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拠点の中央へ向かって歩いていると、道の先に少しだけ明るい場所が見えてきた。さっきまで見ていた建物とは違う。
もっと開けた場所。そこには、いくつもの畑が広がっていた。
「……畑?」
思わず足を止める。
「うん。仁くんが作ったやつだよ?」
「ダンジョンの中に?」
ミノリは何でもないことのように答える。あたしにとっては全然普通じゃない。
ここは55階層。
地上でさえ、これだけ広い畑を作るには色々と準備が必要なのに。
魔物が徘徊するダンジョンの中に、普通に畑がある。
「……なんでもあるね、ここ」
「私も最初はそう思ったよ」
畑の周囲には簡単な木柵が作られている。
その四隅には、木材を組んだものが置かれていた。
しかも、その中心には薪が積まれている。
「…あれ何?」
「キャンプファイヤー」
「……畑の四隅全部?」
「うん」
「なんで?」
「ダンジョンだけどこの階層暗くなるからね〜ほら」
ミノリが上を指さし、顔を上に向けてみる。ダンジョン内なのに星空が拡がっていた。
……この人たち、本当にダンジョンで暮らしてるんだ。
そんなことを考えながら、畑へ近づく。
そのときだった。
「……ん?」
畑の中で、何かが動いた。小さな葉っぱ。
それが、ぴょこっと揺れる。
「……野菜?」
最初はそう思った。
でも違った。葉っぱが動いたあと、土の中から白いものが少しだけ顔を出した。
「…………」
あたしは無言で見る。
白く細長い。どう見ても大根。
ただし、大根から、足が生えていた。
「…………」
あたしはミノリを見る。
ミノリも大根を見る。
もう一度、大根を見る。
「……ミノリ」
「うん?」
「あれ、何?」
「マンドラゴラだよ?」
「…………」
聞いたことはある。魔物図鑑でも見たことがある。
植物型の魔物。引き抜くと特徴的な鳴き声を上げることで知られている。
ダンジョン内の草原や深い森林階層で確認された魔物。
だが、実物を見るのは初めてだった。
そのマンドラゴラが、畑の中でこちらを見上げている。
目があり、口もある。
そして、大根のような身体に小さな手足がついている。
「……大根じゃん」
「そうだね」
「いや、マンドラゴラなんだけど」
「大根っぽいよね」
「完全に大根でしょ」
あたしがじっと見つめていると、マンドラゴラもこちらをじっと見つめ返した。
「ほわぁ?」
「鳴いた!?」
首を少しかしげるマンドラゴラ。あたしも首をかしげる。
「……何?」
「ほわぁ?」
「いや、こっちが聞きたいんだけど」
マンドラゴラはまた首をかしげた。
「ほわぁ?」
「……なんか、思ってたより怖くない?」
「ここのマンドラゴラは大人しいよ」
「でも、魔物なんでしょ?」
「うん」
「襲ってこないの?」
「畑に入らなければね」
「じゃあ大丈夫なんだ」
あたしが声を上げると、マンドラゴラが少しだけ身体を揺らした。
「ほわぁ……」
「あ、ごめん」
なんとなく謝ってしまった。すると、マンドラゴラがぴょこぴょことこちらへ近づいてくる。
「……来た」
「朱音ちゃんに興味あるのかもねぇ」
「え?」
マンドラゴラは畑の端までやってくると、土から身体を半分だけ出した状態で、あたしの浴衣を見上げている。
「ほわぁ?」
「……何?」
マンドラゴラが一歩近づく。
「ほわぁ」
小さな手を上げた。思わずしゃがみ込む。
「触っていいのかな?」
「大丈夫だよ?」
恐る恐る手を伸ばす。指先がマンドラゴラの葉に触れた。
柔らかい。
普通の植物と変わらない感触だった。
「……あったかい」
「魔力が流れてるからね」
「へぇ……」
マンドラゴラは嫌がる様子もなく、葉を小さく揺らした。
「ほわぁ?」
「……なんか、かわいい」
「でしょ?」
ミノリが笑う。
「仁くん、ここのマンドラゴラたちも結構大事にしてるよ」
「食べないの?」
「……食べないよ?野菜育ててくれてるし」
あたしはマンドラゴラを見る。
「……ごめん」
「ほわぁ?」
「なんでもない」
なんとなく気まずくなった。そのとき。畑の四隅に置かれた薪の一つから、小さな炎が上がった。
思わず振り向く。
続いて、反対側。さらにその反対。
四隅のキャンプファイヤーが順番に灯っていく。ケットシーたちが火を灯したようだ。
橙色の明かりが畑を照らす。夜の拠点に、柔らかな光が広がる。マンドラゴラたちの葉が炎の明かりに照らされて、風に揺れていた。
振り返り、街の通り道を見ると、ランタンも光り輝いていた。
「……綺麗」
「夜になるといつもこうなるよ」
そのとき、畑の向こうから声が聞こえた。
「おーい、朱音ちゃん!」
振り向くと、薬師堂がこちらへ歩いてきていた。
その手には、大きな木の皿。
「飯できたよー」
「おおっ!」
ミノリが嬉しそうに声を上げる。
「今日なにー?」
「野菜炒めとスープ。あとパン」
「最高じゃん!」
ミノリがさっそく料理のほうへ向かっていく。ケットシーたちもテーブルへ料理を並べていた。
ふと、足元にいるマンドラゴラに視線を向ける。
「「「「「ほわっ!」」」」
「増えた!?なにこれ!?」
「気に入られたねぇ〜」
葉っぱをぱたぱたと揺らしたり、小さい手をあげるマンドラゴラたち。すると、鳴り物が聴こえている。ケットシー達が太鼓をたたいるようだ。
すると、マンドラゴラが足元から離れていくと、畑の周りを囲むように踊り始めた。
「なにこれ…?」
「土に魔力を流して野菜や果物を育ててくれてるの」
薬師堂が椅子を持ってきてくれ、そこに腰をかける。
どうにもマンドラゴラのあの踊りは畑に魔力を分け与えて新鮮な野菜を育てる儀式的なのだと教えてくれた。
畑の四隅に置かれていたキャンプファイヤーの薪が、大きく燃え、ぱちぱち、と薪が爆ぜる。
橙色の炎が夜の畑を照らしていく。
ケットシーたちが出来上がった料理を運んできてくれた。
「ありがとう」
「ニャー!」
「それじゃあ食べようか〜いただきます」
ここがダンジョンの中だということを、もう一度忘れそうになる。
「……いただきます」
「いただきまーす」
「いただきにゃー!」
声が重なる。薪がぱちぱちと音を立てる。場所は55階層の地上で誰知らない街。ここがダンジョンの中だということを、もう一度忘れそうになる。




