好感度66
ユリアナが死んだ。
人間の死にはおそらく三段階が存在する。
一つは肉体の死。
心臓が止まり、動力が全身に行き渡らなくなる機能的な死。
二つ目は精霊的な死。
ユナちゃんの世界では「魂」や「精神」なんて呼んだりするらしい。
肉体的な物理性を持たない「魂」なんて観測のしようがないものだけれど、肉体が死んでも魂が残ると私は信じている。なぜなら〈ユナちゃん〉が異世界の知識を持って今ここにいるからだ。
記憶が頭や心臓などの肉体部に宿るものだとするのなら、ユナちゃんに異世界の知識があるのはおかしい。彼女の宿っている肉体は、純アルス産の私の妹であったユナのものだから。味噌汁や悪役令嬢ものに明るいユナちゃんがここにいるから。Aという状態がBという状態に変わったのなら、そこには外力が存在するはずだ。その外力のことを私は「ユナちゃんの精霊性」という名前で認識している――魔王様的な言い方だけれど。
そしてこの二つの死の間のどこかに、「スレイ皇国の聖杯が定義する死」が存在している。
なぜならセイラはスレイ聖杯の判定では死んだことにされているから。
だけど実際はまだ生きているから。
きっと宿るべき肉体が滅びると精霊性も死に至るけれど、そこまでには少しのラグが存在するのだ。だから……――。
「んもうっ!」
ユリアナがスレイ的に死んでいたとしても、私には治すことができ得る。
いや……治せる自信はない。
いつも、治せるときは治す前にはそれができることが信じられた。この人は治せるなというズバピタ感があった。だけど……正直今は分からない。
だけど論理的に考えて、治せるかどうか不明なことは、私が治そうと試みることを阻害しない。
「癒せ!」
人は死ぬべきではない、とは思わない。
老いや病で死ぬことは避けられないし、大事のために命を賭すことだってあるだろう。死に対する価値観だって時代や国、育ち方によっても変わるだろう。
だからきっとこの国の問題に対し、外様の私は口をはさむべきではない。
だけどさ、少なくともミヤは動揺していた。少なくとも今この瞬間において彼女はユリアナに死んでほしいとは思っていなかったはずだ。
ユリアナの行いに、今目の前で起こった現象を察してミヤは狼狽していた。
声が震えていた。
涙も浮かべてもいた。
……私の婚約者を泣かすなよっ!
「癒せ癒せ」
そうえいばユリアナも婚約者(仮)だったな。
今の段階になってみると、ユリアナにミヤを糾弾する意図はなかったのかもしれない。
私のことも、たぶんそんなに好きではない。
彼女が今際の際に走馬灯を見ていたとして、そこに私の名前は1ミリだって出てきていないだろう。
……なんだったんだ、こいつ。
エルフを助けて、私の寝床に入ってきて、一緒に馬でかけて、一瞬でミヤに婚約をバラして、動物には優しくて、私に軽くて薄いぺらっぺらの愛を囁いて。
なんだったんだろう、この人。
私だけが一方的にちょっと好きになっちゃったじゃん。
彼女が私に語ったことの中で本音があったとするのなら、それこそ「キリヱをよろしくね」くらいじゃないだろうか。
……だけどよくよく考えるとそれも変な話だ。
皇子女が死ぬとその剣聖も死ぬというルールがある。これは多方面に確認済みだ。
つまりはユリアナが死んだらキリヱも死ぬわけだから、「私が死んだら」もなにもないのだ。
いや、だけどセイラの話によると、自らの握り手である皇帝を斬った冠位は、皇帝よりも死ぬタイミングが遅かったらしい。ならばその時間差を拡大解釈していけば、ユリアナが死んでからキリヱが死ぬまでに十年のラグがあるので実質生きているも同然、というようなことが可能なのか……?
よく分からない国のよく分からないルールだからなんとも言えない。
そもそもそんな脱獄技をいつ……――。
あっっっ、今!
私がまさに今考えていたじゃないか。
スレイ的な死から精霊性の死まではラグがある。
私がユリアナを治すことで、きっとなにかしらのルールの改変が起こるのだ。
でもそのためには大前提として、私がユリアナを治そうと思わなければならない。
「治してやるかー」と思うくらいには好感度が高くなければならない。
だから? 寝床に潜り込んできたり、愛を囁いたりしてきたのは、私にその力を使わせるために本当に親密度を上げようとしてたんだ。
「……あはっ!」
噓でしょ。
この女は、「例祭までにステラの好感度が稼げていなかったら試合終了」という恋愛じみた人生を一人でプレイしていたんだ。
私に微塵の興味もないくせに!
私も過去生で自分の世界が乙女ゲーム的であるというとち狂った仮説を立てて振る舞っていた回がある。結果は斬首だった。普通はそう。
私の世界は決して恋愛ゲームではなかったし、仮にそうであったとしても私には恋愛のバロメータがなかった。
だけどユリアナはやり切ったのだ。
彼女にとって私は攻略のために不可欠な要素だった。
正直、その割には私の扱いが雑だったんじゃないかとも思うけど、不思議なことに彼女の試みは成功している。私にはあの口だけの雑な温度感が存外心地よかった。
そして私はまさに、今こうして治そうと試みている。試みているっていうか、たぶん治せる。彼女の狙いに気付いた今、完全に、ユリアナに対してズバピタ感がある。
私は、他の誰にも見えていないような訳の分からない道筋を、傍からはよく分からないその信念で邁進する人間が好きなんだ。
彼女は最初からセイラ目当てを否定しなかったし、「好感度を稼いでおかないと」とさえ言っていた。
いつから組み始めたんだろうな。
最初にエルフの双子を助けに行って出会ったとき、あれはシェイリがユリアナ側でない以上完全な偶然だろう。
であればそこから私に求婚を持ちかけるまでの短い間に今のこのシチュエーションを思いついたことになる。
そんな予言じみたことが果たして可能なのだろうか。
エルミナだってこういう先回りをよくやるけれど、時間をかけて布石を打って、もう少し丁寧な準備をする。
いやでも、ユリアナならできてしまいそうな気もする。
だってこの女は数歩横に移動するだけで自在に元剣聖三位を召還する化け物なのだ。
「愛しているわ、ステラ」
蒼白のユリアナが腕の中で目を覚ます。
「貸し一つですからね」
「ええ、もちろん。キリヱをお願いね」
「え?」
今度はキリヱが死んでいた。
ああそうだよ。ユリアナがスレイ的死を迎えたのなら、連動しているキリヱもスレイ的に死ぬってさっき考えてた。で、それを治すのはやっぱり私なのか!?
「ん、もうっ!」
蘇生二連発なんてこれまでやったことがない。
一人治しただけでもヘロヘロになるから。
だけど今日は不思議とやれる気がした。
なぜなら私は今日という日のためにコンディションをベストに整えていたから。
決勝まで戦うつもりだったのに初戦で敗退してまだまだ元気だから。
加えてさっきまでぐっすりすやすや休んでいたから、なんなら朝よりも元気なまである。
「癒せ!」
ユリアナの何が腹立つって、私が彼女を治すための好感度が65必要だったとして、66くらいのギリギリで好感度上げを止めていることだよな。せめて念のために70くらいまでは上げる努力をしてよ。
言っておくけど、ユリアナとキリヱだったら私はキリヱの方が好きだからな!
「貴女にはキリヱを頼んでいたのだから、別にわたくしのことは治さなくても良かったのよ」
一言多いんだよっ!
「こぉーん」
キリヱが復活する。
いや、やっぱりめちゃくちゃ疲れた。
「ありがとう、ステラ。本当に」
「早速貸しを返してもらいますよ。――仮婚約、破棄させていただきます!!!!」




