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世界を買い叩く女令嬢、新大陸の油田で神を売る 〜最強の会計士は、敵国の「心臓」さえも査定する  作者: 月花いとは


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第3話:受領証は置いていきます。返済期限は……明日までです

「止まれ! 何奴だ!」


 国境の検問所。

 深夜だというのに、兵士たちの声はひどく上擦っていた。

 無理もない。数分前から、この検問所を照らしていた魔導灯がチカチカと不気味に明滅し、ついには完全に沈黙したからだ。


 馬車の窓から、私は静かに外を眺める。

 闇に包まれた兵士たちが、手に持った松明を震わせながらこちらを睨みつけていた。


「ロスタンド公爵家令嬢、エレナです。出国許可証はこちらに」


 私が差し出した羊皮紙を、守備隊長らしき男がひったくるように受け取った。

 彼は松明の火にかざして内容を確認しようとするが、その手は止まらない。


「ロ、ロスタンド令嬢……!? あの、王太子殿下の婚約者の……。しかし、この非常時に出国など! 見ての通り、先ほどから魔導通信も魔法灯も死んでいる。王都で何が起きているのか報告があるまで、門を開けるわけにはいかない!」


「報告なら、私が持っていますわ」


 私は淡々と、しかし一点の曇りもない声で告げた。


「王宮の魔力予算が底を突きました。正確には、私が『供給を停止』しました。以上です。通していただけますか?」


「はあ……!? 供給を、停止……? 何を馬鹿なことを――」


「隊長! た、大変です!」


 検問所の奥から、別の兵士が転がるように駆け寄ってきた。


「王都からの伝令鳥が届きました! ……エレナ・フォン・ロスタンドを国家反逆の疑いで拘束せよ、と! それから、彼女が持ち出した『清算書』を即刻無効化し、国庫への全額返納を命じるとのことです!」


 兵士たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。

 剣が抜かれる。金属音が闇に響く。

 だが、私の心拍数は一回たりとも跳ね上がらない。


「国家反逆? 心外ですわね。私はただ、自分の資産を回収しただけです。それに、その命令書は『無効』ですよ」


「何だと……?」


「その伝令鳥に付けられた書状、王室の刻印はあっても、財務局の『公認印』がないはずです。なぜなら、財務局の公認印を管理する魔導金庫の維持費も、私の私財で賄われていましたから。……今頃、金庫は一ミリも開かなくなっているはず」


 守備隊長が慌てて書状を確認し、絶句する。

 印のない命令書は、ただの落書きに過ぎない。


「私はもう、この国の人間ではありません。そして、今この瞬間をもって――この検問所の敷地の『使用権』も、私が買い取りました」


「なっ……何を言っている!」


「三年前、この土地の整備費用を立て替えた際、担保として土地の使用権を私個人に譲渡する契約を結んでいます。隊長。不法占拠で訴えられたくなければ、速やかに門を開けなさい。……それとも、明日の朝食の配給まで止められたいのかしら?」


 兵士たちの顔から、血の気が一気に失せた。

 彼らが食べているパン、着ている鎧、握っている剣の研磨剤に至るまで。

 誰の財布から金が出ていたか。

 それを理解した瞬間、彼らの武器は重い「ガラクタ」へと変わった。


「開けろ……」

 隊長が、絞り出すような声で言った。

「開門しろ! この御方を……通せ!」


 重い鉄の門が、軋んだ音を立てて開いていく。

 その向こう側は、王国の「外」だ。

 闇に包まれた故国を背に、私の馬車はゆっくりと、しかし確実に国境線を越えた。


 ◇


 国境を越えてから一時間。

 風景は劇的に変わった。


 街道沿いには、魔法の輝きを失わない街灯が整然と並び、深夜だというのに物流の馬車が行き交っている。

 大陸随一の経済大国――ヴァロア帝国。

 故国とは比較にならないほど、空気そのものが「金」の匂いで満ちていた。


「……お嬢様。前方に、迎えと思われる一団が」


 ハンスの声に、私は目を細めた。

 街道の中央、漆黒の騎馬隊に守られた一台の豪華な馬車が停まっている。

 馬車の扉には、帝国の財務卿を示す「黄金の天秤」の紋章が刻まれていた。


 馬車のステップが下ろされ、一人の男が姿を現す。

 月光を反射する銀色の髪。

 彫刻のように整った、しかしナイフのように冷徹な貌。

 帝国財務卿、カシアン・ド・ヴァロア。


 彼は私の馬車の前まで歩み寄ると、優雅に、それでいて獲物を見定めるような視線を私に投げた。


「ようこそ、隣国の『歩く国庫』殿。……いや、今はただの『無一文の亡命者』かな?」


 私は馬車から降り、彼と正面から向き合った。

 身長差。威圧感。

 だが、私が見ているのは彼の権力ではない。

 彼の「資産価値」だ。


「無一文ではありませんわ。カシアン卿。私は、あの腐敗した王国から『百二十億』という債権を切り離して持ってきたのですから」


「ふん。紙屑同然の国の債権など、ゴミも同然だ」


「いいえ。あの国の土地、資源、そして国民の労働力。全てを競売にかければ、百二十億など通過点に過ぎません。……私なら、あの国を骨までしゃぶり尽くして金に変えられる。その方法を、買い取りに来られたのでしょう?」


 カシアンの瞳に、初めて「欲望」に似た光が宿った。

 彼はニヤリと、傲慢な笑みを浮かべる。


「いいだろう。君の価値、私が査定してやる。……だが、私の下で働く以上、赤字は万死に値すると思え」


「ご心配なく。私の辞書に『損失』という言葉はありませんわ」


 私は彼が差し出した手を取らなかった。

 代わりに、自分の銀の懐中時計を差し出し、その蓋を開けて見せた。


「契約を結びましょう、カシアン卿。私を雇うなら、一分ごとに金貨十枚。……それが、私という資産を維持するための『最低コスト』です」


 帝国の冷徹な財務卿が、驚いたように目を見開き――次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「面白い! 君のようなイカれた会計士は初めてだ。……よし、乗った。君のその傲慢さ、帝国が全額投資してやろう」


 闇に沈む故国。

 光り輝く帝国。

 私は一度だけ、過ぎ去った国境を振り返り――すぐに前を向いた。


 復讐? いいえ、これは清算です。

 私を捨てた代償を、彼らが生涯かけても払い切れないほどの利息とともに、取り立てて差し上げますわ。


 ――エレナ・フォン・ロスタンド。

 彼女の「本当の帳簿」が、今ここに開かれた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

故国を脱出し、ついに最強のパートナー(?)カシアンとの邂逅を果たしたエレナ。

「一分ごとに金貨十枚」という法外な給与交渉をふっかける彼女の不敵さに、カシアンも思わず笑ってしまいました。


さて、次回。

カシアンがエレナに課す「最初の試練」。

それは、帝国の誰もが匙を投げた「絶対に利益の出ない呪われた領地」の再建でした。

エレナの計算機が、帝国の常識を破壊します。


第4話「私がいない夜、王都は暗闇に沈む」

(※タイトルは予定。内容はエレナの帝国での初陣となります!)


続きが気になる! エレナの毒舌をもっと見たい! という方は、

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皆様の応援が、エレナの資産(執筆意欲)を爆増させます!

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