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世界を買い叩く女令嬢、新大陸の油田で神を売る 〜最強の会計士は、敵国の「心臓」さえも査定する  作者: 月花いとは


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第7話:隣国の財務卿は、私に『愛』ではなく『帳簿』を求めた

「……クリーニング代、やはり三割負担は多すぎますわ」


 暗殺者の血に汚れた絨毯を、使用人たちが手際よく運び出していく。

 私は、散乱した書類を拾い集めながら、隣で悠然と剣の血を拭うカシアンに抗議した。


「命を守ってやった対価としては、破格の安さだと思うが?」

「私の命には、私が自分で値を付けています。あなたの『過剰防衛』による付随的損害まで、私の給与コストから差し引かれるのは会計上納得がいきません」


 カシアンはふっと鼻で笑い、拭き終えた剣を鞘に収めた。

 深夜の執務室。

 硝煙と血の匂いがわずかに残る空間で、彼は私の目の前まで歩み寄る。

 窓の外、帝都の夜景は依然として輝いているが、彼の瞳の光はそのどれよりも鋭く、そして冷たい。


「エレナ。一つ聞こう。君はなぜ、王国にあれほどの『負債』を背負わせてまで逃げ出した? 愛する男への復讐か? それとも、捨てられた女の意地か?」


「……復讐? そのような非生産的な動機で動くほど、私は暇ではありませんわ」


 私は眼鏡を直し、手元の銀の手帳を胸に抱いた。


「ただの『損切り』です。あの国は、私の能力という資産を適切に運用する能力を失った。価値を毀損し続ける市場に居続けるのは、投資家として……いえ、人間として失格です」


「損切り、か」

 カシアンの口から、面白そうな溜息が漏れる。

「いい答えだ。女の情念などという不確かなものを期待していたわけではないが、君は想像以上に……『冷え切った』女だな」


 彼は懐から、一つの銀製品を取り出した。

 それは、使い古され、あちこちに傷のついた――しかし丁寧に磨き上げられた「懐中時計」だった。

 彼がそれを手に取ると、カチリ、カチリと不規則な音がする。

 故障しているのか、秒針が妙な動きをしていた。


「エレナ。私は君に『愛』など求めない。この帝国の歪んだ富を、正しく、そして残酷に管理する『頭脳』が欲しい」


 彼の指先が、私の頬をかすめる。

 触れた皮膚が、氷のように冷たい。


「明日、皇帝陛下へ拝謁する。そこで君には、帝国の『癌』を見せよう」

「癌、ですか」

「ああ。武力でも魔法でも治せなかった、肥大化した赤字という名の病巣だ。……それを切り取ってみせろ。そうすれば、君が望む『百二十億の回収』、帝国が全面支援しよう」


 私は、彼の差し出した懐中時計を見つめた。

 その時計の刻む歪なリズムが、私の脳内の計算機と一瞬だけ同期した気がした。


「……承知いたしました。カシアン卿。私の提示する『処方箋』は、少々痛みますわよ?」


「望むところだ。君になら、この国の心臓を切り開かせてやってもいい」


 私たちは、互いの瞳の中に「利益」と「野心」を共有した。

 そこには甘い囁きも、恋の駆け引きもない。

 ただ、世界を買い叩くための、最も強固で冷徹な「契約」があった。


 翌朝。

 私はカシアンと共に、帝国の象徴たる黄金の宮殿へと向かった。

 故国の王宮が「伝統という名の埃」を被っていたのに対し、帝国の宮殿は「黄金という名の暴力」で満ちている。


 玉座の間。

 そこに座す皇帝の前に膝をつくカシアンの隣で、私は静かに頭を垂れた。


「――面を上げよ。そなたが、カシアンが惚れ込んだという『帳簿の魔女』か」


 玉座に座る皇帝の眼光は、老いてなお鋭い。

 私は顔を上げ、淀みなく答えた。


「魔女ではありません。ただの会計士です、陛下。……現状の帝国の貸借対照表において、私の存在をどう定義するかは、今からの『結果』でお決めください」


 皇帝は愉快そうに喉を鳴らし、傍らに控える官吏に合図を送った。

 差し出されたのは、古びた、しかし膨大な厚みのある一冊の「未解決帳簿」。


「これを持っていけ。北方の『要塞都市アイゼン』。建国以来、一度も黒字になったことがなく、今や帝国の全予算の五%を食いつぶす、底なしの赤字要塞だ」


 周囲の貴族たちから、失笑と憐れみが混じった視線が注がれる。

 アイゼン。

 帝国の最北端に位置し、魔物との防波堤として機能しているが、その補給コストは天文学的数字に達している。

 歴代の有能な文官たちが挑み、そして敗れ去った「文官の墓場」。


「これを三ヶ月で黒字にしてみせよ。さすれば、そなたを帝国の『最高経済顧問』に任命し、王国の全債権の取り立てを国家事業として承認しよう」


「三ヶ月、ですか」


 私はその帳簿を受け取り、表紙の数字を一瞥した。


「……陛下。三ヶ月も必要ありませんわ。一ヶ月で、この要塞を『金の卵を産む鶏』に変えてみせましょう」


 広間が、静まり返った。

 カシアンでさえ、一瞬だけ驚きに目を見張る。


「ほう……。一ヶ月か。大きく出たな」

「いいえ、陛下。私は無理な投資はいたしません。ただ、数字がそう言っているだけです」


 私は銀の懐中時計をパチンと閉じた。


「……カシアン卿。出発の準備を。アイゼンの要塞へ向かいます。あそこには、王国を買い叩くための『最初の鍵』が落ちていますわ」


 私の眼鏡の奥で、アイゼンの赤字額が、まばゆいばかりの「利益の見込み」へと反転していく。

 故国の王太子たちが、暗闇の中で互いを罵り合っている間に。

 私は、帝国の北の果てで、世界を揺るがす「最強の財布」を作り上げる。


 戦いは、より巨大な舞台へ。

 私のペン先が、今、帝国の歴史を書き換え始めた。

お読みいただきありがとうございます。

カシアンとの冷徹な契約、そして皇帝直々の「無理難題」。

エレナが挑むのは、帝国最悪の赤字拠点「アイゼン要塞」の再建です。


愛など求めず、互いの「脳」と「利益」を繋ぎ合わせたエレナとカシアン。

二人の関係がビジネスパートナーからどう変化していくのかも、この長編の見どころです。

そして、カシアンが持っていた「壊れた懐中時計」の正体とは……。


次話、第8話「その難攻不落の要塞、一週間で『倒産』させてみせましょう」。

エレナ流・要塞再建術、開幕です!


「エレナの不敵な宣言に痺れた!」「カシアン様との距離感がたまらない!」

そう思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【評価★★★★★】で、エレナの軍資金を応援してください。

皆様の一票が、アイゼンの赤字を黒字に変える魔法になります!

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