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第17話 軍師の計算

「……報告します!」


 血相けっそうを変えた斥候せっこうが、広間にすべり込んできた。その顔は土気色つちけいろで、呼吸は激しく乱れている。


「敵軍の中央、最前線に……『勇者ガルド』を確認! 帝国が誇る戦略兵器、ランクAの個体です!」


 広間に戦慄せんりつが走った。隣に立つ宰相バルトが、片眼鏡モノクルの奥の瞳を鋭く光らせ、低い声で解説する。


「……バルザス帝国の至宝、『禿頭とくとう破城はじょう』ガルド。ランクA。あらゆる物理障壁(しょうへき)を粉砕し、単騎たんきで城門を突き破るという、文字通りの人間破壊兵器。彼が動けば、城壁など紙屑かみくずに等しいと語られている」


 その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。


 ――ドォォォォォォン!!


 鼓膜を直接殴られたような、凄まじい衝撃波。


 足元の石畳が激しく跳ね上がり、巨大なシャンデリアが悲鳴を上げて揺れる。

 地震だ。

 いや、城壁に打ち込まれた巨大な破壊兵器の衝撃だった。


「門を開けろ! 抵抗は無意味だ! ひざまずけば、奴隷として生かしてやる!!」


 城外から響き渡る、魔法で増幅された傲慢な声。空気を震わせる拡声魔法の声が、城内に鳴り響く。

 その声に呼応するように、再び衝撃が走る。ガガガッ、と不吉な音が響き、城壁のあちこちからひび割れた石片が雨のように降り注いだ。


「避難を! 直ちに王族、勇者、および臣民しんみんを地下聖域へ!」


 バルトの叫びに、兵士たちがあわただしく動き出す。


 王女フランシーヌ、震え上がるクラスメイトたち、そしてパニックに陥った国民たちが、流れるように視界を通り過ぎていく。


 やがて、広間には俺と、宰相バルト、そして数人の近衛兵このえへいだけが残された。


 いや、もう一人。

 それまで静かに控えていた男が、少し吊り上がった眉で自信ありげな笑みを浮かべて俺の前に進み出た。

 軍服の上に、学者のようなゆったりとした深い紺色のローブを羽織っている。


(……誰?)


 栗色の髪色をゆるく後ろで結び、細く、鋭い三白眼。ここまで見たことのない男だ。

 だが、男は当然のように俺に親しげな視線を送っている。ここで知らないのがバレたら、偽物だとバレるかもしれない。

 俺は、わかっている、と思わせるようにゆっくりと頷いて見せた。


「陛下。今回もご計算の通りに進んでおりますね」


(今回も?)


 全く何のことかわからないが、「まあ、そうなんだな」という感じで、内心ビクビクだが俺は頷いてみせる。


 彼のベルトには戦術的な地図ケースや、メモ用の小型の羊皮紙がいくつも差し込まれている。


(軍師のようだな)


「では、状況を確認させていただきます」


 人差し指で顎をゆっくりと撫でている軍師にうながされ、俺はテラスへと出た。

 そこから見える景色は、まさに地獄だった。

 城壁の外に広がっていたのは、地平線を塗り潰すほどの「鋼の海」だった。


「少々不愉快な客人ですが、帝国軍の先遣隊せんけんたいにすぎません。勇者も数十人は帝国に存在するなか、たった一人しか来ていません」


 鈍色にびいろに光る甲冑かっちゅうの波。数百、いや数千の槍が林立し、風に揺れる帝国旗が、まるで巨大な獣のうろこのようにうごめいている。

 風に乗って届くのは、おびただしい軍靴ぐんかが地面を叩く地鳴じなりと、獣のような怒号どごう

 空を舞っているのはワイバーンだろうか。


「帝国軍はちょっと様子を見にきただけでしょう」


 エルグ王国の城壁が、巨大な暴力に包囲されていた。

 その圧倒的な質量。視覚的に突きつけられた物理的暴力に、俺はただ、喉の奥で乾いた音を鳴らした。


「問題ございません。ご覧ください。我が国の城壁、古代の禁術を用いていにしえの希少な魔道石を練りこんだ大陸随一の厚みを誇る堅牢さ。まさに不落の要塞。この世のいかなる兵器をもってしても、傷ひとつ付けることすらかなわぬ永遠の壁にございます――」


 ――ドゴォォォォォン!!


 言葉が終わる前に、世界が揺れた。

 凄まじい衝撃波と共に、外壁の上部が、まるで古びたクッキーのようにあっけなく砕け散り、舞い上がった。

 轟音と共に舞い上がる土煙。降り注ぐ巨大な石の破片が、バルコニーの床を激しく叩く。


(……っ!)


 俺が肩を跳ねさせて後ずさりすると、軍師は眉一つ動かさず、さらに声を張り上げた。


些細ささいな衝撃に過ぎません。次こそご覧ください、城壁上の精鋭弓部隊『蒼穹の鷹(アズール・ホーク)(アズール・ホーク)』を!」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、隣にいた宰相バルトが、深く、強く、確信に満ちた頷きを見せた。


「その通り!!」


 バルトは感極かんきわまった様子で胸を張り、あろうことか、戦場に不釣り合いな朗々《ろうろう》とした歌声を響かせ始めた。


「おお、蒼穹の鷹、アズール・ホークよ! 青き翼の狩人よ! 天を射抜き、雲を裂き、ワイバーンの群れを地に伏せしめる我が国の至宝、空の覇者なり!!」


(……歌った!? この状況で歌った!!)


「おお、アズール・ホークよ! 天を射抜く銀の矢よ! 雲を割り、嵐を呼び、空飛ぶ獣を塵へと変えん! 王国の誇り、不滅の翼、アズール・ホークに幸あれ――!!」


 その、あまりに情熱的で滑稽こっけい礼賛歌らいさんかが響き渡った、その瞬間だった。


 ――ギィィィィィ!!


 鋭い鳴き声と共に、空から巨大な爪が降りてきた。

 鼓膜を裂くような咆哮ほうこう


 バルザス帝国のワイバーン部隊だ。


蒼穹の鷹(アズール・ホーク)』たちが矢を放つ暇さえなかった。悲鳴と共に、精鋭たちが次々と城壁から蹴り落とされ、血の雨が降り注ぐ。

 空からの蹂躙。

 自慢の弓兵たちが、悲鳴を上げる間もなく次々と空へさらわれ、あるいは鋭い爪で引き裂かれていく。


 城壁の上は一瞬にして地獄絵図へと変わった。


「……あ」


 軍師の口が、わずかに開いた。


「ふ、ふむ。想定内の攪乱かくらんですな。敵の主将ガルドが本格的に動き出すのは明日になるでしょう。それまでには、十分に再編の――」


 ――ズゥゥゥゥン!!


 城壁の端に、一人の男が降り立った。


 ただ足を踏み出しただけ。

 たったそれだけで、地割れが走り、城壁に巨大な亀裂が走った。


 それが、ランクA『禿頭の破城師』ガルドの「歩行」だった。


 俺は迫力に耐えられず、ぎゅっと目をつむり、


「うわあ」


 と喉の奥から小さく息を吐いた。


【スキル「ダメ人間」が発動しました】


「え? これでも発動?」


【スキル「ダメ人間」が発動しました】

【ダメ人間が感染しました】


「……ふぅ」


 軍師が深い溜息をついた。

 つい数秒前まで胸を張っていた背中が、ガクンと丸くなる。視線から光が消え、虚空を彷徨さまよい始めた。


「計算しました。我々がここで殺される確率は99.999パーセント、わざわざ作戦を立てるなんて、無駄。どうみんな死ぬんだから。早く死ぬか、遅く死ぬか、の違いでしかありません」


(感染した……!)


「おい! ジュリアン! しっかりしろ!!」


 バルトが慌てて軍師の肩を揺さぶった。


(ジュリアンか。そういう名前だったんだな、この人)


 俺は、冷や汗でぬるぬるになった杖を握りしめた。

 いま、ここで目を閉じれば、またあの「ダメ人間」が発動して、バルトまで脱力させることになるだろう。

 いままでの感触から、感染三人くらいで伝染が始まるだろう。そうなれば、たぶんおしまいだろう。


(目を閉じちゃだめだ。閉じちゃだめだ……!)


 俺は、必死に目を見開いた。

 視界に飛び込んでくるのは、ひび割れた城壁と、地平線を埋める帝国の軍勢。

 隣で「バルトさん……。早く死んだ方が効率的なのでは……」とつぶやきながら、あごを引いて、だらだらと壁にもたれかかるジュリアン。


(目を閉じちゃだめだ!!)


 城壁が崩れ、王国兵が無残に殺されていく様子を、ただ凝視し続ける。


 宰相は小声でジュリアンに語り掛けている。王様の耳はどんな小声も聞き取れる耳だった。


「ジュリアン。御覧なさい。陛下は、敵の猛攻を凝視し、次の一手を熟考されている……」


 地鳴りが再び響き、城壁の崩落ほうらく音が近づいてくる。


 周囲すべての期待を一身に集め、まぶたがぴくぴくし、目が充血し、白目を剥きながらも、俺は目を開き続けるのであった。

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