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世界を買い叩く女令嬢、新大陸の油田で神を売る 〜最強の会計士は、敵国の「心臓」さえも査定する  作者: 月花いとは


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第9話:数字は裏切らない。裏切るのはいつも、数字を読めぬ人間だ

――轟音。


 アイゼン要塞の中央。

 歴代の皇帝を称えるために造られた、高さ二十メートルの「栄光の尖塔」が、土煙を上げて崩落した。


「貴様ぁぁぁ! 正気か、エレナ・フォン・ロスタンド!」


 ギュンター将軍の咆哮が、凍てつく空気を震わせる。

 彼は抜剣し、私の鼻先に切っ先を突きつけた。

 周囲の兵士たちも、呆然として瓦礫の山を見つめている。

 帝国の威信。

 勝利の象徴。

 それを、この着任したばかりの小娘は「解体」と称して爆破したのだ。


「陛下から全権を委ねられたのだぞ! 帝国の誇りを、瓦礫に変える権利などないはずだ!」


「誇り、ですか。……将軍、あなたの言う『誇り』の維持費、算出なさいましたか?」


 私は、舞い上がる塵を扇ぐこともなく、銀のペンを執務手帳に走らせた。

 カチ、カチ……。

 背後で、カシアンが懐中時計の蓋を弄ぶ音が聞こえる。

 彼は止めようともしない。むしろ、楽しげに目を細めて私の背中を眺めている。


「あの塔を維持するために、毎月金貨五十枚分の魔導触媒が消費されていました。周辺に張り巡らされた『防風の結界』を安定させるためだけに、です」


「それがどうした! あれは北方守備隊の魂だ!」


「その魂のおかげで、兵士の三割が凍傷にかかり、残りの七割がカビた麦を食べている。……将軍。死人の魂に、月五十枚の維持費をかけるのは、私の帳簿が許しませんわ」


 私は足元の瓦礫から、一つ、青く輝く結晶を拾い上げた。

 塔の頂点に埋め込まれていた、最高品質の「空力魔石」だ。


「これだけで、市場価格なら金貨三千枚。……ハンス、既に買い手は?」


「はっ。隣国の商業ギルドへ、現物支給を条件に売却済みです。三時間後には、新鮮な豚肉と、乾燥していない薪を積んだ馬車が十台、この門をくぐります」


 広間が、一瞬にして静まり返った。

 兵士たちの喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた。

 豚肉。

 薪。

 この極寒の地で、神の奇跡よりも待ち望まれていた単語。


「……豚肉だと?」

 ギュンターの剣が、わずかに震える。


「ええ。それから、将軍。厨房へ向かいますわ。……無能な料理番が、貴重な食材を『浪費』している現場を押さえに」


 ◇


 要塞の厨房は、地獄のようだった。

 換気が悪く、煤で黒ずんだ壁。

 大鍋の中では、正体不明の灰色のスープが、泥のように煮立っている。


「なんだ、あんたは! ここは戦う男たちの聖域だ!」

 包丁を握った料理長が、私を怒鳴りつける。


 私は無言で鍋の横に寄り、お玉ですくい上げた「それ」を一瞥した。

 ひどい臭いだ。

 酸化した油脂の匂い。


「……酷いですわね。貴重な岩塩を、わざわざ『苦味』が出るまで煮込むなんて。……ハンス。予備の計量器を」


「はっ、こちらに」


 私は、料理長からお玉をひったくると、手際よく指示を飛ばし始めた。


「鍋の火力を半分に。今の魔導コンロは、熱効率が最悪です。……それから、そのカビた麦。捨てる必要はありません。表面を削り、一度蒸してから乾燥させなさい。……アルコール度数を高めた蒸留酒を隠し味に加える。……これだけで、消化率は三割向上し、兵士の体力回復コストは四分の一に削減できますわ」


「な、何を……素人が……!」


「素人? いいえ。私は『最適解』を求めているだけです」


 私は厨房の奥に積み上げられていた、高価な香辛料の箱を開けた。

 王国の紋章がついた、贅沢品。


「王太子ジュリアン。……あの馬鹿は、兵士に『気付け薬』として、この興奮作用の強いスパイスを配っていたようですね。……そんなものより、今の彼らに必要なのは『塩分』と『糖分』です。ハンス。この香辛料をすべて箱詰めして。……カシアン卿の伝手で、帝都の貴族街へ売り飛ばします。交換条件は、最高級の『ラード』と『岩塩』、それから『安価な根菜』数トンです」


 私の指先が、空中に数字を刻む。

 支出を削り、資産を変換し、現場のパフォーマンスを最大化する。

 

 二時間後。

 要塞の食堂には、今まで誰も嗅いだことのない「幸福な匂い」が立ち込めていた。


 大皿に盛られたのは、たっぷりの油脂で炒めた根菜と、厚切りにされた豚肉の塩漬け。

 そして、ふっくらと蒸し直された麦のパン。


「……う、うまい」

 一人の若い兵士が、涙を流しながら肉を頬張った。

「暖かい。……腹の底から、力が湧いてくる……!」


 次々と、兵士たちが皿に群がる。

 そこには、私を嘲笑っていた影はない。

 あるのは、圧倒的な「利益しょくじ」を前にした、動物的なまでの敬意。


「……フン。食べ物で釣るとは、安っぽいやり方だ」

 ギュンター将軍が、私の差し出した木皿を乱暴に受け取った。

 だが、その一口を口に含んだ瞬間。

 彼の眼光から、険しさが消えた。


「……なぜだ。味付けは、以前より簡素なはずなのに」


「脳が、効率的なエネルギー摂取を喜んでいるだけですわ。……将軍。あなたがたは、今まで『価値のない見栄』を食べていたのです。……私の管理下では、一粒の麦、一滴の脂に至るまで、戦果リーターンに繋がらない浪費は認めません」


 私は銀の懐中時計をパチンと閉じた。


「これで、兵士たちの士気モラールという名の資産価値は三〇%回復。……さて。次に行きますわよ」


 カシアンが、スープを飲み干し、椅子から立ち上がった。

「……次はなんだ? まさか、魔物と『取引』でもするつもりか?」


「まさか。利益の出ない相手と話す時間はありません」

 私は、要塞の窓から見える、荒れ果てた「外」を指差した。


「……あそこに広がる、魔物の生息地。……あそこは、手付かずの『未開発資源』の宝庫です。……一週間で黒字にするには、守っているだけでは足りません。……これから、あの森を『買収じょうらく』しに行きますわよ」


 私の眼鏡の奥で、雪原の風景が、黄金のドルマークへと塗り替えられていく。

 

 数字は裏切らない。

 裏切るのはいつも、目の前の富に目が眩み、長期的な『収支』を見通せぬ愚か者だけだ。

 王太子ジュリアン。

 あなたが捨てた「ケチな女」が、今、帝国の北の果てで、最強の軍隊を買い上げようとしていること。

 ……その「損失」の大きさに、あなたはいつ気づくのでしょうか。

お読みいただきありがとうございます。

第9話、いかがでしたでしょうか。

「誇り」という名の無駄を爆破し、兵士たちの胃袋を掴んだエレナ。

合理主義の塊である彼女にとって、食事もまた「資産管理」の一環に過ぎません。


さて、次回。

アイゼン要塞を「黒字」にするための、エレナの真の反撃が始まります。

守るだけだった要塞を、どうやって「稼ぐ拠点」に変えるのか。

そして、カシアンが初めて見せる、帝国財務卿としての「戦い方」とは。


第10話「『戻ってこい』? 特急の督促状なら、先ほど送りましたが」


エレナの「数字による暴力(解決)」をこれからも応援いただける方は、

ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、

彼女の「資産価値」を爆上げしていただけると嬉しいです!

ブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします。

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