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第4話 鑑定の儀

 クラスメイトたちの頭上に浮かび上がった、不気味なほど鮮明な赤色の文字。

 それは、この世界の残酷なまでの「格付け」を可視化したものだった。


「勇者の皆様方! 恐れながら、一人ずつスキル鑑定をり行いたいと存じます。どうか、こちらへ一列にお並びいただけないでしょうか?」


 宰相バルトの声が、静まり返った広間に冷たく響いた。

 その口調こそ丁寧だが、背後に控える兵士たちが一斉に槍の石畳いしだたみを叩く「ガチン!」という音が、事実上の強制力をともなっていた。


 生徒たちは、おどおどしながらも、導かれるままに列を作り始める。


 彼らが歩く石畳の床には、まだ拭き取られていない赤黒いシミが点々と残っていた。

 先ほどまでそこにあった「生身の人間」が、いとも簡単に切り捨てられたという視覚的な警告。

 先ほどまで、そこに誰かの血が流れていたという残酷な事実。

 それが、彼らの反抗心を完全にへし折っているようだった。


(……あぁ、もう最悪だ)


 俺は玉座に深く身を沈め、その光景を眺めていた。


 今の俺も彼らと同じだ。

 この豪華な王衣に身を包み、絶対的な権力者の座にいるが、中身はいつ切り殺されるか怯えている。

 豪華なベルベットの衣装が、今は檻のように俺を締め付けている。


「まずは……こちらの方から」


 宰相が一人目の生徒の前に立った。


『炎上の魔術師:ランクB』


「……ほう、『炎上の魔術師:ランクB』か。使い勝手の良い火力となるでしょうな」


 宰相が淡々と評価を下していく。

 そこにいたのは、クラスでも目立っていた勝ち気な少女、佐々木凛ささき りんだった。彼女は周囲の称賛と拍手に気づき、一瞬だけ、目を見開き胸を張ったが、すぐに王の格好をしている俺の視線に気づき、ビクッと肩を震わせて視線を伏せた。


 だが、その後の鑑定が進むにつれ、残酷な格差が浮き彫りになってくる。


『掃除員:ランクD』

『農夫:ランクE』

『運搬係:ランクE』


「……ふむ。期待外れですね」


 宰相の口から漏れた一言に、ランクの低い生徒たちは絶望に染まった顔でうつむく。

 教室でのヒエラルキーが、ここでは「スキル」という絶対的な数値に置き換わろうとしている。

 ある者は称賛され、ある者はゴミのように扱われる。

 この構造もまた、俺が最も嫌っていた「教室」の縮図だ。


 そして、その時だった。


「……っ!?」


 宰相バルトが、あからさまに息を呑んだ。

 隣にいた王女までもが、大きく目を見開いて身を乗り出す。


 彼女は、クラスの中でも物静かな印象の、暗くはないがミステリアスな雰囲気を持つ月城陽菜つきしろ はるなだった。

 彼女の頭上に浮かび上がった文字は、他の誰よりも濃く、禍々《まがまが》しいまでの光を放っていた。


『暗黒の聖女:ランクA』


「暗黒の聖女……! まさか、伝説に語られる矛盾むじゅん権能けんのうを持つ者が、この召喚で現れるとは!」


 宰相の声には、隠しきれない歓喜と戦慄せんりつが混じっていた。

 彼は興奮を抑えきれない様子で、滔々《とうとう》とその解説を始めた。


「聖女とは本来、神の光による癒やしと浄化を司る至高の職。しかし『暗黒』の冠を持つ者は、死者の魂を操り、絶望を力に変え、同時に究極の再生をもたらすという。光と闇、生と死。その両極を支配するランクAの個体……。陛下、これは我が国にとって、いや、この世界にとって歴史的な転換点となる至宝しほうでございます!」


 王女もまた、うっとりとした眼差しで月城陽菜を見つめていた。


「素晴らしい……。これほどの力が、父上のもとにもたらされるなんて」


 月城本人は、そんな称賛などどうでもいいと言いたげな虚ろな表情で周囲を見ていた。


 月城が、ふと、俺と視線を合わせた。

 教室で何度か見たことがある。騒がしい周囲とは異なる静かな眼差しだった。


 宰相の解説が、広間に響き渡る。

 周囲の兵士たちからも、どよめきが起こった。彼らは今、自分たちの目の前に「生ける神」が舞い降りたかのような興奮に包まれている。


(……すごいな。でも、それだけ価値があるってことは、それだけ利用されるってことだよな)


 俺は心の中でため息をつく。

 ランクが高いことは、ここでは特権であると同時に、逃げられない呪縛でもある。俺が今、この玉座の檻に囚われているのと同様に。


 その後も鑑定は続いた。

 いくつか有望なランクを持つ者が現れ、宰相は満足げに頷いていたが、一方で残酷な現実も突きつけられる。


『村人A:ランクF』

『村人B:ランクF』

『家事手伝い:ランクF』


 そんな文字が浮かび上がった生徒たちは顔をゆがめている。


 その時だった。


 列の途中で、一人の男子生徒が、耐えきれないというように声を上げた。


「なあ! もういいよ、こんなの! 俺たちはどうすればいいんだよ! 元の世界に……家に帰れるのか!? 誰か答えろよ!」


 その叫びは、広間にいた全員の心の底にある「本音」だった。


「……あの! 王様! ウチたち、ここに来たのはいいけど……元の世界に帰れるんですか!?」


 もう一人の女子生徒が、耐えきれなくなったように声を上げた。

 恐怖、混乱、そして故郷への強烈な思慕しぼ


 俺も同じだ。

 今すぐにでも、この重苦しいローブを脱ぎ捨てたい。

 埃っぽいチョークの匂いがする、あの最悪な教室にだって、こんな、いつ誰に剣を突き立てられるかわからない血塗ちぬられた世界より、よっぽどましだ。

 家に帰りたい。さっさと布団にもぐって異世界小説を読みたい。


(どうすればいい? 誰か教えてくれ。いや、そもそも俺が王なんだから、もしかして、俺が答えなきゃいけないのか?)


 絶望的な問いが、俺に突きつけられた。

 生徒たちの視線が、再び俺へと集まる。

 彼らの瞳には、かすかな希望と、それ以上の切実な懇願こんがんが混じっていた。


(わからない。俺にわかるわけない……)


 俺は、目の前が真っ暗になる感覚とともに、小さく口を開いた。

 ただ、独り言のように。

 消え入りそうな、弱々しい声で。


「ちょっと待って。わからない……」


 そう言いたかった。

 待っていれば夢から覚めるのだろうか。


 しかし。


【スキル「王命」が発動しました】


 ――『未だその時は来ぬ。運命の糸がつむがれるまで、待つべし』――


 広間に、地鳴りのような重低音が轟いた。

 轟いた声に呼応し、天井から吊るされた巨大なクリスタル・シャンデリアが激しく鳴動した。数千の破片が互いにぶつかり合い、鋭い金属音と共に、光の雨のような火花を散らす。


 それはもはや、人間の声という範疇はんちゅうを超えていた。


 絶対的な真理を告げる神託しんたくのように、空間そのものを震わせ、聴く者の魂を強制的に屈服させる、圧倒的な「王の宣告」。


「……っ!?」


 問いかけた生徒は、その声の圧力に耐えきれず、そのまま地面に叩きつけられた。

 いや、叩きつけられたのではない。

 本能が、この言葉に逆らうことは死を意味すると悟ったかのように、自ら膝を折ったのだ。


 クラスメイト全員が、まるで操り人形のように一斉に膝をつき、額を石畳に擦り付けた。

 静寂が訪れる。

 ただ、俺の心臓の鼓動だけが、うるさいほどに鳴り響いていた。


(……え? 今、俺はなんて言った? 待つべし?)


 ただただ「ちょっと待って。わからない……」という言葉が、なぜこんなに格好いい、そして不吉な予言のような言葉に変換された?


 宰相バルトが横で、

「ああ、なんと慈悲深い! まさに神の御心!」

 と称賛している。


 王女は頬を紅潮させ、目を輝かせて、

「父上! その計り知れぬお導き、正に我が国の、いえ、世界の光にございます!」

 と、静かに手を合わせて祈りを捧げている。


 だが、周囲の反応はそれ以上だった。


「待つべし!」


 誰かが叫んだ。

 それは、最前列にいた重装歩兵だった。


「待つべし!!」


 それに呼応するように、別の兵士が叫ぶ。

 やがて、それは波のように広がり、数百人の兵士たちが、地響きのような大合唱を始めた。


「待つべし!!」

「待つべし!!」

「待つべし!!」


 彼らは、俺の言葉を「今は帰る時ではないが、いずれ運命が導く時が来る」というような、深遠なる救済の約束として受け取ったらしい。


 絶望の淵にいた生徒たちの表情ですら、その強制的な威厳に塗り潰され、「待っていればいいのだ」という盲目的な安心感に包まれていっているようだ。


(なんなんだ、これは。ただ、ちょっと待って、とか、わからないとか言っただけなんだけど)


 俺は心の中で呻いたが、表面に出たのは、静かな、そして冷徹な沈黙だけだった。


 広間に響き渡る、「待つべし」という狂信的な合唱。

 それは永遠に続くかのように、俺の耳を打ち据え続けた。


 俺は、震える手で黒曜石の杖を握りしめる。

 この世界において、俺の本心は完全に消し去られた。

 俺が何を望もうと、何を願おうと、口から出るのは「絶対的な王の意志」だけ。


 俺は玉座の上で、激しく頭を振った。

 しかし、その動作さえも、彼らには「深く考え、結論を出した王の威厳」に見えているのだろうか。


 兵士たちの「待つべし」という合唱は、永遠に続くのではないかと思うほど、長く、激しく、広間に鳴り響き続けていた。

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