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世界を買い叩く女令嬢、新大陸の油田で神を売る 〜最強の会計士は、敵国の「心臓」さえも査定する  作者: 月花いとは


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第19話:カシアン卿の嫉妬? 投資家は独占を好むものです

「……カシアン卿。心拍数が平常時より15%上昇しています。投資家として、自己管理能力の欠如を露呈なさるおつもり?」


 帝都を包む純白の光の中、私は至近距離に迫ったカシアンの瞳を見つめ返した。

 彼の指先が私の腰を引き寄せ、厚い手のひらの熱がシルク越しに伝わってくる。

 だが、私の関心は彼の情熱よりも、今しがた彼のポケットの中で「鳴った」音に向けられていた。


 カチリ。

 あの、壊れていたはずの懐中時計の音。


「……エレナ。君を、私の専属顧問として終身契約で縛っておかなかったのは、私の人生最大の『計算ミス』だったかもしれないな」


 カシアンの声は低く、掠れていた。

 彼は私の問いに答えず、奪い取るような視線を私の唇へ落とす。

 

「独占、ですか。カシアン卿、市場の流動性を著しく損なう行為は、長期的には資産価値の毀損を招きますわよ」


「構わん。暴落したとしても、私が全てを買い支える。……君という銘柄は、他人の目に触れるだけで価値が上がりすぎる。私の手が届かない高値になる前に、ポートフォリオに閉じ込めておきたくなった」


 彼の独占欲は、もはやビジネスの領域を逸脱していた。

 私は眼鏡の奥で、彼の瞳の中に宿る「焦燥」という名の赤字を読み取ろうとした。

 だが、その瞬間。


「――おやおや。熱心な投資相談の最中に失礼。あまりに光が眩しかったので、つい吸い寄せられてしまいました」


 バルコニーの入り口。

 影の中から現れたのは、セシル枢機卿だった。

 銀色の法衣を月光に濡らし、彼は優雅な足取りで、しかし確実に私たちのパーソナルスペースを侵食してくる。


 カシアンが忌々しげに私を離し、剣の柄に手をかけた。

 

「セシル。深夜の官邸に無断侵入とは。教会の『礼儀』という資産は、既に破産ゼロしたのか?」


「まさか。帝都を包むこの不自然な光――魔力塩マナ・ソルトの影響を調査するのも、教会の聖なる義務でしてね」


 セシルはカシアンの殺気を無視し、まっすぐに私を見つめた。

 彼の瞳は、先ほど社交界で会った時よりも、一段と濃い「執着」の色に染まっている。


「エレナ殿。改めて提案したい。……カシアン卿のような粗暴な投資家は、君の知性を『道具』としか見ていない。だが、教会は違う。……君のその完璧な帳簿を、神の祭壇に捧げないか?」


「神の祭壇、ですか。枢機卿」


 私は一歩前に出た。

 

「……ええ。聖都の地下には、世界最大の記録保管庫アーカイブがある。君がそこで『世界の監査役ワールド・オーディター』として君臨するなら、我々は君に、一国の王さえ凌ぐ特権を与えよう。……愛などという不確かなものではなく、神の絶対的な『保証』だ」


「……お断りします」


 私は迷いなく断言した。

 セシルの眉が、僅かにピクリと動く。


「理由は? 提示された条件が不足かな?」


「いいえ。神の祭壇という場所、私にとっては『維持費ばかりかかるデッドスペース』だからですわ。……そこに閉じ込められることで失われる、私の時間というリソース。……算出された利率が、私の美学に反します」


 カシアンが、勝ち誇ったように鼻で笑った。


「聞いたか、セシル。君の神様は、彼女にとっては『不良在庫』以下の価値しかないようだ」


「……残念です。実に残念だ、エレナ殿。……君のその冷徹な計算、教会の教義という名の『システム』にとって、これ以上ないほどの『毒』になる」


 セシルの表情から、柔らかな微笑みが消えた。

 代わりに、氷のような冷徹さがその貌を支配する。


「……カシアン卿。そしてエレナ殿。……忠告しておきましょう。教会は、自分たちの利益を損なう存在に対し、最も『効率的な』解決策を持っています」


「何だと?」


「明日、教皇庁より正式な布告が出されるでしょう。……ヴァロア帝国に対し、経済的・魔力的な『絶縁(破門)』を宣告します」


 ――静寂。


 カシアンの顔から、余裕が消えた。

 経済的破門。

 それは、教会のネットワークを通じた全ての物流、金融、そして魔力触媒の供給を、帝都から遮断することを意味する。

 

「……正気か。帝国を敵に回せば、教会の寄付金も途絶えるぞ」


「構いません。一時的な減収は、君たちを屈服させるための『投資』に過ぎない。……帝都からパンが消え、魔力塩以外の全てのエネルギーが止まった時。……民衆が誰に石を投げるか、楽しみですな」


 セシルは恭しく一礼し、影の中へと消えていった。


 バルコニーに残されたのは、帝都を照らす白い光と、迫り来る「封鎖」という名の暗雲。


「……カシアン卿。時計を見せていただけますか」


 私は、彼の胸元に手を伸ばした。

 カシアンは一瞬躊躇したが、諦めたように懐中時計を差し出した。

 

 銀色の蓋を開ける。

 止まっていたはずの秒針。

 それが、一秒、また一秒と、不協和音を奏でながら進んでいる。


「……これ、あなたの寿命ですか? それとも、この世界の『貸し倒れ』までのカウントダウンかしら」


「……分からない。だが、この針が動くとき、決まって私の周りでは巨大な『損失』が起きてきた。……エレナ、君まで失うわけにはいかない」


 カシアンの手が、私の手を強く握りしめる。

 

 教会の破門。経済封鎖。

 だが、私の脳内では既に、その「絶望的な負債」を逆転させるための数式が、黄金色に輝き始めていた。


「ご心配なく。……教会の『絶縁』など、私にとっては『不要な中間マージンのカット』でしかありませんわ」


 私は眼鏡を直し、不敵に微笑んだ。


「……カシアン卿。明日から、教会の関わらない『帝国独自の通貨エレナ』を流通させます。……神様が市場から退場なさるのなら、空いた席は私が全て買い叩いて差し上げますわ」


 清算の第二幕。

 相手が神の代理人であろうと、私の帳簿に「聖域」など存在しない。

お読みいただきありがとうございます!

カシアンの独占欲、そしてセシル枢機卿による「経済的破門」。

「愛などデッドスペース」と言い切るエレナですが、カシアンの懐中時計の謎が彼女の計算を乱し始めています。


さて、次回。

教会の破門により、帝都の物価が暴騰。

パニックに陥る民衆の前に、エレナは「新通貨」という名の爆弾を投下します!

一方、収容所から逃亡した王国残党の影が、帝都に忍び寄り……。


第20話「旧王国の亡霊たち:かつての騎士団長が、跪いてパンを乞う」


「カシアンの独占欲がたまらない!」「教会の破門を逆手に取るエレナが強すぎる!」

そう思っていただけましたら、ぜひ下の【★★★★★】と【ブックマーク】で応援をお願いいたします!

皆様の評価が、新通貨「エレナ」の発行部数を左右しますわ。

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