イブ・セヌ-メル――家族と愛の在り処
階下のギルドホールは、混乱に包まれていた。
マナの異変はすでに収まっていたが、それが残した不安は、そこにいる全員の中にまだ残っていた。
空気はもう薄く感じられない。
膝から力を奪い、人々を倒れさせた奇妙な圧力も消えていた。
だが、恐怖はそう簡単には消えなかった。
普段なら笑い声や自慢話、酒盛り、依頼の交渉で騒がしいギルドホールが、今は別の意味で落ち着きを失っていた。
冒険者たちは受付の近くに詰めかけ、互いの声をかき消すように叫んでいる。
先ほどの出来事のせいで、まだ顔を青ざめさせている者もいた。
恐怖を怒りに変えている者もいた。
「いったい何が起きてるのか説明しろ!」
「そうだ! あんなことがあった後で、俺たちに何も教えないつもりか!」
冒険者たちは四方から受付嬢たちを取り囲み、逃げ場をなくしていた。
受付嬢たちは、強張った表情でカウンターの向こうに立っている。
彼女たちは冒険者を迎え、依頼を処理し、ギルドの顔として穏やかに振る舞うための訓練を受けていた。
戦うための武器を手にした、怯える男女に取り囲まれるための訓練など受けていない。
以前、シュガルはこう言っていた。
「ギルドの顔は、人を威圧するのではなく、迎え入れるものであるべきだ」
その時は、何の害もない方針に聞こえた。
人を迎えるギルドには、人を迎えるのにふさわしい職員が必要だ。
美しい笑顔。
落ち着いた声。
柔らかな物腰。
そのすべてが、冒険者たちに、挑まれているのではなく歓迎されているのだと感じさせる。
だが今、その方針そのものが彼女たちを追い詰めていた。
受付嬢たちも、何が起きたのかなど知らない。
それでも、ギルドのカウンターの向こうに立っているというだけで、誰もが彼女たちなら答えを知っているはずだと思っていた。
「皆さん、どうか落ち着いてください」
一人の受付嬢が、震えそうになる声を無理やり安定させながら言った。
「状況が分かり次第、すぐにお知らせします」
彼女は懸命に対応していた。
その声は訓練されていて、明瞭で、耳に心地よい。
だが今の群衆は、そんな声で宥められるような状態ではなかった。
「そんな戯言で誤魔化すな!」
革鎧を着た男が、受付のカウンターへ手を叩きつけた。
その音に、カウンターの向こうにいる娘たちが身体を震わせる。
男の髪は乱れ、顔つきは荒々しかった。
その粗暴な雰囲気のせいで、近くにいた冒険者たちの中にも、そばに立つのを避けるように後ずさる者がいた。
「何か知ってるんだろう」
男は噛みつくように言った。
「今すぐ話せ!」
受付嬢たちが身を引いた。
「そこから下がった方がいい」
声は上から聞こえてきた。
低く、威圧的な声だった。
それを耳にした瞬間、ギルドホールはほとんど静まり返った。
冒険者の大半は、その声が誰のものなのか知っていた。
だが、騒いでいた男は、自分が犯した間違いに気づくのが少し遅かったらしい。
「何だと?!」
彼は階段の方へ振り向いた。
ギルドマスターのシュガルが、キエラとグウェンを後ろに連れ、階段を下りてきていた。
男の態度は、一瞬で変わった。
「あ……ギルドマスター・シュガル」
その声から、先ほどまでの刺々しさが消える。
肩が下がり、視線は横へ逸れ、険しかった顔つきは従順と呼べるものへ変わっていた。
「うちの受付嬢たちに絡むのはやめろ。あいつらも、お前たちと同じくらい何も知らん」
男は唾を飲み込んだ。
受付嬢や下位ランクの冒険者たちを威圧することはできても、世の中には必ず自分より強い者がいる。
どれほど声の大きな者であっても、その立場を思い知らせることのできる者が。
このギルドでは、それがシュガルだった。
「申し訳ありません」
男はどうにか声を出すだけの勇気をかき集めた。
「ですが……俺たちは、何が起きているのか知る必要があります」
その声が真剣なものになる。
「どうして、みんな突然倒れたんですか?」
シュガルは階段の途中で足を止めた。
それから、ホール全体へ向き直る。
「……よく聞け!」
その声がギルド中に響き渡り、残っていた囁き声をすべて黙らせた。
全員の視線が、彼へ向けられる。
「お前たちが、さっき起きたことを不安に思っているのは分かっている。だが、その恐怖をうちの職員にぶつけるな」
誰も反論しなかった。
「俺たちにも、まだ何が起きたのか分かっていない」
その言葉に、ホールの空気が再び張り詰めた。
ギルドにも分からない。
それは、安心できる答えではなかった。
むしろ、冒険者たちの不安をさらに強めた。
シュガルはその変化に気づき、再び混乱が広がる前に言葉を続けた。
「だが、答えを見つけられそうな場所については、手掛かりがある」
その言葉で、ホールの空気が変わった。
冒険者たちは、何も分からないからこそ怯えていた。
恐怖が怒りを生み、その怒りが彼らから冷静さを奪っていた。
だが、手掛かりがあるということは、進むべき方向があるということだ。
進むべき方向があれば、行動できる。
そして冒険者というものは、自分たちにできることがある時の方が、はるかに落ち着いていられる。
「ひとまず」
シュガルは続けた。
「影響を受けた者たちの処置は、治療師に任せる。全員が落ち着いたところで、今後の方針を説明する」
人だかりは、少しずつ静まり始めた。
まだ不安そうな顔をしている者もいた。
苛立ちを残している者もいた。
だが、最悪の混乱は収まっていた。
シュガルはキエラへ顔を向けた。
「キエラ、行くぞ」
「分かりました」
シュガルとキエラはギルドの入口へ向かい、グウェンは前へ出て受付周辺の指揮を引き継いだ。
いつもの落ち着きは、すぐに戻っていた。
彼女は書類を整理し、他の受付嬢たちへ指示を出し、鋭く的確な指示でホールを落ち着かせ始める。
その場にいた治療師たちも、すぐに動き出した。
先ほど騒いでいた冒険者も、彼らを手伝い始めた。
荒々しい顔をしているからといって、心まで荒れているとは限らない。
その顔つきは相変わらず荒々しかったが、影響を受けた冒険者を治療師たちのもとへ運ぶ手つきは慎重だった。
「先に、影響を受けた治療師たちを診てください」
治療師の一人が指示を出した。
「その方たちが回復すれば、他の皆さんの処置を手伝えます」
賢明な判断だった。
回復する治療師が増えるほど、ギルド全体の立て直しも早くなる。
少しずつ、ホールに秩序が戻っていった。
※※※
レイナは自室で、ベッドに横たわるマリアダを静かに見つめていた。
部屋は静まり返っていた。
カーテンは半分まで閉じられ、窓から差し込む柔らかな一筋の日差しだけを通していた。
その光は床を照らし、ベッドの端をなぞり、マリアダの青ざめた顔に降り注いでいる。
彼女はいつもより小さく見えた。
眼鏡を外した姿は、まるで別人のようだった。
頬はわずかにこけ、閉じられた瞼の下には、普段その瞳に宿る鋭さもない。
眠っていても、その呼吸は疲れ切っているように聞こえた。
一息ごとに、身体の奥深くから無理やり引き出しているかのようだった。
レイナは長い間、彼女を見つめていた。
それから、立ち上がった。
ベッドへ近づき、マリアダの額にそっと手を当てる。
伝わってきた熱に、レイナの表情が曇った。
思っていたよりひどい。
熱が高すぎる。
レイナは手を離すと、ベッドのそばに置かれた水の入った器へ手を伸ばした。
白い布を水に浸し、余分な水分を絞ってから、注意深くマリアダの額に乗せる。
マリアダは身じろぎ一つしなかった。
レイナは、彼女の肩を覆う毛布を整えた。
マナも、あまりにも少なすぎる。
その考えに、レイナの胸が締めつけられた。
この状態では、もう一度マナを封印することはできない。
今、封印すれば、この子は生き残れない。
マリアダの身体は安定していた。
だが、かろうじて安定しているにすぎない。
それが問題だった。
生きてはいる。
だが、あまりにも脆い。
再びマナに封印を施せるほど、マリアダの身体は回復していなかった。
封印を解いたままにしておくことが危険だとしても、この状態で再び封じる方が、はるかに危険だった。
今のレイナには、どうすることもできない。
彼女はベッドのそばにある椅子へ戻り、再び腰を下ろした。
部屋は静かなままだった。
足音はない。
笑い声もない。
いつもの屋敷の営みも感じられない。
二人の間を満たしているのは、マリアダのかすかな呼吸だけだった。
その時、扉を叩く音がした。
「レイ師匠……」
扉の向こうから、私の声が聞こえた。
「俺です」
レイナはマリアダから目を離さなかった。
「入っていいわよ」
しばらく、何の動きもなかった。
それから、扉がゆっくりと開いた。
私は中へ入り、後ろ手に扉を閉め、その場に立った。
頭は下がったままだった。
両手には力が入り、身体の横で強張っていた。
何が起きたのかは聞かされていた。
すべてではないのかもしれない。
それでも、十分だった。
「マーカスさんから……何があったのか聞きました」
私は静かに言った。
レイナは答えなかった。
その沈黙に、胸が締めつけられる。
私は、メアリーさんが横たわるベッドへ目を向けた。
彼女があそこに横たわっているのは、私のせいだ。
私がゼウスの森へ入ったから。
止め方も知らないままマナ・ビルドを使い、私の軽率な判断の代償を、彼女に払わせてしまったから。
「……メアリーさんは、大丈夫なんですか?」
それが正しい質問なのかは分からなかった。
そもそも、正しい質問などあるのかも分からない。
それでも、何かを言わなければならなかった。
レイナは黙ったままだった。
その沈黙は、怒られるよりもつらかった。
怒鳴られたなら、言い返すこともできた。
叱られたなら、頭を下げて受け止めることもできた。
だが、彼女の沈黙は、罪悪感以外の何も持たない私を、その場に立ち尽くさせた。
気づいた時には、言葉が口からこぼれていた。
「すみません……どんな罰でも受けます」
長い時間が過ぎた。
その後も、私たちはどちらも何も言わなかった。
やがて、レイナが口を開いた。
それでも、彼女は振り向かなかった。
「知ってる……?」
その声は静かだった。
「初めてあなたを見た時、私の目には、厄介事が二本の足で歩いているようにしか見えなかった」
私は瞬きをし、ゆっくりと顔を上げた。
彼女は続けた。
「その白い髪も、その目も。何もかもが、面倒事を連れてくると訴えていたわ」
そこで、彼女は言葉を切った。
「そのうえ、あなたは私の食堂に落ちてきた」
「……」
何と答えればいいのか分からなかった。
彼女が何を言おうとしているのかさえ、分からなかった。
そしてレイナは、言葉を和らげることなく告げた。
「一刻も早く、あなたを追い出したかった」
その言葉が胸に刺さった。
残酷に聞こえるはずの言葉だった。
けれど、彼女の顔に悪意はなかった。
そこにあったのは、静かな悲しみだけだった。
彼女の目はマリアダへ向けられたままだった。
誰もその名を口にしたくない場所の縁に、彼女が恐ろしいほど近づいているように見えた。
それからようやく、レイナは私の方を向いた。
小さな笑みを浮かべていた。
温かい笑みではなかった。
楽しそうでもなかった。
ただ、正直な笑みだった。
「でも、あなたが来てから、マリアダはおかしな行動を取るようになった」
「おかしな……?」
「衝動的になったわ」
レイナが言った。
「必死で、落ち着きがなくなった」
彼女の視線が、再びマリアダへ向かう。
「以前の彼女なら、絶対にしなかったようなことをするようになった。特に、あなたが関わるとね」
私は視線を落とした。
「……すみません?」
自信のない返事になった。
それについて謝るべきなのかどうか、分からなかった。
話を聞く限りでは、マリアダが変わった原因は私らしい。
だが、レイナは小さく首を振った。
「違うわ」
彼女は、もう一度マリアダを見た。
「むしろ、あなたには感謝するべきね」
「……」
私は困惑したまま、彼女を見つめた。
「何に、ですか?」
「もっと近くへ来なさい」
レイナが言った。
私は少しためらった。
それからレイナのそばへ歩み寄り、ベッドの横に立った。
そこからなら、マリアダの姿がよく見えた。
レイナがずっと見つめていた光景が、今は私の目の前にある。
マリアダは毛布の下に横たわっていた。
顔は青ざめ、弱り切っている。
頬はわずかにこけていた。
呼吸は静かだったが、熱と必死に戦っている者のような重苦しさがあった。
私の知る、いつも冷静で落ち着いたメアリーさんの姿とは、まるで違っていた。
これも全部……私を元に戻したせいなのか?
その考えが、胸を鋭く抉った。
私は唇を噛み、両手を握りしめた。
心の中で自分を責め続けていると、シーツがかすかに音を立てた。
マリアダがわずかに身じろぎした。
それだけで、レイナも私も彼女へ目を向けた。
瞼が震え、ゆっくりと開いていく。
彼女の目が開いたのを見た瞬間、私はベッドのそばに膝をつき、マットレスの端へ手を置いた。
「メアリーさん……」
彼女は一度瞬きをした。
それから、私の方へ視線を動かした。
「クライ……」
その声は苦しげだった。
囁きよりも、わずかに大きい程度の声だった。
「すみません」
私はすぐに言った。
「こんなに苦しい思いをさせて、本当にすみません。こんな無茶をするつもりじゃなかったんです」
私の指がシーツを強く掴んだ。
そうして強く握りしめていれば、胸に溜まった罪悪感を引きずり出せるような気がした。
視界が滲む。
止めるより先に、涙が浮かんできた。
「わ、私……すみません。本当に、ごめんなさい……」
言葉が途中で崩れていった。
その時、温かな何かが私の手に触れた。
私は顔を上げた。
マリアダが、私の手に自分の手を重ねていた。
その動きは弱々しかった。
だが、その表情には優しい笑みが浮かんでいる。
安堵に満ちた笑みだった。
「シャイ・ナラ……ティラ、ティラ……」
言葉を追うのは難しかった。
マウ・ナラを学び始めて、まだ半年しか経っていない。
それでも、意味は十分に理解できた。
何も心配しなくていい。
彼女は、そう伝えていた。
唇をかすかに震わせながら、それでもマリアダは話し続けた。
「セイ……ミラ・ラヴァナ……ナ・マウヤ……サエラ・マウセイ……ルーン・アル、セヌ・アル」
マウ・ナラ。
獣人族の言葉。
獣人が話すのを聞いたことはあった。
だが、今の言葉は、それよりもずっと深いものに感じられた。
それでも、私はその意味を掴むことができた。
私が元気になってよかった。
私は家族なのだと、彼女は伝えていた。
家族なら、愛する者を大切にするものだと。
何があっても。
喉が締めつけられた。
マリアダは、私の手に重ねていた手を持ち上げ、私の顔へ伸ばそうとした。
だが、あと少し届かなかった。
だから、私は顔を近づけた。
「シャイ・ミラレン……」
泣かないでください。
そういう意味だった。
彼女の指が私の頬に触れ、涙を拭った。
私は目を閉じ、その手を頬に預けた。
熱に苦しんでいるはずなのに、彼女の手のひらは不思議なほど冷たかった。
それでも、その感触を受け入れた。
再び目を開けた時には、マリアダはもう眠りに戻っていた。
だが、何かが違っていた。
高い熱があっても。
顔が青ざめていても。
身体が疲労に押し潰されそうになっていても。
彼女は笑っていた。
小さな、安堵に満ちた笑みが、その唇に残っていた。
それを見て、私も笑みを浮かべた。
やがて、レイナが沈黙を破った。
「見た?」
彼女は今、マリアダのそばに立ち、その唇にまだ残っている淡い笑みを見下ろしていた。
「……」
私は何も言わなかった。
ただ、見つめていた。
「マリアダがこんなふうに笑ったのは、初めてよ」
レイナは静かに言った。
「私にさえ、見せたことがなかった」
その声は落ち着いていた。
だが、その奥には、どこか脆いものがあった。
「あの子の笑顔には、いつも感情がないように見えた」
私はもう一度、マリアダを見た。
レイナが私の方を向く。
「だから、あなたに感謝したのよ」
私は瞬きをし、彼女を見上げた。
「あなたがいてくれたから、マリアダは自分の感情を表せるようになった」
「……」
しばらく、私たちはどちらも何も言わなかった。
余計な言葉で、この瞬間を安っぽいものにしたくはなかった。
部屋を満たす沈黙は、もう居心地の悪いものではなかった。
ここに根づいたものを、静かに受け入れるための沈黙だった。
感謝。
家族。
愛。
そのすべてが、同じ時、同じ部屋の中にあった。
その時、扉を叩く音がした。
穏やかなひとときが途切れた。
「レイナ様、失礼いたします」
扉の向こうから、マーカスの声がした。
扉が開く。
マーカスは部屋へ入り、後ろ手に扉を閉めた。
レイナは彼の方へ向き直った。
「何?」
「屋敷の外に、複数の冒険者が集まっております」
マーカスが言った。
「中へ入れるよう求めています」
「……冒険者?」
レイナの目が細くなった。
「何の用?」
「残念ながら、用件は明かしておりません」
マーカスが答えた。
「ですが、ギルドマスター・シュガルとキエラも同行しています」
レイナの表情がわずかに強張った。
「お二人は、レイナ様との面会を求めています」
しばらく、レイナは答えなかった。
窓へ視線を向け、それからマリアダへ戻す。
今日起きたすべてのことを考えれば、今の彼女が最も望んでいないものは来客だった。
だが、シュガル本人が来ている以上、無視すれば余計な問題を招くだけだ。
「何と伝えましょうか?」
マーカスが尋ねた。
「……通しなさい」
やがて、レイナが答えた。
「何の用なのか、聞いてあげるわ」
「承知しました」
マーカスは頭を下げ、部屋を出ようと振り返った。
その後を追う前に、レイナは私を見た。
その表情が真剣なものへ変わる。
「あなたはここに残って、マリアダについていなさい」
私はわずかに背筋を伸ばした。
「何があっても、外へ出てきてはだめ。分かった?」
「……わ、分かりました」
私は頷いた。
レイナは最後にもう一度私を見ると、部屋を出ていった。
背後で扉が閉まる。
そして私は言いつけられた通り、マリアダのベッドのそばに座り、眠っている彼女を見守りながら、そこに残った。
今日はもう、十分すぎるほどのことをした。




