第25話:カシアン卿の嫉妬? 投資家は独占を好むものです
「――ッ、伏せろエレナ!」
黄金の歯車が噛み合う不協和音が、鼓膜を劈く。
逆回転を始めた「世界の心臓部」から、過負荷に陥った魔力が火花となって散った。
カシアンが私の腰を抱き寄せ、その直後、私たちがいた場所に巨大な歯車の破片が突き刺さる。
「……枢機卿。監査を拒むために、自社のサーバーを物理破壊するなんて、経営者として最低の判断ですわ」
私はカシアンの腕の中で、飛散する火花を冷ややかに見つめていた。
「経営、ですか。……いいえ、エレナ殿。これは『不適切な閲覧者』へのアクセス遮断ですよ」
崩落する天井の影で、セシルの法衣が翻る。
彼は出口へと続く魔導エレベーターに飛び乗り、冷淡な眼差しをこちらへ向けた。
「君という資産は、私の帳簿に載らないのであれば、この地下で永眠してもらうしかない。……カシアン卿、その時計と共に、止まった時間の中に沈むといい」
轟音と共に、唯一の出口が分厚い隔壁で閉ざされた。
静寂。
そして、漏れ出した魔力が霧となって立ち込める、閉鎖空間。
「……ハンスへの連絡は途絶。魔導通信もジャミングされていますわね」
私は銀のペンで、手近な壁の魔導回路をなぞった。
「エレナ、怪我はないか」
カシアンが私の肩を掴み、その指先に力を込める。
彼の呼吸は荒い。だがそれは、崩落の恐怖によるものではない。
カチ、カチ、カチカチカチッ。
彼の懐中時計が、まるで悲鳴を上げるように激しく秒針を回している。
「怪我はゼロ。……ですが、カシアン卿。あなたのその『時計』、熱暴走を起こしていますわ。……今すぐ中身を確認させてください。これ以上の不確実な要素を放置できません」
「……だめだ。これだけは、君に見せるわけにはいかない」
カシアンは時計を強く握りしめ、私から視線を逸らした。
帝国財務卿として、常に冷徹に数字を支配してきた男。
その彼が、今、迷子になった子供のような脆さを露呈している。
「カシアン卿。投資家が私に『全額賭ける』と言ったのは、嘘だったのかしら?」
「嘘なものか!」
カシアンが叫び、私を壁際に追い詰めた。
至近距離。
霧の中に、彼の銀髪が光を反射して揺れる。
「……怖いんだよ。君という完璧な監査役に、私の『大赤字』を暴かれるのが。……セシルの言う通り、この時計は世界のバグに反応する。……だが、それ以上に……私の『独占欲』が肥大化するたびに、時を早めるんだ」
カシアンの熱い呼気が、私の眼鏡を曇らせる。
「君を聖都に行かせたくなかった。セシルの目に触れさせたくなかった。……君の知性も、その冷たい指先も、全て私だけの帳簿に閉じ込めておきたいと……そう願うたびに、この時計は壊れていくんだ」
それは、帝国の財務卿が吐くには、あまりにも非合理な「告白」だった。
私は、曇った眼鏡を外し、裸眼で彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「……嫉妬、ですか。カシアン卿。……あなたのそれは、独占禁止法どころか、市場原理そのものを否定する暴挙ですわね」
「分かっている。……だが、止められないんだ。……私は、君を『利益』としてではなく……一人の『女』として、買い占めたいと思っているらしい」
カシアンの手が、私の頬に触れる。
震えている。
私は、自分の胸の鼓動を測った。
通常時より20%増。……計算外の数値。
「……いいでしょう。カシアン卿。……あなたのその『大赤字』、私が一括で借り換えて差し上げますわ」
私は彼の手から、強引に懐中時計を奪い取った。
銀の蓋を、無理やりこじ開ける。
そこにあったのは、精緻な歯車ではなく――。
一滴の、透き通った青い液体。
そして、その中に封じ込められた『誰かの記憶』だった。
「これ……。カシアン卿、あなたは十年前、この世界の『隠し口座』の一部を、既に……?」
「……。帝国の前財務卿だった私の父は、教会の横領に気づき、殺された。……私は、父が遺したこの『証拠』を体内に取り込み、生き延びた。……だが、それは『世界の魔力を横領している』という点では、私もセシルと同じ穴の狢だということだ」
カシアンが自嘲気味に笑う。
「聖女であった君の母を、死に追いやったシステム。……その破片で、私は帝国の地位を築いた。……君に、許されるはずがない」
――静寂。
カシアンが隠していた、最大の不良債権。
それは、彼自身の「正義」と「利己的生存」の間の、埋められない収支のズレ。
私は、時計の文字盤を指先でなぞり、そこに刻まれた『端数』の正体を解読した。
「……カシアン卿。……一点、重大な計上ミスがありますわよ」
「え……?」
「私の母が死んだのは、システムのためではありません。……あなたが、その証拠を守り抜き、いつか『正しい監査(私)』が現れるまで生き延びることに……彼女は全財産を賭けたのですわ」
私は、時計をカシアンの胸元に突き戻した。
「母の投資を、勝手に『損失』として処理しないでください。……そして、カシアン卿。……私を買い占めたいのなら、そんな暗い顔をしていないで、もっとマシな『将来性』を見せなさいな」
カシアンの瞳に、一筋の光が戻る。
「……エレナ。君は、どこまで……」
「さて。感傷的な時間は終了です。……この地下室の維持費、一分ごとに私の我慢を削っていますわ」
私は眼鏡をかけ直し、壁一面の歯車をペンで指した。
「セシル枢機卿がサーバーを壊したのなら、私が『バイパス(裏口)』を作ればいいだけ。……カシアン卿。あなたの時計の魔力を、一時的に私の計算に回しなさい。……今すぐこの『隠し口座』をハッキングして、聖都全体の魔導インフラを、私の管理下に置きますわよ」
私の指先が、空中に巨大な『修正申告書』を描き出す。
セシル枢機卿。
あなたが隠した秘密は、もはやあなたの逃げ場ではありません。
清算の最終局面。
カシアンの過去という名の赤字を、私は今、世界の『富』へと転換する。
お読みいただきありがとうございます!
閉鎖空間でのカシアン様の独白、そしてエレナによる「母の死」への再定義。
カシアン様が抱えていた十年来の苦悩を、エレナが「計上ミス」と切り捨てるシーンは、彼女なりの最大の愛(?)だったのではないでしょうか。
さて、次回。
カシアンの時計の力を借りて、エレナが聖都のシステムを「乗っ取り」ます。
神の都に響き渡る、エレナの「督促状」の声。
一方、逃げ出したセシル枢機卿が放つ、最後の「物理的な暴力」とは……。
第26話「王太子ジュリアンの再利用:ゴミを肥料に変える方法」
(※王都で収容されていたはずのあの男が、最悪の形で再登場します!)
「カシアン様が切なすぎる……!」「エレナ様の論破が今回もキレッキレ!」
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