巨石の神殿を建てたいと言うあなたに、私はパンを焼き、酒を醸す ~紀元前1万年。人類最古の神殿の、いちばん最初の恋~
最新エピソード掲載日:2026/07/22
――これは今から一万二千年前ほど、気の遠くなるほど昔のお話。
麦を挽いて、焼く。それが地元の娘、ウネの役目だ。
年に一度、麦が実り鶴が渡るころ、野を巡る人々がひとつの丘に集まって祭りをする。
その皆の腹を満たすのが、私のパン。……食べてしまえば、朝には忘れられてしまうけれど。
ある年、私は焼き損じた生焼けのパンを、雨水の溜まった石の窪みに落として忘れた。
数日後――窪みの水は白く濁り、ぷつぷつと泡を立てていた。
酸っぱくて、どこか甘くて、飲めば腹の底からぽかぽかと温かくなる、ふしぎな水。
丘では誰も知らなかった「笑う水」に、人々は野へ帰るのも忘れて居残り――
その騒ぎの端で、ひとりの痩せた青年が、誰も本気にしない夢を口にする。
「石を起こす。『見ている者たち』の、ちゃんとした家を建てる」
誰もが笑った。けれど彼だけは、私のしくじりを「天からの贈り物」と呼んだのだ。
私のパンと酒が人を留め、留まった手が石を起こし、丘は少しずつ変わっていく。
酒が唄になり、唄が石を立たせ、やがて私は、誰もしたことのない賭けに出る。
――いちばん肥えた麦の粒を、土に埋めるのだ。
鉄も土器も文字もない時代。転生も予知もなし。
後にトルコの『ギョベクリ・テペ』と呼ばれる丘に人類最初の文明が芽吹いていく、その夜明けを舞台にした、
パンを焼く女と、石ばかり見ている男の、世界で一番古い神殿のいちばん最初の恋の物語。
石しか見ていないあの人は、いつになったら私を見てくれるのでしょう?
麦を挽いて、焼く。それが地元の娘、ウネの役目だ。
年に一度、麦が実り鶴が渡るころ、野を巡る人々がひとつの丘に集まって祭りをする。
その皆の腹を満たすのが、私のパン。……食べてしまえば、朝には忘れられてしまうけれど。
ある年、私は焼き損じた生焼けのパンを、雨水の溜まった石の窪みに落として忘れた。
数日後――窪みの水は白く濁り、ぷつぷつと泡を立てていた。
酸っぱくて、どこか甘くて、飲めば腹の底からぽかぽかと温かくなる、ふしぎな水。
丘では誰も知らなかった「笑う水」に、人々は野へ帰るのも忘れて居残り――
その騒ぎの端で、ひとりの痩せた青年が、誰も本気にしない夢を口にする。
「石を起こす。『見ている者たち』の、ちゃんとした家を建てる」
誰もが笑った。けれど彼だけは、私のしくじりを「天からの贈り物」と呼んだのだ。
私のパンと酒が人を留め、留まった手が石を起こし、丘は少しずつ変わっていく。
酒が唄になり、唄が石を立たせ、やがて私は、誰もしたことのない賭けに出る。
――いちばん肥えた麦の粒を、土に埋めるのだ。
鉄も土器も文字もない時代。転生も予知もなし。
後にトルコの『ギョベクリ・テペ』と呼ばれる丘に人類最初の文明が芽吹いていく、その夜明けを舞台にした、
パンを焼く女と、石ばかり見ている男の、世界で一番古い神殿のいちばん最初の恋の物語。
石しか見ていないあの人は、いつになったら私を見てくれるのでしょう?