第12話:差し押さえられた王冠、競売にかかる王太子
「――ハンマーを。清算の時間です」
ロスタンド王国の象徴、白亜の王宮。
かつて高貴な者たちが舞踏に興じた大広間は今、帝国の商人と法務官たちがひしめく「競売場」へと変貌していた。
広間の中央。
壇上に据えられたのは、王家に代々伝わる純金製の玉座だ。
その背もたれには、無情にも「資産番号:001」と記された赤い差し押さえ票が貼られている。
「やめろ……! それを売るなど、許されるはずがない!」
ボロボロの正装に身を包んだジュリアンが、広間の端で近衛騎士に押さえつけられながら叫ぶ。
かつての輝きは消え、その瞳には血走った絶望だけが宿っていた。
「殿下、お静かに。これは法に基づく『適正な市場介入』ですわ」
壇上に立ったのは、エレナの代理人として全権を委託されたハンスだ。
彼は老練な手つきで、一通の目録を広げた。
「本日の目玉は、王家守護の象徴――『暁の王冠』でございます」
ハンスが合図を送ると、執行官が一つの宝石箱を恭しく捧げ持った。
蓋が開けられる。
そこには、王国の始祖から受け継がれてきた、伝説の魔石を埋め込んだ王冠が鎮座していた。
だが、その王冠の縁にも――。
ベタリと、醜い赤色の紙が貼られている。
「それは、私の……! 私の頭にあるべきものだぞ!」
「いいえ、殿下。この王冠の維持・修復費、過去三十年にわたり一度も王宮予算から支払われておりません。全てロスタンド公爵家――つまりエレナ様が、個人の趣味として維持費を肩代わりされておりました。……つまり、所有権は既に移転しております」
ハンスの声が、冷たく広間に響く。
「開始価格、金貨三万枚。……どなたか?」
「五万枚だ!」
「いや、七万枚!」
帝国の商人たちが、まるで露店の商品を競うように声を上げる。
ジュリアンは、自分の「尊厳」が金貨の枚数で値踏みされる音を聞き、その場に崩れ落ちた。
「ミ、ミレア……祈ってくれ。誰か、誰か止めてくれ……!」
彼は隣に立つ婚約者に縋り付く。
ミレアは、悲しげに瞳を伏せ、彼の手を優しく包み込んだ。
「……ジュリアン様。これが『価値を失う』ということなのですわ」
ミレアの低い声が、ジュリアンの耳元でだけ響く。
彼女の指先は、慰めるどころか、彼の震える手を嘲笑うように強く握り締めていた。
「大丈夫ですわ。……王冠がなくなっても、あなたにはまだ『王太子の地位』という在庫があるではありませんか。……それもじきに、お姉様が買い叩いてくださいます」
「……え?」
ジュリアンが顔を上げた瞬間。
ハンスの木槌が、高く振り上げられた。
――コン!
「落札。……買い手は、ヴァロア帝国財務卿、カシアン・ド・ヴァロア代理人」
広間が静まり返る。
帝国の手に、王国の魂が渡った瞬間。
◇
同時刻。アイゼン要塞、エレナの執務室。
私は、手元の銀の懐中時計をパチンと閉じた。
水晶の魔導通信機には、ハンスから「落札完了」の簡潔な文字が浮かんでいる。
「……清算、第一段階終了ですね」
「悪趣味だな。隣国の王冠を私有物にするとは」
カシアンが、ソファに深く腰掛けたまま、不敵に口角を上げた。
「これで名実ともに、君の元婚約者は『家も冠もない王太子』だ。……満足か?」
「満足? いいえ、これはあくまで『資産の最適化』に過ぎません」
私は、新しい帳簿を広げた。
そこには、王宮の敷地内に隠されていた「ある不自然な魔力の流れ」が詳細に記されている。
「カシアン卿。私が王宮を買い叩いたのは、嫌がらせのためではありませんわ。……あの王宮の地下、王家の人間さえ気づいていなかった『世界の端数』が溜まる空隙があるのです」
カシアンの目が、鋭く細まる。
「……端数だと?」
「ええ。世界が帳尻を合わせるために切り捨てた、莫大な魔力。……それを手中に収めること。それが、この帝国の赤字を埋め、王国を完全に私の支配下に置くための『真の投資』です」
私は、眼鏡を押し上げた。
眼鏡の奥で、世界の因果(収支)が黄金の数式となって踊っている。
王太子ジュリアン。
あなたが捨てたのは、ただの「金勘定をする女」ではない。
世界そのものを、再定義しようとしている「怪物」だ。
「さあ。次は、あなたという『不良債権』そのものを整理しに、王都へ戻りますわよ」
私の指先が、地図の上の「王都」を、赤色のペンでバツ印に塗りつぶした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
王太子の王冠までもが競売にかけられるという、徹底的な「価値の剥奪」。
崩れ落ちるジュリアンの横で、ミレアが冷酷な笑みを浮かべるシーンは、共犯者としての絆(?)が光ります。
さて、次回。
物語は「世界の謎」へと一歩踏み込みます。
エレナが王宮を買い取った真の目的――「世界の端数」。
それが、帝国の命運、そしてエレナ自身の出生の秘密とも関わっていて……。
第13話「世界の端数が合わない。誰かが『隠し口座』を持っている」
「エレナの容赦なさが最高!」「王都の崩壊ぶりにワクワクする!」と感じていただけましたら、
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皆様の一票が、エレナの次の投資先を決定しますわ。




