第5話:路銀は「敵の無能」を売って稼ぎます
「――お引き取り願おうか。どこの馬の骨とも知れぬ小娘を、帝国の公務に立ち入らせるわけにはいかん」
帝都の一等地に構えられた、輸送ギルド連合本部。
ギルド長、バロン・グラムは、ふんぞり返ったまま安物の葉巻をくゆらせた。
彼の脂肪に埋もれた瞳が、私の地味な事務服を舐めるように眺め、鼻で笑う。
「財務卿も焼きが回ったものだ。こんな眼鏡女一人で、我ら輸送のプロの粗探しができるとでも?」
部屋には、高価な香油と脂ぎった肉の匂いが充満している。
私は無言で、持ち込んだ一冊の薄いファイルを開いた。
激情も、緊張もない。ただ、最適解を導き出すための「作業」を始めるだけだ。
「バロン卿。あなたの時間を一分につき金貨十枚で買い取っている自覚を持ってください。無駄話はコストの垂れ流しですわ」
「なっ……!?」
「本題に入ります。過去三年間、第七軍事拠点への馬糧搬入における『事故廃棄率』が、平均して十二%。他の拠点の三倍です。この数字の不自然さに、胃もたれはなさいませんでしたか?」
私は一枚の複写文書を、彼のデスクに滑らせた。
「これは、あなたが廃棄処分とした馬糧の『再販ルート』の記録です。……王国の闇市場へ、市場価格の七割で流していますね。差益は年間二億ゴルド。残りの一億は、輸送単価の水増し分。……合算して、三億ゴルドの横領です」
バロンの顔から余裕が消え、みるみるうちにどす黒い赤に染まっていく。
「……証拠があるのか! そんな紙切れ、いくらでも偽造できるわ!」
「ええ。ですから、既に本物の帳簿は差し押さえさせていただきました。あなたが昨夜、愛人の館へ運び込もうとした隠し金庫……。私の指示で、帝国の監査官が先ほど『保護』いたしましたわ」
「な、なんだと……ッ!」
バロンが立ち上がり、私の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
だが、その手は空を切った。
私が一歩引いたからではない。彼の背後に控えていたカシアンの影――帝国騎士たちの剣が、彼の喉元に突きつけられたからだ。
「……醜いな、バロン。私の『資産』に触れるなと言ったはずだ」
部屋の入り口から、カシアンが冷徹な足取りで入ってくる。
彼は私を一瞥もせず、ただ崩れ落ちるバロンをゴミを見るような目で見下ろした。
「エ、エレナ様! 助けてくれ! これは、その、王国の不況のせいで……!」
「助ける? 計算違いも甚だしいですわね」
私は手帳を取り出し、バロンの目の前で淡々と書き込みをした。
「あなたは帝国の資産を毀損させた。ならば、その身代で補填するのが会計上の道理です。……バロン卿、あなたの全私産、およびギルドの営業権。本日をもって、ヴァロア財務卿の名において没収いたします」
「ひっ……、あああああ!」
絶叫と共に、バロンは衛兵に引きずられていった。
部屋に残されたのは、私とカシアン。それから、三億ゴルドという「利益」の確定した事実だけ。
「……三十分どころか、十五分か。君の効率の良さは、もはや恐怖だな」
カシアンが、少しだけ愉快そうに口角を上げた。
「ですがカシアン卿。これで終わりではありませんわ。……この不正、王国の貴族たちが深く関わっています。彼らは、私から奪った予算で、帝国から横流しされた物資を買っていた」
私は窓の外を見つめる。
故国の王太子たちは、私が消えたことで予算が浮いたと喜んでいるだろう。
だが、その浮いたはずの金が、今や私の手によって「帝国の利益」へと書き換えられたのだ。
「故国を、じわじわと干上がらせるつもりか」
「いいえ。私はただ、正当な価格で『敵の無能』を売っただけです。……さて、次に行きましょうか。次は――」
その時。
官邸の外から、一騎の伝令が駆け込んでくるのが見えた。
馬の足音は異常に速く、不穏な空気を纏っている。
「緊急報告! 国境付近に『黒い獣』の目撃情報あり! 王国側から、何者かがエレナ様の身柄を追って侵入した模様です!」
カシアンの目が鋭く細まった。
私は、銀の懐中時計をパチンと閉じる。
「……追手ですか。百二十億の請求を、それほどまでに拒みたいようですね」
私の胸の奥で、冷たい計算機が静かに回り始める。
敵が動くたびに、彼らの「負債」は増えていく。
その清算が終わるまで、私は決して、ペンを置かない。
お読みいただきありがとうございます。
最初の「経済的断罪」、お楽しみいただけましたか?
悪徳ギルド長をたった十五分で破滅させたエレナですが、故国からの執拗な追手が迫ります。
刺客を差し向けたのは王太子か、それとも――。
次話、エレナの護衛を買って出たカシアンの、本当の「実力」が試されます。
第6話「追放されたはずの私を、なぜ『黒い獣』が追ってくるのか」
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エレナの資産運用がさらに順調に進みます!
次回も、冷徹に、迅速に、ざまぁを執行いたしますわ。




