表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は親友と一緒に転生しました  作者: Black Spice/ブラック・スパイス
魔法の習得
8/11

初めての本格的な狩り

 屋敷と、その向こうに広がるゼウスの森を隔てる壁まで歩いていった。


 その前に立ち、私はしばらく足を止めた。


 内側から見る限り、それは大したものには見えなかった。

 私と森の間に立っている、ただの壁。

 普通のもの。

 安全なもの。


 けれど、その向こう側は……まったく別の何かだと感じられた。


 普通に越えようとするなら、たぶん梯子が必要になるだろう。でも、これまで受けてきた訓練を考えれば、この程度は簡単なはずだった。


 私は一歩下がり、短く息を吸ってから、走り出した。


 壁に足をかけた一歩――そして、そのまま身体を上へ押し上げ、壁を飛び越えた。


 一瞬、普通の地面に着地するものだと思っていた。


 だが、まだ空中にいる間に……眼下に見えたのは、一面の濃い緑だった。


 草。


 茂み。


 何年も放置されて伸び続けたかのように、幾重にも重なり合う深い植生。


「……あ」


 私はそこへ落ちていった。


 着地すると、足が柔らかな地面にわずかに沈み、足元の葉が揺れた。

 植物にまとわりついた湿気が、私の脚をかすめる。


 ここの空気は、違っていた。


 重い。


 自然とは思えないほど、静かだった。


 私はゆっくりと姿勢を正し、周囲を見回した。


「……うわ」


 木々は巨大だった。


 ただ高いだけではない――あまりにも大きい。

 屋敷よりも軽く高く、幹は四人がかりでも抱えきれるかどうかという太さだった。


 枝は頭上高くまで伸び、ほとんどの光を遮っている。

 わずかに差し込む陽光でさえ、地面にはほとんど届いていなかった。


 まるで、別の世界へ踏み込んだようだった。


 私は唾を飲み込んだ。


 本物の相手を探したいなどと言っていたくせに……いざここへ来てみると、ようやく身体が反応し始めた。


 正直、少し遅い。


 胸がわずかに締めつけられる。


 私はほんの一瞬だけ、ためらった。


「……やるしかない」


 剣を握る手に力を込め、森の中へ初めての一歩を踏み出した。


 ---


 その頃、屋敷では、マリアダが突然手を止めた。


 耳がぴんと立つ。


 尻尾が、その場でぴたりと止まった。


 彼女はゆっくりと背筋を伸ばし、耳を澄ませるように全身の動きを止めた。


 それから、わずかに顔を向ける。


 一度。


 そして、もう一度。


 まるで、目には見えない何かの位置を探ろうとしているかのように。


 彼女の視線が窓へ移った。


 その目が、細くなる。


 ---


 私は足音を殺しながら、慎重に森の中をゆっくりと進み続けた。


 入ってから、これといって何も起きていない。


 魔物が飛び出して襲ってくることもない。

 突然の危険もなかった。


 ……静かだな、ここ。


 そんな考えが頭をよぎった。


 私は歩き続けた。

 小さな音一つにも反応しながら、視線を左右へ動かす。


 葉がこすれ合う音。

 枝の奥で聞こえる、遠い動き。


 空気がわずかに揺れただけでも、私は思わず顔を向けてしまった。


 最初は、自分が慎重になっているだけのように思えた。


 だが、しばらくすると、それは別の感覚に変わっていった。


 何かが起こるのを、待っているような感覚。


 私はもう一歩踏み出し――そこで止まった。


「……待て」


 後ろを振り返る。


 それから、周囲を見回した。


 その時、気づいた。


 周りの木々が違う。


 より密集している。


 私が通ってきたはずの道は……消えていた。


 茂みと絡み合った草木に、完全に呑み込まれている。


「……やばい」


 私はゆっくりと息を吐いた。


「……これは、まずい」


 そして――もう一つ、気づく。


 ……迷った。


 その考えが頭の中に落ち着いた瞬間――すべてが変わった。


 森が……生き物のように動き出した。


 鳥たちが一斉に鳴き出し、頭上の枝葉の中で甲高い声が響く。

 遠くでは、何かが唸った。


 風が変わったわけでもないのに、頭上の葉が激しく揺れた。


 まるで、今まで森全体が沈黙していて、突然それをやめたかのようだった。


 私は唾を飲み込んだ。


 さっきまで、木々はただ大きいだけだった。


 だが今は、巨大に見える。


 私の上に覆いかぶさるように。


 私の一挙手一投足を見ているように。


 私は歯を食いしばった。


 ここから出ないと。


 すぐ背後で、葉がざわりと揺れた。


 私は即座に振り向き、剣を握る手に力を込める。


 そこだ。


 枝の中で、何かが動いた。


 そして――止まった。


 一本の枝の上に、小さな猿が座っていた。


 のんびりと果物を食べている。


 それは私を見つめた。


 落ち着いている。


 くつろいでいる。


 まるで、奇妙なのは私の方だと言わんばかりに。


「……何だ?」


 私は猿から目を離さないまま、ゆっくりと一歩後ろへ下がった。


 パキッ。


 足元で乾いた小枝が折れた。


 その音は大きかった。


 あまりにも大きくて、猿は固まった。

 手から果物が滑り落ち、そのまま地面へ落ちていく。


 私たちは二人して、それが落ちて潰れるまで見つめていた。


 そして、猿の目が再び私へ向く。


「あ、ああ……」


 私は無理やり笑みを作った。


 猿の目がわずかに見開かれる。


 その頭が、小刻みに左右へ震え始めた。


「あの……」


 うん、無理だ。


 ここに残る気はない。


 私は背を向けて走り出した。


 猿が上げた悲鳴は、普通のものではなかった。

 背筋に冷たいものが走るほど、大きな声だった。


 考えるより先に、身体が反応した。


 頭上の木々で、動きが一気に弾けた。

 枝が揺れ、その猿は木から木へと軽々と飛び移りながら、私を追ってくる。


「やばい……やばい……やばい!」


 私は前へ進んだ。

 茂みをかき分け、根を飛び越え、何度も足を取られそうになりながら走る。


 だが、どれだけ曲がっても、どれだけ身をひねっても、その猿はまだそこにいた。

 すぐ背後に。


 そして、逃げ切れると思った瞬間、仲間たちが現れた。

 どこからともなく出てきた。

 さっきまで気づきもしなかった場所から。


 振り返った時には、もうそこにいた。


「……何だよ、これ?!」


 息が詰まった。


 距離を取る間もなく、私は囲まれていた。


 私は足を止めた。


 仕方ない、と私は思った。

 ……戦うしかないらしい。


 そう思っても、準備ができている気はしなかった。


 猿たちが動き始めた。


 最初、それは攻撃ではなかった。

 私の周りを飛び回る。

 上へ、下へ。

 枝から地面へ、地面から枝へ――音を立てながら。

 とにかく、大きな音を。


 他の魔物がうようよしているかもしれない場所で、あまりにも大きすぎる音だった。


 これは、普通の狩りではない。

 まるで……遊んでいるようだった。

 あるいは、見せつけているように。


「……これはまずいな」


 私は小さく呟き、剣を握る手に力を込めた。


 その時、さっきの猿。

 私が驚かせた、あの猿が。


 飛びかかってきた。


 腕を後ろへ引き――次の瞬間、拳を突き出してきた。


 私はぎりぎりで反応し、剣を持ち上げて受け止めた。


 衝撃。


「……っ!」


 重い。


 思っていたより、ずっと重い拳だった。


 その力に押され、腕がわずかに下がる。


「重……っ」


 私は歯を食いしばり、無理やり防御を保った。


 立て直す前に、別の一匹が背後から来た。


「――!」


 絶望している暇はなかった。


 私は全力で最初の猿を押し返し、すぐに振り向いた。


 二匹目の猿が、上から叩き潰すように落ちてくる。


 腕を高く振り上げているせいで、腹が空いていた。


 私は剣を突き出した。

 だが、そいつは空中で身をひねった。


 全身を回転させ、私の刃をすり抜ける。


「……は?!」


 一瞬だけ、目で追ってしまった。


 その一瞬で、十分だった。


 何かが私の背中に飛びついた。


「……ちっ!」


 大した傷はない。

 だが、しがみつく力が強い。


 引っ張られる。

 揺さぶられる。


 体勢を崩される。


 振り落とそうとしても、うまくいかない。


 後ろへ剣を突き出しても――避けられ、さらに強くしがみつかれる。


「面倒くさいな、こいつ……!」


 私は舌打ちした。


 この状態では、剣は役に立たない。


 だから、決めた。


 私は剣を地面に突き立て、両手を空ける。


 背中へ手を伸ばし――猿の耳を掴んだ。


「……離れろ、この害獣!」


 力任せに引き剥がす。


 ようやく、そいつは離れた。


 考える間もなく、私はそいつを一番近くの木へ投げつけた。


 ぶつかった。

 だが、落ちなかった。


 そいつは幹に足をつけ、そのまま跳ね返るように枝の上へ戻っていった。


「……マジかよ」


 私はしばらくその場に立ち、息を整えた。


 腕はすでに重い。

 まだ、本格的な戦いにもなっていないのに。


 私は剣を取ろうとして振り向いた。


「……ん?」


「私の剣……どこだ?」


 地面を見る。


 何もない。


 剣を突き立てていた穴だけが残っていた。


 その時、高い笑い声が聞こえた。


 甲高く、嘲るような声。


 私は顔を上げた。


 そこには、私の剣を持った一匹がいた。


 そいつは剣を高く掲げ、戦利品のように振り回している。


「……冗談だろ」


 別の一匹が手を叩いた。


 別の一匹が甲高く鳴いた。


 笑っていた。


 私を。


「……このクソ猿ども……」


 私は拳を握りしめた。


「返せ」


「……」


 私が苛立てば苛立つほど、猿たちは嬉しそうに跳ね回った。


 剣を持った猿が木から飛び降り、私の前に着地した。

 それから、また剣を掲げ、まるで使い方を理解しているかのように不器用に振り回す。


 私は一歩踏み出した。


 ゆっくりと。


 猿は跳ねて下がった。


 そして、何の前触れもなく、剣を投げた。


 別の猿がそれを受け取る。


「……おい!」


 目元がわずかに引きつった。


 猿たちは……剣で遊んでいた。


 私で遊んでいた。


 まるで、私が冗談か何かであるかのように。


「……分かった」


 私はゆっくりと息を吐いた。


 今、剣を持っている猿へ向かって歩き出す。


 一歩ずつ。


 他の猿は無視した。


 ただ取り返せばいい。


 だがその時、猿たちは一斉に胸を叩き始めた。

 地面までも叩きつける。


 それは、群れで行う攻撃だった。


 音が一気に膨れ上がっていく。


 そして、地面が動き出した。


「……何だ、これ――?」


 ただ揺れているわけではなかった。

 水面に雨粒が落ちるように、脈打っている。


 叩きつけられるたびに、地面へ波紋のようなものが広がった。


 足元が滑った。


 体勢が崩れる。


「……うわっ!」


 私は片膝をついた。


 すべてが不安定だった。

 まっすぐ歩くのも難しい。

 立っていることさえ、苦しかった。


 それでも、私は剣を持つ猿へ向かって進み続けた。


「……返せ……」


 手を伸ばす。


 だが、掴む寸前で、剣はまた飛んだ。


 別の猿へ渡される。


「……お前――」


 私は止まった。


 息が、少しずつ荒くなっていく。


 わざとやっている。


 私が近づくたびに、剣を投げて逃がしている。


 ……ふざけすぎだろ……


 地面の波は続いていた。


 足に力が入らない。

 足場が安定しない。

 体力が、必要以上に早く削られていく。


 私はまた片膝をついた。


 汗が顔を伝う。


「……なんで……こんなに疲れるんだ……」


 私は顔を上げた。


 猿たちは、まだ楽しんでいた。


「……もし魔法が使えたら……」


 私は拳を握りしめた。


「……お前ら全員、吹き飛ばしてやるのに……」


 猿たちが止まった。


 ほんの一瞬だけ、地面の揺れも止まる。


 一秒にも満たない静けさ。


 反応する間もなく、猿たちは一斉に飛びかかってきた。


「……なっ――?!」


 最初に背中へ。


 次に肩へ。


 それから脚へ。


 重さが増えていき、私は立つことも、膝をつくことさえできなくなった。


 地面に倒れ、瞬く間に押さえ込まれる。


 動こうとしても、動けない。


 全員が背中に乗った後、猿たちは跳ね始めた。


 上下に。


 何度も。


 猿たちは生きた山のように私の上へ積み重なり、何度も何度も跳ねながら、その重みで私を押し潰そうとしていた。


 ……これは……まずい……


 まるで、生き埋めにされているようだった。


 やがて、猿たちは止まった。


 私の剣を持った猿が、木のてっぺんへ登る。


 そいつは仲間の山の下にいる私を見下ろしていた。


 勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 それから、声を上げた。


 言葉ではない。


 だが、自分たちの勝利を自慢しているように聞こえた。


 残念ながら、私はまだ死んでいない。


「……これで……」


 私は肺に空気を押し込んだ。

 話そうとするだけで、肋骨に焼けるような痛みが走る。


「……殺せると……思ってるのか……?」


 残っている力をかき集めた。


 指先がぴくりと動く。


「……身体強化魔法……」


 声はひどくかすれていた。

 肋骨を押し潰す圧力の隙間から、かろうじて漏れ出す。


「……マナ・ビルド」


 一瞬、何も起こらなかった。


 少なくとも、私はそう思った。


 だがすぐに、それを感じた。


 自分の内側で、何かが開いた。


 それは優しい感覚ではなかった。

 扉がゆっくり開くようなものでも、器に水が満ちていくようなものでもない。


 胸の奥で何かがひび割れ、世界そのものがその瞬間を待っていたかのようだった。


 猿の山の隙間から、マナが流れ込んでくる。


 空気から。土から。葉から。木々から。あらゆる場所から。


 青。緑。赤。茶。


 あらゆる種類のマナキュルが、一斉に私へ向かって流れ込んできた。


 まるで、私の身体に引き寄せられる以外に道がないかのように。


 視界の端で色が滲み、周囲の空気に漂っていた小さな精霊たちまでもが、その流れに巻き込まれていく。


 森が反応した。


 木の枝が震える。


 茂みが揺れる。


 空気が濃く、奇妙に重くなった。


 まるで、この一帯全体が見えない重みに押し潰されたかのように。


 戦いの流れが変わった。



 ※※※



 レイナとマリアダは屋敷の外に立ち、二人とも屋敷の敷地とゼウスの森を隔てる壁の方を向いていた。


 マリアダの視線は、壁のある一か所に固定されていた。

 耳は張り詰め、尻尾は動かない。


 レイナはその隣に立ち、腕をゆるく組んだまま、同じ場所を細めた目で見つめていた。


「間違いないの?」


 レイナが尋ねた。


 マリアダはためらわなかった。


「はい」


 その声は平坦だったが、顔に浮かぶ心配は隠しようがなかった。


「結界の破れを感じたのは、ここです」


 彼女は続けた。


「それも、内側から外側へ向かったものです」


「……」


 レイナは少し興味深そうに彼女を見た。


 だが、結界に関してマリアダを疑うほど愚かではない。


 マリアダが何かが通ったと言うのなら、何かが通ったのだ。


「全員がまだ中にいるか確認して」


 レイナは言った。


「内側から外側へ抜けたのなら、誰が――あるいは何が通ったのか、すぐに分かるはずよ」


「かしこまりました」


 マリアダはすぐに向きを変えた。


 だが、彼女が去る前に、屋敷の方から一人の人間の少女が近づいてきた。


「レイナ様、マリアダさん……」


 二人は彼女の方を向いた。


「クライを見ませんでしたか?」


「……ん?」


 レイナとマリアダが同時に反応した。


 少女は、自分の問いが何を引き起こしたのか、まだ気づかないまま続けた。


「治療するはずだったのですが、マーカス様と訓練していた場所にいなくて……」


 彼女は何気なくそう言った。


 だが、その言葉は一瞬で空気を変えた。


 レイナとマリアダは互いに顔を見合わせた。


 それから、ゆっくりと二人の視線が壁へ向かう。


 その向こうにある、ゼウスの森へと。


 マリアダの目が見開かれる。


「……まさか……」


 レイナの表情が引き締まった。


「あの馬鹿……」


 ヴェーダは、突然張り詰めた空気の意味が分からず、その場に立っていた。


「ヴェーダ」


 レイナが鋭く言った。


「今すぐマーカスを呼んできなさい」


「は、はい、レイナ様」


 ヴェーダは立ち去ろうとした。


 だが、その途中で足を止めた。


 空気の圧が変わった。


 肌を押さえつけるような、突然の重み。

 濃く、不自然な圧力だった。


 壁の周囲の静けさがさらに深まり、

 ほんの一瞬、向こう側の木々さえ激しく震えたように見えた。


 ヴェーダは固まった。


 何……これ?


 そう思った。


 マリアダとレイナは、完全に森の方へ向き直っていた。


 二人の表情が一瞬で変わる。


 より警戒を強め、

 不安を帯び、

 そして、何が来ても動けるような顔に。


「今度は何よ……」


 レイナが呟いた。


 マリアダは何も言わなかった。


 ただ、壁の向こうの森を見つめている。


 その心配は、一秒ごとに鋭さを増していった。


「……ヴェーダ!」


 レイナが鋭く呼んだ。


 ヴェーダはびくりと肩を震わせた。


「早く!」


「は、はい! すみません!」


 ヴェーダの感覚からは、すでにあの圧力は消えていた。


 だが、不安だけは残っていた。


「レイナ様……何が起きているのですか?」


 マリアダが尋ねた。


 レイナは森から目を離さなかった。


「私が知りたいわ」


 マリアダが一歩前へ出た。


「中へ入りましょう」


 彼女は言った。


「クライを探さなければ」


「マーカスを待ちなさい」


 レイナが答えた。


「……」


 マリアダは黙り込んだ。


 レイナの視線は、壁に固定されたままだった。


「嫌な予感がするの」


 彼女は言った。


「使える手は、全部必要になる気がするわ」


 二人はゼウスの森を見つめ続けた。


 壁の向こう。


 ゼウスの森の奥深く、木々の間で、マナは今も集まり続けていた。


 それがクライなのか。


 それとも、彼女たちがまだ遭遇したことのない魔物なのか。


 二人には分からなかった。


 いずれにせよ、慎重になる必要があった。



 ※※※



 猿たちもそれに気づき、楽しげな様子は一瞬で消えた。


 私を囲んでから初めて、猿たちは静かになった。


 だが、謝るにはもう遅かった。


 圧力が、私の身体から外へ弾けた。


 私の上に積み重なっていた猿たちは吹き飛ばされ、一匹また一匹と空中へ散っていった。

 地面に叩きつけられるもの。

 木の幹にぶつかるもの。

 地面を転がったあと、混乱しながら起き上がるもの。


 私はゆっくりと立ち上がった。


 ついさっきまで弱っていた足は、今では何の問題もなく身体を支えている。


 私は自分の身体を見下ろした。


 呼吸は落ち着いていた。


 重さが消えている。

 いや、それ以上だった。


 力が戻っていた。


 そして、増幅されていた。


「……うわ」


 私は手を開き、閉じた。


 今なら、体内をマナがはっきりと流れているのが分かる。

 皮膚の下を、もう一つの心臓の鼓動のように巡っていた。


 奇妙だった。


 だが、痛みはない。


 むしろ、気持ちがよかった。

 思わず笑みがこぼれそうになるほどに。


 髪さえ変化していた。


 視界の端に、自分の髪へ色が流れているのが見える。

 もう、ただの白ではない。


 すべてのマナ属性が混ざり合ったような色。


 マーカスがこの魔法を使った時と同じ、虹色だった。


「もう終わりかと思った……」


 私はまだ自分の手を見つめたまま呟いた。


「幸い、身体強化魔法には属性がいらないみたいだな」


 それから、私は振り向いた。


 視線が、私の剣を持っている猿を捉える。


 そいつはまだそこに立っていて、まるで戦利品のように剣を握りしめていた。

 だが、さっきまでの自信は消えている。


 頭がわずかに震え、その目は困惑したように私を追っていた。


 ついさっきまで、私は玩具だった。


 今は、そいつが怯えている。


 私は動いた。


 私たちの距離は、一瞬で消えた。


 猿が剣を投げ捨てることを考えるより早く、私の手はそいつの首を掴んでいた。


 私はその手から剣を奪い返した。


 そして、ためらうことなく、その腹へ刃を突き立てた。


 剣を引き抜くと、血が草の上へこぼれ落ちた。


 半瞬だけ、胃がきゅっと縮む。


 私は猿を掴んだまま、その命のない身体を見つめた。


 表情が沈むのが、自分でも分かった。


 だが、次の瞬間、他の猿たちが叫んだ。


 もう、それについて考える余裕はなかった。


 私はその猿を地面へ投げ捨て、他の猿たちにもはっきり見えるようにした。


 伝えたいことは単純だった。


 もう、狩られる側は私ではない。


 他の猿たちにも伝わった。


 少なくとも、ためらう程度には。


 だが、逃げるほどではなかったらしい。


 猿たちの叫び声は、さっきよりもさらに大きくなった。

 胸を叩き、両手を地面に叩きつける。


 同じ波紋が大地を走り、再び私の体勢を崩そうとしてきた。


 だが今度は、私は地面に留まらなかった。


 近くの木の幹へ跳び、片足を樹皮に当てて、そのまま蹴り出す。


 最初の猿は、反応する間もなく私の剣に斬り伏せられた。


 着地する。


 すぐに動く。


 そして、次の一匹を斬る。


 さらに、もう一匹。


 さっきまで使っていた同じ手は、もう通用しなかった。


 地面に頼って動かなければ、奴らの地面の波は意味をなさない。


 私は、奴らが追えないほど速かった。


 一匹ずつ、その数が減っていく。


 そして数が減るほど、奴らのリズムも弱くなった。


 地面を走る波の力が落ちる。


 揺れが不規則になる。


 やがて、私はめまいや方向感覚の乱れを感じることなく、普通に立っていられるようになっていた。


 それが、かえって奴らを怒らせたらしい。


 自尊心を傷つけられたのだろう。


 私は開けた場所の中央に立ち、剣を手に、落ち着いた呼吸をしていた。


「怒るなよ」


 思わず口元が緩む。


「これが生きるってことだろ」


 正直、少し調子に乗っていた。


 いや、乗りすぎていたかもしれない。


 だが、猿に散々弄ばれた後だ。


 少しくらい形勢逆転を楽しむ権利はあると思った。


 猿たちは叫びながら、手当たり次第に物を投げ始めた。石。枝。土の塊。


 中には、粗い魔法で岩を作り出し、それを投げつけてくるものまでいた。

 だが今は、見える。

 反応できる。


 一つをかわし、もう一つを斬り払い、次を弾いた。


 そして、距離を詰める。


 残りは、すぐに終わった。


 最後の猿が倒れると、森は再び静かになった。


 だが、今度の静けさは違っていた。


 さっきまでは、森が何かを隠しているように感じた。


 今は、森が次に私が何をするのかを見ているようだった。


 私はしばらくその場に立ち、剣を下ろしたまま、身体に流れる力に驚いていた。


 これが、魔法か。


 誰かが使っているのを見るだけではない。


 話で聞くだけでもない。


 実際に、自分の身体で感じている。身体が軽い。強い。鋭い。


 この世界で目を覚ましてから初めて、本当に一歩前へ進めたような気がした。


 それから、私はもう一度自分の身体を見下ろした。


「……変な感じはしない」


 腕に触れる。胸に触れる。顔に触れる。


 猿たちに受けた痛み以外、どこかが特別に痛むわけではない。


 呼吸は安定している。


 頭もはっきりしている。


 突然燃えるような感覚もない。


 骨が軋むような感覚もない。


 倒れそうになる気配も、爆発しそうな兆候もない。


 だが、それでも私はまだマナを取り込み続けていた。


 髪もまだ、色を帯びたままだ。


 レイ師匠は、これを使うなと言っていた。


 そして、私は彼女に逆らっているのだと分かっていた。


 その思いは、小さな石のように、心の奥に残っていた。


 それでも……


「よし。大丈夫だ」


 私は安堵の息を吐きながら言った。


「副作用はない」


 少なくとも、私に分かる範囲では。


 それから、私は周囲を見回した。


 猿たちは倒れている。


 茂みも、もう動いていなかった。


 他に襲いかかってきそうなものはない。


 もう、この森は十分だった。


「よし……帰ろう」


 私は周囲の木々に目を向けた。


「ここ、本当に洒落にならないな」


 その時、別の問題に気づいた。


 私はその場でゆっくりと向きを変えた。


 左、右、後ろ、前。


 どこを見ても同じだった。


 その場で、肩が落ちる。


「……え」


 私は頬をかいた。


「家って、どっちだ?」


 その時、地面が揺れ始めた。


 猿たちが起こしていた波とは違う。


 もっと深い揺れだった。


 一つ一つの衝撃が、足元から脚へと伝わってくる。


 私は固まった。


「……は?」


 また一歩。


 そして、また一歩。


 前方の木々が揺れた。


 葉が落ちる。


 枝が折れる。


 何か大きなものが、こちらへ向かってきていた。


 とても大きい何かが。


「今度は何だよ……」


 私は目を細め、木々の向こうを見通そうとした。


 その時、一本の木が倒れた。


 自然に倒れたのではない。


 押しのけられたのだ。


 幹が割れ、何の重さもないかのように地面へ崩れ落ちる。


 さらに、もう一本。


 私の表情が強張った。


「……やばい」


 私は反対方向へ向きを変え、走り出した。


 それが何なのか、確認するのを待つつもりはなかった。


 逃げる前に、完全に理解する必要のないものもある。


 木が草みたいに押しのけられる。


 それだけで、逃げるには十分すぎる情報だった。


 私は全力で森の中を突き進んだ。


 背後の何かは、まだ追ってくる。


 そいつが一歩踏み出すたびに、地面が揺れた。


 木々が割れ、茂みが押し潰され、枝が次々とへし折れていく。


 最初は、振り切れると思っていた。


 本気でそう思っていた。


 マナ・ビルドが発動している今、私の身体はこれまでにないほど速かった。

 脚はあまりにも速く動き、周囲の森がぼやけて見えるほどだった。


 それなのに、そいつは距離を詰めてきている。


 猿たちとは違う。

 ただ背後についてきているだけではない。


 追いついてきている。


 速い。


「早く、早く、早く!」


 私はさらに走った。


 左へ。


 右へ。


 根を越え、幹の間を抜け、茂みを突っ切る。


 もう、自分がどこへ向かっているのかも分からなかった。

 だがどういうわけか、幸運なのか本能なのか、私が選んだ方向は屋敷へと続いていた。


 壁が見えた瞬間、安堵が一気に押し寄せ、思わず笑いそうになった。


「あそこだ!」


 私はさらに速度を上げた。


 今までの人生で、一番速く走っていた。


 その時、背中に熱い空気が触れた。


 私は肩越しに振り返る。


 そして、ようやくそれをはっきりと見た。


 私の三倍はある巨大な猪。


 その牙はあまりにも大きく、目は私を捉えたまま離さない。

 突進するたびに、鼻からは蒸気のような息が噴き出していた。


 その息が、また背中に触れた。


 私は子供みたいに叫んだ。


 そしてなぜか、さらに速度が出た。


 壁まで数メートルというところで、私は高く跳んだ。


 思っていたよりも、ずっと高く。


 壁を越え、結界を通り抜けて中庭へ飛び込む。


 まだ空中にいる間に、私は二人を見た。


 レイ師匠。


 メアリーさん。


 二人とも下に立ち、驚いた顔で私を見上げていた。


「クライ……」


 マリアダの声が届く。


 だが、時間がなかった。


 私は口を開いた。


「壁から離れて!」


 二人には聞こえた。


 そう確信した。


 だが、すべてがゆっくりに感じられた。


 私が着地するよりも早く。


 その言葉が完全に口から出るよりも早く――


 巨大な猪が壁に激突した。


 石がひび割れる。


 裂ける。


 そして、崩れ落ちる。


 壁が崩れる寸前、レイナとマリアダは飛び退いた。


 私は地面に叩きつけられ、中庭を転がった。


 土埃と砕けた石が、周囲に散らばる。


 背後で、壁が瓦礫へと崩れ落ちた。


 そして、その開いた穴から、巨大な猪が踏み込んできた。


 たった一撃。


 それだけだった。


 今、怪物は屋敷の敷地内に入り込んでいた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


感想やコメントをいただけると、とても励みになります。


次回は「巨獣襲来」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ