐあたしに向いている。
「回復士なのに、メリケンサック?」
「そう。あたしのスキルがちょっと特殊だから」
「どんなスキル?」
「《フィスト・ヒール》」
「フィスト……ヒール?」
薬師堂が小さく呟く。
聞き慣れない言葉を頭の中で転がすように、何度か繰り返していた。
「名前の通り、拳で回復するの」
「拳で?」
「うん。あたしが殴った相手を治療できる」
「……へぇ」
薬師堂の目がさらに細くなる。
「じゃあ、直接殴らないと回復できない?」
「そう」
「距離は?」
「基本的には拳が届く範囲」
「対象は人間だけ?」
「今のところ、生き物なら使えると思う」
「回復量は?」
「相手による。あと、あたし自身の状態にも左右される」
次々と質問が飛んでくる。
「待って待って!」
あたしは思わず手を上げた。
「何?」
「質問多くない!?」
「あ、ごめんごめん」
薬師堂は素直に引いた。
けれど、明らかに興味を持っている。
さっきまで装備について話していたときとは違う。
まるで珍しい魔物や未知の素材を見つけた研究者みたいだった。
「いやぁ……」
薬師堂は顎に手を当てる。
「へぇ、かなり尖ったスキルだねぇー」
「尖ってる?」
「かなり」
即答だった。
「普通の回復スキルなら、距離を取って味方を回復するのが基本でしょ?」
「まあ、そうだね」
「でも朱音ちゃんの場合、回復するために自分から前に出る必要がある」
「そうなるね」
「しかも拳で」
「うん」
「……面白いなぁ」
最後の一言だけ、妙に楽しそうだった。
「面白いって……」
「あ、ごめん。悪い意味じゃないよ?」
薬師堂は苦笑する。
「むしろ、かなり興味深い」
焚き火の光が、薬師堂の白い髪を照らす。
「回復士なのに前衛に出る必要があるなら、普通の回復士用装備をそのまま使う意味がないよね」
「だからメリケンサックなんだけど」
「うん。でも、それだけでも足りないと思う」
「……え?」
「まだ実際の戦闘を見てないから何とも言えないけど」
薬師堂はあたしの拳を見る。
「朱音ちゃん専用の装備、ちゃんと考えたほうがいいかもしれない」
「本当に?」
「うん」
その返事には、さっきまでの軽さとは少し違うものがあった。
新しいものを見つけた研究者。
そんな顔だった。
「フィスト・ヒール……か」
薬師堂が小さく呟く。
「実際に使ってるところ、見てみたいなぁ」
「……そんなに?」
「そんなに」
即答だった。
あたしは思わず苦笑する。
どうやらこの人。
珍しいスキルの話になると、途端に食いつきが良くなるらしい。




