第14話:今はガラクタ、数年後はダイヤ。この塩湖を買い取ります
「――暴落ですね。王太子の理性が、ついに不渡りを起こしましたか」
ミレアからの隠密通信を切り、私はアイゼン要塞の冷たい石壁を背に呟いた。
王家に伝わる「血の契約」。
己の命を担保に、世界の理をねじ曲げる強大な魔力を引き出す禁忌の取引。
カシアンが、鞘に納めたばかりの剣の柄を強く握り締める。
「自爆か。……王都を買い叩かれた屈辱を、物理的な破壊で帳消しにするつもりらしい。エレナ、急ぎ戻るぞ。軍を動かせば、三日で王都を包囲できる」
「いいえ。軍を動かすコストは最小限に留めてください、カシアン卿。……彼が暴れれば暴れるほど、王国の不動産価値は下落する一方ですが、……それを逆手に取ればいいだけですわ」
私は、地図の上の一点――王都と帝国の間に広がる、不毛な「北方塩湖地区」を指差した。
「王都へ戻る前に、ここに寄り道をします」
「……塩湖だと? あそこは魔力も枯れ果て、植物すら育たない死の地だぞ」
「今の視点では、そうでしょうね」
私は眼鏡を押し上げ、不敵に口角を上げた。
「ですが、カシアン卿。……世界の『隠し口座』から漏れ出した魔力が、地脈を通じてどこへ流れ着くか。……その終着点が、この塩湖なのですわ」
◇
数時間後。
私たちは帝国の快速馬車を飛ばし、見渡す限りの白い大地に降り立っていた。
かつて海だった場所が干上がり、結晶化した塩が雪のように光を反射している。
カシアンが懐中時計の蓋を開け、不規則な秒針の音に耳を澄ませる。
「……確かに、ここは変だ。魔力計(時計)の針が、狂ったように踊り続けている」
「当然です。ここは世界の『魔力ゴミ捨て場』。……ですが、ゴミも集めれば、莫大な資源に変わる」
私は足元の白い砂をすくい上げた。
一見すれば、ただの塩。
だが、私の瞳には、その一粒一粒が、過剰な魔力を吸い込んで飽和した「天然の蓄魔材」として映っている。
「カシアン卿。帝国の全権委任状を。……この塩湖一帯、十万ヘクタール。……現在、王国が『ガラクタ』として放棄しているこの土地の権利を、私が金貨一万枚で買い取ります」
「一万枚!? 正気か? こんな砂漠に、帝国の貴重な軍資金を投じるというのか」
「投資ですわ。……いいですか。この『魔力塩』を触媒に使えば、これまで高価な貴金属が必要だった魔導具の製造コストが、百分の一に下がります。……これを、私が開発する『新規格の魔導回路』と組み合わせれば……」
私は、空中に黄金の数式を描き出した。
それは、既存の魔法文明を根底から覆す、産業革命の設計図。
「魔法は選ばれた貴族のものではなく、安価な消耗品へと変わる。……世界最大のエネルギー供給基地が、この塩湖に誕生するのです。……数年後、この土地の評価額は、金貨一億枚でも足りませんわよ?」
カシアンの喉が、微かに鳴った。
彼は私の瞳の奥にある「未来の帳簿」を読み取ろうとするかのように、じっと私を見つめる。
「……君は、復讐のために動いているのではないのだな」
「申し上げたはずです。復讐は非生産的だと。……私はただ、この世界の『価値』を最大化したいだけ。……そのためには、旧態依然とした王族という名の『既得権益』が邪魔なだけなのです」
カシアンは、しばしの沈黙の後、肩を震わせて笑い始めた。
「くっ……。はははは! 全くだ。……君に賭けて正解だったよ、エレナ。……よし、この塩湖の権利、帝国の名において買い上げよう。……君の言う『新世界』への、最初の投資だ」
カシアンが書類にサインを走らせた、その時。
地平線の彼方、王都の方向から――どす黒い魔力の奔流が、空を突き抜けた。
大気が震え、結晶の砂がざわめく。
「……始まったようですね」
私は、銀の懐中時計をパチンと閉じた。
王太子ジュリアン。
あなたが自分の命を削り、無意味な破壊の力を支払っている間に。
私は、この世界の新しい支配権を、完全に掌握しました。
「さあ。行きましょうか、カシアン卿。……暴落した王国の『最終処分』の時間です」
私の眼鏡の奥で、異形へと堕ちた王太子の「残存価値」が、ゼロへと収束していく。
数字は、一度も間違わない。
あなたが支払う最後の対価が、どれほど残酷なものになるか。
……その「清算」を、私がこの手で行って差し上げますわ。
お読みいただきありがとうございます。
「ゴミ」だと思われていた塩湖が、世界を揺るがすエネルギー源へと変わる瞬間。
エレナの目的が、単なる「ざまぁ」を超えた「新世界の構築」にあることが明らかになりました。
さて、次回。第1部・最終回。
禁忌の力で怪物と化した王太子ジュリアンと、
「理屈」と「経済」の力で立ち向かうエレナ。
王都の瓦礫の中で、最後の監査が始まります。
第15話「帳簿の聖女の逆襲:これから世界の価値を書き換えます」
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