第18話:魔力塩(マナ・ソルト)の衝撃:一円の魔法、始めます
「――教会が、天然魔石の卸値を三割引き上げた? 計算が合いませんわね。それは『嫌がらせ』ではなく、私への『贈り物』ですわ」
黄金宮の翌朝。帝都ヴァロアの中央銀行、その最上階にある私の執務室。
ハンスが届けた市場報告書を、私は銀の羽ペンで一刀両断にした。
「贈り物、ですかな? お嬢様。帝都の街灯ギルドは、高騰した魔石が買えずに悲鳴を上げておりますが」
「当然ですわ。彼らは教会の『ボッタクリ価格』に依存しすぎていた。……ハンス、今すぐ街灯ギルドの長をここに呼びなさい。ついでに、帝都で一番安い『岩塩』の相場一覧も」
私は、窓から帝都を見下ろした。
まだ昼だというのに、教会の嫌がらせによって、一部の貧民街では魔導灯の光が間引かれ始めている。
セシル枢機卿。
あなたは、供給を絞れば私が膝をつくと計算したのでしょう。
ですが、会計士を相手に「供給不足」というカードを切るのは、火事の現場にガソリンを投下するようなものですわ。
◇
「エレナ殿! これでは帝都の夜が死にます! 教会の魔石がなければ、治安も、流通も破綻する!」
駆け込んできた街灯ギルドの長は、額に脂汗を浮かべて叫んだ。
私は、彼に一枚の「茶色の小瓶」を差し出した。
中には、北方塩湖で精製した、雪のように白い結晶が詰まっている。
「これを、今の魔導灯の触媒室に入れなさい。……一瓶で、金貨一枚分の魔石と同じ期間、光り続けますわ」
「……金貨一枚分? この小瓶、いくらだと言うのですか?」
「銅貨一枚(一円)。……いえ、今ならキャンペーン期間中ですので、無料で差し上げます」
ギルド長が絶句する。
銅貨一枚。それは、労働者が道端で買う串焼き一本よりも安い。
「ば、馬鹿な! そんな価格設定、材料費だけで赤字になるはずだ!」
「いいえ。これは『材料』ではなく、世界の『ゴミ(余剰魔力)』を再利用したもの。……原価はほぼゼロ。輸送費と私の人件費だけを乗せれば、その価格でも十分な利益が出ますわ」
私は、彼の胸元に小瓶を押し付けた。
「今すぐ帝都全域の街灯をこれに替えなさい。……教会が価格を上げれば上げるほど、民衆は私の『一円の魔法』に飛びつく。……セシル枢機卿は、自らの手で教会の墓穴を掘ったのです」
◇
その日の夜。
帝都ヴァロアは、かつてない「白」に包まれた。
教会が供給する天然魔石の光は、重苦しい琥珀色だ。
対して、私の魔力塩が放つ光は、透き通ったダイヤモンドのような純白。
一斉に、街灯が灯る。
暗闇に沈んでいた路地裏までもが、昼間のような明るさに照らし出された。
「……明るい。今までより、ずっと綺麗だ!」
「しかも、町内会費が半分になったって本当か?」
民衆の歓声が、地響きのように執務室まで届く。
私は、バルコニーでカシアンと共にその光景を眺めていた。
彼は、懐からあの壊れた懐中時計を取り出し、狂ったように回る秒針を愛おしげに眺めている。
「……エレナ。君は、一夜にして教会の千年におよぶ『光の独占』を終わらせたな」
「独占とは、非効率の代名詞ですわ。……競争のない市場は腐敗する。……私はただ、適正な価格を提示しただけです」
「ふん。適正、か。……だが、セシルが黙っているはずがない。明日の朝には、教会の息がかかった貴族たちが『魔力塩は人体に有害だ』とネガティブキャンペーンを張るだろう」
「想定内です。……ですから、既にミレアに指示を出しました」
私は、カシアンを見上げた。
「『魔力塩を使うと、肌のツヤが良くなる』……という、宗教的な裏付けのない『美肌の奇跡』を流行らせますわ。……女性たちの美への投資欲は、教会の説法よりも遥かに強力な資産価値を持っていますもの」
カシアンは、しばしの沈黙の後、私の腰を強く引き寄せた。
至近距離で、彼の熱い呼気が私の耳をかすめる。
「……君は、本当に底が知れないな。……あまりに有能すぎて、帝国の顧問として置いておくだけでは、誰かに盗まれる気がしてきた」
「……カシアン卿? その発言、独占禁止法に抵触しませんこと?」
「私は投資家だと言っただろう。……有望な銘柄は、他人に一枚の株も渡したくない。……たとえそれが、法に触れるとしてもだ」
彼の瞳に宿ったのは、冷徹な利益の計算ではない。
もっとドロドロとした、一人の男としての「独占欲」。
私は眼鏡を直し、彼の胸を手で押さえた。
心拍数が、少しだけ……計算外の数値を示している。
「……私の価値、高くつきますわよ。カシアン卿」
「ああ、いくらでも払おう。……世界の帳簿を書き換えるまで、君の全てを私が買い取る」
帝都を包む白い光の下で、私たちは「契約」以上の何かで結ばれようとしていた。
だが、その時。
カシアンの懐中時計が、カチリ、と。
今まで聞いたことのない、完璧な「正解の音」を一度だけ鳴らした。
「……っ!?」
カシアンの顔から、余裕が消える。
私は、彼の時計を見つめた。
――止まっていた秒針が、一秒だけ、確かに動いた。
「カシアン卿……。その時計、今――」
「……何でもない。ただの故障だ」
彼は時計を乱暴に隠したが、その指先は微かに震えていた。
私の計算が告げている。
この魔力革命は、ただの経済戦争ではない。
カシアン・ド・ヴァロア。……あなたの隠している「過去の赤字」に、私は今、触れてしまったのではないかしら。
帝都の光が、一段と輝きを増す。
それは、古い世界の終わりを告げる、残酷なまでの白さだった。
お読みいただきありがとうございます!
「一円の魔法」による帝都の制圧。エレナの理詰めの勝利は、いつ読んでもスカッとしますね。
そして、カシアン様が見せた「一人の男としての独占欲」と、謎の懐中時計の再始動。
物語は単なる経済戦から、カシアンの過去、そして世界のシステムの根幹へと踏み込んでいきます。
カシアンが隠し続けている「赤字」とは一体何なのか。
次話、第19話「カシアン卿の嫉妬? 投資家は独占を好むものです」。
枢機卿の反撃と、カシアンの焦燥が交錯します!
「エレナの無双っぷりが最高!」「カシアン様のエモい独占欲をもっと!」
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あなたの評価が、カシアンの時計の秒針をさらに進めますわ!




