第10話:「戻ってこい」? 特急の督促状なら、先ほど送りましたが
「――エレナ・フォン・ロスタンド。貴様に王命を伝える。ありがたく拝聴せよ」
アイゼン要塞の接見の間。
暖炉では薪がパチパチとはぜ、贅沢なほどに肉の焼ける匂いが漂っている。
そこへ現れた王国の使者は、雪に濡れたマントもそのままに、かつての私を蔑んでいた時と同じ「選民意識」を顔に貼り付けていた。
私は、カシアンから借りた上質な革の椅子に深く腰掛けたまま、羽ペンを置いた。
「拝聴する時間、金貨何枚分で買い取っていただけるのかしら?」
「なっ……! 貴様、王の代理人である私に向かって……!」
「私の現在の時給は、カシアン卿との契約により金貨六百枚に設定されています。立ち話で三枚分。……無駄話は、あなたの命より高くつきますわよ」
使者の顔が、怒りと困惑で引き攣る。
彼は懐から、仰々しい王家の封蝋がなされた親書を取り出し、私の前の机に叩きつけた。
「殿下は慈悲深い。貴様の『反逆』を、若さゆえの過ちとして不問に付してくださるそうだ。今すぐ王都へ戻り、凍結された魔力予算の解除コードを差し出せ。さすれば、再び婚約者の端座に連なってやる、とのことだ」
……絶句。
あまりの低知能な提案に、私の脳内計算機が一瞬だけ処理落ちを起こした。
隣で静かにワインを転がしていたカシアンが、吹き出した。
「くっ、くかかか! 聞いたか、エレナ。帝国に三億の利益をもたらした女を、たった一通の『許し』で買い戻そうというのか。ロスタンド王国の経済感覚は、石器時代で止まっているらしい」
「……カシアン卿、笑いすぎですわ。損失です。私の腹筋が痙攣すれば、午後の計算効率に支障が出ます」
私は、親書を手に取った。
上質な紙。金粉。無駄に豪華なインク。
だが、そこに書かれた文字からは、焦燥と無能が滲み出していた。
王宮が暗闇に沈み、魔力インフラが止まったことで、王都の貴族たちは発狂寸前なのだろう。
パンも、魔法の灯りも、温かい風呂もない生活。
それを「聖女ミレア」が解決できなかった結果、彼らは私という「都合のいい財布」を呼び戻すという最悪の選択をしたわけだ。
「返答は?」
使者が、いら立ちを隠さずに促す。
「ええ。返答なら、先ほど送りましたわ」
「何だと?」
「特急の督促状です」
私は、手元の手帳から一枚の複写文書を引き剥がし、使者の顔に突きつけた。
「私が持ち出した『百二十億の債権』。それとは別に、三日前に期限が切れた『王室御用達品への立替金』の延滞金が発生しています。……王太子殿下が今朝食べたはずのパン、あれ、私が契約している商会のものですが、支払いがまだのようですわね」
使者が書類をひったくる。
そこに記された額を見て、彼の瞳孔が大きく見開かれた。
「え、延滞利息だけで……金貨五万枚!? こんな法外な……!」
「法外? いいえ、契約書通りです。殿下がサインをなさった、あの『婚約誓約書』の付帯条項に記載されています。……あ、読んでいらっしゃらなかったのかしら。文字を読めぬ者に国政を担う資格はない、と私、以前も申し上げたはずですが」
一文、一文を、叩きつけるように紡ぐ。
私の声が響くたびに、部屋の温度が下がっていくように感じられた。
「戻れというなら、まずはこの延滞金を現金で用意すること。それができないなら、王国の西部に広がる『穀倉地帯』の土地権利を担保として差し押さえます。……そうなれば、あなたたちの国のパンは、今よりも三倍、高価になりますわよ?」
「き、貴様……本気で、祖国を滅ぼすつもりか……!」
「滅ぼす? いいえ、市場から退場していただくだけですわ」
私は立ち上がり、使者の足元に落ちた親書を、暖炉の中へ放り込んだ。
炎が黄金の封蝋を溶かし、傲慢な言葉を灰に変えていく。
「……紙資源としての価値さえ、無くなりましたわね。ハンス、この方を門までご案内して。……あ、門の使用料として銀貨三枚、きっちり徴収するように」
「はっ。承知いたしました」
ハンスが、死神のような笑みを浮かべて使者の背後に立つ。
使者は、恐怖に腰を抜かしながら、這いずるようにして接見の間を去っていった。
再び、静寂が戻る。
「……エレナ。君、本当に怖い女だな」
カシアンが、グラスを置いて私を見つめた。
その瞳には、恐怖ではなく、深い陶酔にも似た光が宿っている。
「褒め言葉として受け取っておきます。……さて。王国が焦り始めたということは、あちらの『予備費』も底を突いたということ。……そろそろ、ミレア様が動く頃合いですわね」
「例の、偽聖女か」
「ええ。彼女は無能ではありません。……ただ、彼女が守りたいのは王国ではない。……もっと別の『価値』ですわ」
私は、窓の外を眺める。
アイゼン要塞の兵士たちが、私が考案した「高効率な訓練」に勤しんでいる。
王国が暗闇の中で過去にしがみついている間に。
私は帝国の北の地で、未来を買い取っていく。
銀の懐中時計が、パチン、と閉じる。
清算の期限は、もうすぐそこ。
王太子ジュリアン。……次にお会いする時、あなたは「いくら」で競売にかけられるのでしょうか。
お読みいただきありがとうございます!
王国からの厚かましい呼び戻し命令を、エレナが「督促状」で叩き返した第10話。
「婚約者の端座に連なってやる」という、あまりにも身勝手な誘惑を暖炉にくべるシーンは、執筆していて私もスカッとしました。
さて、次回。
ついに王国内で「最初の大きな崩壊」が起こります。
エレナが仕掛けていた「法的・経済的な罠」が、ついに王国の実権を握る重鎮たちを直撃。
そして、暗躍するミレアの「真の目的」が少しずつ明らかになり……。
第11話「偽りの聖女が流した、あまりに『計算通り』の涙」
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