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私は親友と一緒に転生しました  作者: Black Spice/ブラック・スパイス
魔法の習得
5/11

彼女は知っている

 鑑定室の空気が、一瞬にして冷え込んだ気がした。


 温度が変わったわけではない。

 それでも、空気そのものが張り詰めたように感じられる。


 部屋の中にいる全員が、動きを止めていた。


 二組の視線が、レイナへと向けられている。

 だが当の本人は、まるで気にした様子もなかった。


「……さて、どちらですか? “吹雪の女王”」


 受付の女が、落ち着いた声で問いかけた。


 私は思わず瞬きをする。


 レイナ師匠の方を見る。

 私の質問にも答えてくれるのを待ったが――彼女は、こちらにすら目を向けなかった。


 ここで無理に問い詰める必要はない。


 少なくとも今は。


「ずいぶん大胆ね、その呼び方は」


 レイナは淡々と言った。


「それに、私があなたを知らないというのに」


 彼女の目がわずかに細くなる。


 それでも受付の女は、まったく動じなかった。


「ええ。それは当然でしょう」


 彼女は一度、軽く目を閉じる。


「あなたが休暇に入られてから、私はこちらに赴任しましたので。ご存知なくて当然です」


 再び目を開き、まっすぐにレイナを見据える。


「ですが、私はよく存じております……レイナ・スタシア様」


 沈黙が落ちた。


 二人とも、視線を逸らさない。


 受付の女は冷静そのものだったが、その奥には鋭い棘があった。

 レイナもまた落ち着いていたが、どこか抑えているような気配がある。

 余裕を削られている――そんな印象だった。


「ちょっと待ってください」


 気がつけば、私は割って入っていた。


 二人の視線が、同時にこちらへ向く。


「……“吹雪の女王”って、何なんですか?」


 誰に向けたわけでもない。


 ただ、答えが欲しかっただけだ。


 受付の女の表情が、わずかに揺れる。


「あなたは、ご自身の師が持つ“称号”をご存じないのですか?」


「えっ……いや」


 そんなもの、聞いたこともない。


 私はレイナの方をちらりと見た。


「……これは驚きですね」


 受付の女が、小さく呟く。


「他にも、どれだけ隠しているのやら」


 レイナは何も言わない。


 その反応を、受付――グウェンは一瞬だけ横目で確かめた。


 反応がないと分かると、すぐに結論を下したように視線を戻す。


「では、簡単に説明しましょう」


 彼女は私を見た。


「あなたの師――レイナ・スタシアは、Sランク冒険者の一人です」


 私は固まった。


「ヴィスマギアには、Sランクは二人しかいません。

 そして彼女の称号こそが、“吹雪の女王”です」


 ――え?


 ちょっと待て。


 師匠が……Sランク?


 私は思わず彼女を見つめる。


 レイナは、面倒くさそうに後頭部をかきながらため息をついた。


「まったく……」


 小さく呟く。


「余計なことまで話してくれるわね」


 視線だけグウェンへ向ける。


「ずいぶんと遠慮がないじゃない」


 鼻で軽く息を吐く。


「ついさっき名乗ったばかりの相手にしては、随分と踏み込みすぎじゃない?」


「当然です」


 グウェンは落ち着いたまま答えた。


「彼はあなたの弟子ですから。知る権利があります」


 レイナは少しだけ目を細める。


「……そう」


 興味がないとでも言うように一言だけ返す。


 それから改めて正面に向き直った。


「で? 結局、あなたは何者なの」


「失礼いたしました」


 女は軽く頭を下げる。


「私はグウェンと申します。王都のギルド本部より配属されました」


「……なるほどね」


 レイナは手をひらりと振る。


「その態度も納得したわ」


 どこか皮肉を込めるようにそう言った。


「じゃあグウェン、話も済んだことだし、そろそろ終わらせてもらえる?

 こちらにも予定があるの」


「可能です」


 グウェンは一枚の書類に手を置いた。


「――質問にお答えいただければ」


 レイナは舌打ちする。


「ギルドって、個人の事情に首を突っ込まないのが原則だったはずだけど?」


「通常であれば」


 グウェンは即答した。


「ですが、今回の件は例外です」


 彼女の目がわずかに鋭くなる。


「もし彼が“アンリット”であるならば――教会の証明書を提示していただく必要があります」


「……なら、はっきり言っておくわ」


 レイナの声が、わずかに低くなる。


「あの子はアンリットじゃない」


 グウェンは動かなかった。


「申し訳ありませんが、そのままでは受け入れられません」


 そう言うと、姿勢を正し、今度は私の方へ向き直る。


「アンリットでないというのであれば、証明は簡単です」


 視線が鋭くなる。


「帽子を外してください」


 一呼吸置く。


「なぜ、その髪を隠しているのですか?」


 私の体が、わずかに強張る。


 ……髪?


 無意識に手が動いた。


 レイナは、私の方をちらりと見た。


 けれど――何も言わない。


 何も、しない。


 その沈黙は、言葉以上の意味を持っていた。


 それだけで十分だった。


 グウェンは、それ以上詰めてこなかった。


 だが、それで済ませるつもりもない。


 もう答えは見えている――そんな顔だった。


 正直、どっちなのか分からない。


 ただ職務に忠実なだけなのか。


 それとも――レイナ師匠を追い詰めること自体を、楽しんでいるのか。


 どちらにせよ、このままでは埒が明かない。


 それに――


 アンリットって、いったい何なんだ?


 それが、俺の髪とどう関係している?


「……で、どういう意味なんですか、それ」


 私はグウェンを見据えて言った。


 だが、彼女は口を開きかけて――止められた。


「シュガルとキエラはどこ?」


 レイナが横から割って入る。


 突然の遮りだった。


「どちらかと話がしたいのだけど」


 グウェンは即座に答えた。


「ギルドマスターのシュガル様と、秘書のキエラ様は現在不在です」


 それは拒否ではない。


 事実だった。


「状況を正確に説明していただければ」


 グウェンは続ける。


「ギルドマスターを介さずとも解決可能です」


「……そう」


 レイナは短く息を吐いた。


 そして、目を閉じる。


 ほんの一瞬。


 何かを計算するように。


 それから、背を向けた。


「じゃあ、もういいわ」


 そのまま歩き出す。


「クライ。 行くわよ」


「……あ、はい」


 私は慌ててその後に続いた。


 背中越しに、グウェンの声が飛んでくる。


「登録書類は、こちらで預からせていただきます」


 レイナの足が止まる。


「……真実を話していただけるまで、お渡しできません」


「チッ……」


 小さく舌打ちする音が聞こえた。


 レイナは振り返ることもせず、わずかに視線だけを後ろへ投げる。


「さっきから、同じことを言わせるのやめてくれる?」


 その声音は冷たかった。


「あの子はアンリットじゃないわ」


 言い切ると、今度こそ歩き出す。


 そのまま、部屋を出ていった。


 ――


 外に出ても、空気は変わらなかった。


 重いまま、まとわりついてくる。


 私たちは馬車へ戻った。


 レイナの機嫌は、明らかに悪かった。


 ただの登録失敗であそこまで露骨に苛立つとは思えないほどに。


「お帰りなさいませ」


 マーカスが扉を開ける。


 レイナはそのまま乗り込み、どさりと腰を下ろした。


 足を崩し、腕を組み、苛立たしげに舌打ちを繰り返す。


 床を打つ足音が、規則性のないリズムで響いた。


 マーカスが彼女を見る。


 それから、私へ視線を向ける。


「……何かございましたか?」


「えっと……」


 言葉に詰まる。


 正直、よく分かっていない。


 ただ一つだけ、はっきりしていることがある。


「登録が……できませんでした」


「なるほど」


 マーカスは落ち着いて頷いた。


「それで、あのようなご様子なのですね」


 私は答えなかった。


 ただ、レイナを見た。


 しばらくして、私も馬車に乗り込む。


 マーカスが静かに手綱を動かし、馬車は走り出した。


 結局、目的は何一つ達成できなかった。


 それどころか――


 来た時よりも、分からないことが増えていた。




 一方その頃――


 私たちが去った直後、別の男がギルドへ足を踏み入れていた。


 上質な革で仕立てられた衣服。

 手入れの行き届いた光沢。

 一つ一つの所作に無駄がなく、洗練されている。


 ただ者ではない。


 それは、纏う空気だけで分かった。


 背筋はまっすぐに伸び、歩みはゆったりとしていながら迷いがない。


 誰かに仕える者――それも、かなり上の立場の人間に仕えている。


 そんな印象だった。


 彼は迷うことなくホールを横切り、受付へと向かう。


「ヴィスマギア冒険者ギルドへようこそ。ご用件をお伺いします」


 グウェンが、変わらぬ落ち着いた声で応じる。


 まるで、先ほどの騒動など初めから無かったかのように。


「失礼する」


 男は低く言った。


 抑えた声の奥に、鋭さが滲んでいる。


「先ほど、この建物から出ていった者がいたが……あれはレイナ・スタシアか?」


「はい」


 グウェンは即答する。


「レイナ様で間違いありません」


 男の目が細くなる。


「ならば――依頼は受けたのだな」


 グウェンは小さく首を傾けた。


「いいえ。レイナ様は、本日は依頼を受諾されておりません」


 反応は早かった。


「……何だと?」


 男の手が、机を打つ。


 鈍い音がホールに響いた。


 近くにいた冒険者たちが一斉に視線を向ける。


 だがグウェンは、動かない。


 一切動じない。


「特定の結果を期待されていたのでしょうか?」


 淡々とした問いだった。


「当然だ」


 男は低く吐き捨てる。


「その依頼は、何ヶ月も前から掲示されている。ギルドが放置しているなど、まさか言うまいな」


 声には苛立ちが滲んでいた。


 だが、それが同情を呼ぶことはない。


 むしろ、周囲の空気はさらに冷えていく。


「ギルドは、依頼を強制しません」


 グウェンは落ち着いたまま答えた。


「レイナ様は現在、休暇中です。了承なく依頼を割り当てることはできません」


 わずかに間を置き――


「急ぎであれば、他の冒険者へ依頼を開放するという選択もあります」


「断る」


 男の声が、低く沈む。


「あの依頼は……レイナ・スタシアのためのものだ。他の冒険者では意味がない」


 グウェンは、それ以上踏み込まない。


 ただ、結論だけを示した。


「でしたら、お待ちください」


 男の顎がわずかに強張る。


「……つまり、断るということか?」


「いいえ」


 グウェンは即答した。


「現状をお伝えしているだけです」


 その視線は揺らがない。


「ギルドは身分や立場によって対応を変えることはありません」


 一拍置く。


「ご依頼を出される側であっても同様です。必要としているのは、そちらなのですから」


 静かに言い切る。


「どう受け取られるかは、ご自由に」


 沈黙が落ちた。


 張り詰めた緊張が、その場を支配する。


 やがて――


「……後悔することになるぞ」


 男は低く言い残した。


 そして踵を返し、そのまま立ち去る。


 先ほどまでの整った歩調は、もう失われていた。


 グウェンは小さく息を吐く。


「……信じられない」


 隣の受付が身を寄せてくる。


「大丈夫ですか? 今の方、かなり強引でしたけど……」


 グウェンは出口の方を一瞥する。


 そして、視線を戻した。


「……問題ありません」


 そう答えながらも――

 その表情から緊張が完全に抜けたわけではなかった。


 何かが、引っかかっている。


 そんな様子だった。


(今日は、やけに騒がしいわね……)


 内心、そう呟く。


(王都でも、ここまで立て続けには来ないものだけれど……)


 軽く目を閉じ、もう一度だけ静かに息を吐いた。

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