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世界を買い叩く女令嬢、新大陸の油田で神を売る 〜最強の会計士は、敵国の「心臓」さえも査定する  作者: 月花いとは


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第24話:枢機卿の誘惑:君の帳簿を、神に捧げないか?

「――下車なさい、エレナ。ここからは神の土地、不当な利子の通用しない『聖域』だそうだ」


 カシアンの冷ややかな声と共に、馬車の扉が開かれた。

 目に飛び込んできたのは、眩いばかりの白亜の回廊と、天を突く黄金の尖塔。聖都サン・ミシェル。

 帝都の白が「新技術(魔力塩)」による輝きなら、この街の白は「積み上げられた歴史と寄進」という名の、あまりにも重い固定資産の輝きだった。


「聖域、ですか。……カシアン卿。私の目には、この街全体が巨大な『タックス・ヘイヴン(租税回避地)』にしか見えませんわ」


 私はカシアンの手を取り、石畳に降り立った。

 周囲には祈りを捧げる巡礼者たちが溢れているが、彼らの着ている服の摩耗具合、そして手に持った「聖なる護符」の粗末な木材の質を、私の脳内計算機が瞬時に弾き出す。


「護符一枚に銀貨三枚。原価は銅貨半分……。枢機卿、随分と利益率マージンの高い商売を続けていらっしゃること」


「……慎め。ここには教会の『耳』が壁の数ほどある」


 カシアンは私の肩を引き寄せ、耳元で低く囁いた。

 彼の懐中時計が、服越しにチクタクとせわしなく、かつ正確なリズムを刻んでいる。もはや「故障」という言い訳は通用しない。この時計は、世界の『帳簿のズレ』に反応して加速している。


 検問所を通り、私たちが「巡礼者の商人夫妻」という偽装身分で大聖堂へと続く大通りを歩いていた、その時だ。


「――ようこそ、エレナ殿。そしてヴァロアの財務卿。……変装という名の『経費削減』は、あまり成功したとは言えませんね?」


 噴水の影から、銀色の法衣を揺らして現れたのは、セシル枢機卿だった。

 彼はまるで、私たちがこの時間にここを通ることを最初から知っていたかのように、優雅に一礼する。


「……セシル。潜入調査を台無しにするのが君の趣味か?」


 カシアンが私を背後に隠し、剣の柄に手をかける。だが、セシルは柔和な微笑みを崩さない。


「まさか。……私はただ、お二人を『特別監査』にご招待したかっただけですよ。エレナ殿。……あなたが探し求めている『端数』の正体、興味があるのでしょう?」


 セシルが指差したのは、大通りの中心で行われていた「癒やしの奇跡」の儀式だった。

 盲目の老人が、神官の手によって目を撫でられ、光を取り戻して叫び声を上げる。民衆は感涙し、寄付の箱に次々と硬貨を投げ入れていた。


「見なさい、あの美しい光景を。あれこそが神の魔力。……君の言う『計算』では導き出せない、天からの贈与だ」


「……失礼。枢機卿、その演出には金貨何枚かかりましたの?」


 私はカシアンの影から一歩前に出た。


「演出だと?」


「ええ。あの老人の眼底。魔力の残留ログが不自然ですわね。……あれは治癒魔法ではありません。……一時的に視神経を『魔導刺激』で過負荷にしているだけ。三時間後には、彼は今よりひどい視力低下に陥るはずです。……そして、その刺激剤に浸けられた神官の指先。……その薬品代、教会の裏帳簿では『消耗品費』として計上されていますわね?」


 セシルの眉が、ほんの僅かに動いた。

 

「……。君は、人の感動さえも減価償却しようというのか」


「感動に資産価値はありません。ですが、その嘘の対価として集められた寄付金は、立派な『不当利得』です。……枢機卿。私をここに呼んだのは、この稚拙な『粉飾決済』を見せびらかすためかしら?」


「く、くかかか……! 全くだ。セシル、相手を間違えたな。彼女の目は、神の奇跡よりも一分一厘の不一致を見抜く」


 カシアンが愉快そうに笑う。

 だが、セシルの瞳から、温度が完全に消えた。

 

「……いいでしょう。では、遊びは終わりです。……エレナ殿。私と共に、大聖堂の地下にある『中央記録庫』へ来なさい」


 セシルは、私にだけ聞こえるような小さな声で、決定的な一言を付け加えた。


「そこには、エドワードが言っていた『答え』がある。……この世界の魔力が、なぜ一方向にだけ吸い上げられ、どこで『隠し口座』として運用されているのか。……そして――カシアン卿、あなたのその『時計』が、なぜ生まれたのか」


 カシアンの身体が、一瞬だけ硬直した。

 

「……私の時計を知っているのか」


「知っているどころか。……それは元々、我ら教会の『監査用端末』ですから」


 ◇


 大聖堂、地下数千メートル。

 そこは、祈りの声も届かない、冷徹なまでの「管理」が支配する空間だった。

 

 壁一面を埋め尽くす、黄金の歯車と、絶え間なく流れ続ける魔力の奔流。

 

「ここは……」


「世界の心臓部サーバー、と呼ぶべき場所です。……エレナ殿。君なら理解できるはずだ。……世界は、放っておけば無秩序に魔力を浪費し、破綻する。……だからこそ、システムは一定の魔力を『徴収』し、特定の場所に貯蓄しなければならなかった」


 セシルが、空間の中央に浮かぶ巨大な「光の球体」を指し示す。

 そこには、大陸中の魔力が細い糸のように集まっていた。

 

「君は、王国を買い叩き、帝国を再建した。……だが、それは小銭のやり取りに過ぎない。……どうかな、エレナ殿。……教会の『最高執行官(CEO)』として、私の隣で、この世界全体の帳簿を管理してみないか?」


 セシルの誘惑。

 それは、富や名声ではない。

 「世界のルールを書き換える権利」という、会計士(私)にとって最も魅力的な投資案件。


「愛? 信頼? そんな不確かなものに人生を賭ける必要はない。……私と共に、この世界を『黒字』に固定し続けようではないか」


 セシルが私の手を握ろうとする。

 その瞬間、カシアンの剣が、セシルの指先一ミリの場所を突き通した。


「……私の資産に、二度と触れるなと言ったはずだ、枢機卿」


 カシアンの瞳は、これまでのどんな戦いよりも深く、暗い怒りに沈んでいた。

 だが、彼は私の顔を見ることができない。

 

 私は、自分の銀の懐中時計と、カシアンの時計を見比べた。

 

 ――ズレている。

 

 世界の帳簿と、カシアンの時計と、私の計算が。

 

「……枢機卿。あなたの提示した案件、非常に興味深いですわ」


「エレナ……!?」


 私は、カシアンの手を優しく制し、セシルを見据えた。


「ですが、一点だけ納得がいきません。……この世界の『隠し口座』。……その最終的な受取人ベネフィシャリーシステムではなく――あなた個人になっていませんこと?」


 セシルの微笑みが、初めて、完全に崩れ落ちた。

 

「……。やはり、君はここに置いておくには、あまりにも『有能すぎる』な」


 その瞬間。

 地下空間の全ての歯車が、逆回転を始めた。

お読みいただきありがとうございます!

聖都潜入、そして世界の心臓部でのセシルとの知的な対決。

世界の魔力不足は「神による貯蓄」ではなく、何者かによる「横領」だった……?

エレナの鋭い指摘が、ついに枢機卿の仮面を剥ぎ取りました。


カシアン様の懐中時計の秘密、そしてエレナへの強い独占欲。

二人の絆が試される、聖都編のクライマックスが近づいています。


次話、第25話「カシアン卿の嫉妬? 投資家は独占を好むものです」

(※プロット上のタイトル調整により、カシアンの過去と嫉妬がより深く交錯する回となります)


「枢機卿の勧誘を秒で論破するエレナ様が最高!」「世界の謎が深まってきた……!」

そう思っていただけましたら、ぜひ下の【★★★★★】と【ブックマーク】をお願いいたします!

あなたの応援が、エレナの「監査用ペン」にさらなる魔力をチャージしますわ!

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