第六話 制服とリボン
買った荷物を宿へ置き、セルファともう一度ギルドへ向かった。
背中が軽い。さっきまで、あんなに歩きづらかったのに。
明日からは、あれをずっと背負うらしい。今だけは考えないでおこう。
「まだ何かいるの?」
「買い物じゃない」
「依頼?」
「それも違う」
受付には、さっき薬草を渡した女性がいた。書類から顔を上げ、私たちに会釈する。
「何かお忘れ物ですか?」
「いや。こいつと東へ行くことになった」
女性が私にも目を向けた。
「でしたら、パーティー登録をされてはいかがですか?」
「パーティー?」
カウンターへ用紙が置かれる。
「一緒に活動する方同士で登録しておくと、複数人向けの依頼を受ける時など、手続きが簡単になります」
「二人でも?」
「もちろんです」
なんか急に、それっぽい。
今日やったのは薬草採りで、そのあとは買い物だった。でもパーティーと言われると、ちゃんと冒険が始まりそうに聞こえる。
「する?」
「これから一緒に動くなら、しておいた方がいい」
「じゃ、しよ」
ペンを借り、用紙へ名前を書いた。
霞ヤマハ。
その下へ、セルファが名前を書き足す。昨日まで知らなかった人の名前が、自分の名前と同じ紙に並んだ。
「これで終わり?」
「はい。登録は以上です」
「……簡単」
「そんなもんだ」
もっと、パーティー結成です、みたいな何かがあるのかと思ってた。
女性が用紙を確かめ、登録証を渡してくれる。受け取って眺めてから、腰のポーチへしまった。
「これで私たちパーティー?」
「ああ」
留め具を閉じる。ちょっと嬉しい。
「名前とか付けないの?」
「いらん」
「即答じゃん」
「なくても困らん」
「でも、あってもよくない?」
「付けたい名前があるのか?」
魔法使いと、刀を持ったエルフ。二人で東へ行く。
頭の中で組み合わせてみたけれど、人前で言えそうな名前にはならなかった。
「……今はいいや」
「そうか」
先に歩き出したセルファを追う。
なんとなく負けた気がした。
◇
ギルドを出ると、通りには店の明かりが増えていた。
昼間は開いていた扉が閉まり、その隣の食堂へ人が入っていく。窓から漏れる光を踏みながら、宿へ向かった。
「セルファ」
「何だ」
「明日、何時?」
「朝だ」
「それは分かる」
教えてもらった時刻は、思ったより早かった。
「……起きれるかな」
「遅れるなよ」
「起きれるし」
「今、不安そうだったぞ」
「気のせい」
言ってしまった。
もう、ちゃんと起きるしかない。
◇
部屋へ戻り、荷物をベッドに広げた。
食料、水を入れる容器、火を起こす道具、傷薬。毛布と着替えまで並べると、寝る場所がなくなった。
「……多くない?」
店では一つずつ買っていたから、そこまで感じなかった。
大きい鞄ならもっと入る、なんて言わなくてよかった。
セルファに教わったことを思い出しながら、詰め直す。傷薬はすぐ取り出せる場所へ。着替えは畳んで、隙間へ入れる。
毛布を小さく丸めて外へ括りつけ、最後に焼き菓子の袋を置いた。
これは上。絶対、上。
口を閉じると、ベッドの上がようやく空いた。
その向こうに、学校の鞄がある。今朝畳んだ制服も、そばに置いたままだった。
こっちも決めないと。
制服を手に取り、ベッドへ広げた。白いシャツとスカート。それに、胸元につけていたリボン。
「……やっぱ可愛いな、これ」
スカートを身体に当ててみる。
ローブも気に入っているけど、これはこれで好きだった。毎朝着ていた時には、そんなこと考えなかったのに。
リボンを拾い、潰れた形を指で直す。
端には、小さく「yamaha」と刺繍されていた。そこについた折り目も指で伸ばす。毎朝、鏡の前で整えていた時と同じ手触りだった。
「持ってこっかな」
バックパックを見ると、もう結構いっぱいだ。
予備の服として入れるには場所を取るし、今日みたいな林で着るのにも向いていない。
分かってはいるけど、すぐには片づけられなかった。シャツの袖を伸ばし、スカートの裾を揃える。
明日の朝は、これに袖を通さない。
学校へ行くための服を置いて、知らない町へ向かう。
畳んだシャツへリボンを重ねかけて、手を止めた。
「……これくらいなら、いいか」
小さく畳めば、ほとんど場所を取らない。
バックパックの内ポケットへ滑り込ませ、折れた端を一度だけ直した。
学校の鞄も開く。
スマホや財布、持っていく小物をより分け、残すものをまとめた。
床には学校の鞄と、旅の荷物。壁には杖が立て掛けてある。同じ私の持ち物なのに、並べるとちょっと変だった。
制服と鞄を預かってもらえるか聞きに下りると、宿の人は頷いてくれた。明日の朝に渡すとお願いして、部屋へ戻る。
これで準備はできたはず。
寝る前にポーチを開くと、登録証が入っていた。
明日は、この紙に名前の並んだ二人で町を出る。
「ほんとに旅するんだ」
声にすると、少し笑ってしまった。
登録証を戻し、スマホと眼鏡を机へ置いて横になる。廊下から話し声が聞こえ、下の階では椅子を動かす音がした。
明日の夜は、どこで寝るんだろう。
毛布を買ったということは、外かもしれない。
硬そう。虫もいそう。
……寝る前に、その話聞くんだった。
◇
窓の外が薄明るくなった頃、目が覚めた。
枕に顔を埋める。もうちょっとだけ。
そう思ったところで、出発する朝だと気づいた。
「……起きた」
身体を起こし、机の眼鏡をかける。まだ支度をする時間はありそうだった。
白いシャツと黒いパンツに着替え、ローブを羽織る。髪を襟の外へ出し、ベルトとポーチを確かめた。
スマホをしまってから、バックパックを背負う。
「重っ」
昨日も背負ったのに、朝からこれはきつい。
何か減らせないかな。水も食料も必要だし、毛布もいる。
焼き菓子もいる。そこは考え直さなくていい。
肩紐を直して杖を持ち、部屋を見回した。
机の上は空になっている。寝台の布には、さっきまで寝ていた跡が残っていた。
二晩しか泊まっていない。
それでも、ローファーを脱ぐ場所も、眼鏡を置く場所も、もう決まっていた。
預ける制服と学校の鞄を抱える。
「……よし」
忘れ物がないか確かめ、扉を閉めた。
一階で鍵を返し、昨夜お願いした荷物を渡す。制服ごと受け取ってもらうと、抱えていた腕が軽くなった。
リボンは、背中の鞄にある。
お礼を言って、宿を出た。
◇
朝の冷たい空気が頬に触れた。
セルファは、もう待っていた。私を見ると、背中の荷物へ視線を移す。
「おはよ」
「ああ。重そうだな」
「重い」
「何を入れた」
「必要なもの」
「本当に?」
昨日、一緒に買ったじゃん。
でも、そう言うと焼き菓子の話になりそうだった。
「必要なもの」
もう一度言うと、セルファはそれ以上聞かなかった。
「行くか」
「あ、待って」
通りへ目を向けた。
まだ人の少ない石畳に、店の看板が並んでいる。あの角を曲がれば服屋。その先には、杖を買った店もある。
来た時は、どこへ行けばいいのかも分からなかった。
今は、もう一度寄りたい店がある。
あのブーツ、次に来た時も売ってるかな。
「どうした?」
「ちょっと見てただけ」
振り返ると、宿の窓にも朝日が当たっていた。
「行こ」
セルファと並んで歩き出す。
大通りでは、店を開ける準備が始まっていた。入口を掃く人の横を、荷物を積んだ馬車が通る。パンの匂いがして、つい顔を向けた。
門が近づいてくる。
その先には、昨日も歩いた街道が伸びていた。今日は、仕事を終えたら宿へ戻るわけじゃない。
荷物を背負い直し、隣を見る。
「東だよね?」
「ああ」
「最初はどこ行くの?」
セルファが、町の名前を教えてくれた。
知らない名前だった。どんな店があるのか、何が食べられるのかも分からない。
門の影を抜けると、朝日が顔に当たった。町の中より風が強く、ローブの裾が後ろへ流れる。
「そこまで、どれくらい?」
「まずは歩け」
「距離くらい教えてよ」
セルファの隣で、私は街道へ足を踏み出した。




