第三十六話 持ち帰った謎
石の隙間には、枯れ葉と土が詰まっていた。
枝で少しずつ掻き出してみたけれど、短剣らしいものは見えない。近くの壁の裏も覗いてみたが、虫が一匹逃げていっただけだった。
「……これ、どうやって見つけるの?」
少し離れた場所で、シルヴィーが顔を上げた。
「分かってたら、もう見つけてる」
「たしかに」
一本持っているから、何か特別な探し方を知っているのかと思った。
どうやら、そういうわけでもないらしい。
「シルヴィーのは、どこにあったの?」
「地下だ」
「……難易度高くない?」
足元を見る。
この下にあったら、上からいくら覗いたって見つからないじゃん。
しゃがみ込み、近くの石を枝で叩いてみた。
硬い音がする。少し場所を変えて、もう一度。
「何してんだ?」
「中が空いてたら、音違うかなって」
「その枝じゃ分かんねえだろ」
「じゃあ、もっと太いやつ?」
「まず、どこに入れそうか探せ」
それもそうか。
枝を置き、草に隠れた石の継ぎ目へ目を向ける。セルファは崩れた壁の向こうで、地面に埋まった部分を調べていた。
エマちゃんは、もう花の方へ戻っている。
根元の土を指先で確かめてから、少し離れた場所へ移動する。そこでまたしゃがみ、今度は花の咲いていない地面を触っていた。
「エマちゃんは、何か分かった?」
「まだです。ただ、咲いている場所に偏りがあります」
「奥の方が多いんだっけ」
「はい。土の湿り方も違うので、比べてみようと思います」
エマちゃんは小さな道具で花の周りを掘り、根を傷つけないように持ち上げた。そのまま紙に包み、土も別の包みへ入れる。
「それ、全部持って帰るの?」
「花が三本と、土が四か所分です」
「土、四つもいる?」
「いります」
「同じに見えるけど」
「だから調べるんです」
正論。
何も言えなくなったので、私は短剣探しへ戻った。
◇
ひと通り見て回った頃には、膝と指先が土で汚れていた。
途中、石の下に黒いものを見つけて少し期待したけれど、ただの木の根だった。
引っ張る前に気づいてよかった。
シルヴィーが崩れた壁の奥から戻ってくる。
「こっちはねえな」
セルファも反対側から姿を見せた。
「入口らしいものも見つからん」
「じゃあ、短剣はない?」
「まだ分からん」
セルファは、紋様の刻まれた台へ目を向けた。
「埋まった部分も多い。今日見ただけでは判断できない」
「俺のも、遺跡を見つけた日にすぐ手に入ったわけじゃねえからな」
シルヴィーが肩についた葉を払う。
「場所は分かった。紋様も写した。今日はそれで十分だろ」
私は、もう一度辺りを見回した。
土に沈んだ石も、草に隠れた壁もある。私たちが歩けた場所だけで、遺跡の全部とは思えなかった。
すぐに見つけて持って帰れるようなものではないらしい。
エマちゃんが鞄を閉じ、立ち上がった。
「こちらも終わりました。続きは、持ち帰って調べます」
「戻るぞ」
セルファの後を追いかけ、崩れた壁の間を抜ける。
入口で振り返ると、白い花の間に石の台が見えた。
花が咲いている理由も、短剣があるかどうかも、まだ分からない。
それでも、町の店で見つけた一輪の花から、ここまで来た。
エマちゃんの鞄に揺れる包みを見ながら、私も服についた土を払った。
◇
森を出る頃には、日が傾き始めていた。
畑の脇を、細い水路が通っている。石で囲われた流れは道の下を潜り、その先で住宅の並ぶ方へ伸びていた。
行きにも通ったはずなのに、花ばかり探していて気づかなかった。
「水路、結構あるね」
橋代わりの板を渡りながら、下を見る。
水は浅く、底の小石まで見えた。枝道にも同じような水路が続き、畑の間へ分かれている。
エマちゃんも一度目を向けたけれど、鞄からずれかけた包みを直し、また歩き出した。
私も顔を上げる。
家に帰ったら、まず手を洗おう。
爪の間まで土が入っていた。
◇
帰るなり、エマちゃんはテーブルへ包みを広げ始めた。
花が三本。土が四つ。
店で買った花と、紋様を写した手帳。
手を洗って戻ってきた時には、テーブルの真ん中が全部埋まっていた。
「エマちゃん」
「はい?」
「私の場所は?」
「そこ、空いてますよ」
指されたのは、端の小さな隙間だった。
「狭くない?」
「何か広げますか?」
「……今は広げないけど」
「では、少し貸してください」
そう言って、さらに小さな皿が置かれた。
もう取られた。
仕方なく端の椅子へ座り、調べる様子を眺める。
エマちゃんは土を少しずつ皿へ移し、塊を崩していた。花も店で買ったものと並べ、葉の形や茎の太さを見比べている。
「違う?」
「花は、やはり同じ種類だと思います」
「土は?」
「湿り方には差があります。でも、それだけで、この花が育つ理由になるかというと……」
指先の土を布で拭き、小さく首を傾げた。
そこへシルヴィーが、飲み物を持ってやって来る。
空いた場所を探し、結局、杯を手に持ったまま座った。
「普通の土か?」
「今のところ、目立った違いはありません」
「なら、いいんじゃねえのか?」
「普通に見えるから、理由が分からないんです」
「難しいな」
シルヴィーはそう言って、飲み物を口へ運んだ。
「もう考えるのやめた?」
「専門外だからな」
「早くない?」
「俺が見て分かるなら、エマがとっくに分かってるだろ」
それは、たしかに。ふと、部屋を見回す。
「セルファは?」
「外だ」
「どこ行ったの?」
「さあな」
「一緒に住んでたのに知らないんだ」
シルヴィーが杯を下ろした。
「俺はあいつの母親じゃねえ」
思わず吹き出した。
「それは、まじで草」
「……草?」
エマちゃんが顔を上げた。
「植物の話ですか?」
「いや、うん。今のは違う」
通じないんだった。
「面白かったってこと」
「そうなんですか?」
エマちゃんは少し考えてから、手帳へ目を戻した。
変な言葉を増やしてしまったかもしれない。
土の包みにつけた印を確かめながら、エマちゃんが書き込んでいく。森で採った場所を、それぞれ分けて記録しているらしい。
その隣に、遺跡の紋様が見えた。
「こっちは、どうやって調べるの?」
手帳を指すと、シルヴィーも身を寄せる。
「俺の封刃を見つけた場所のものと比べる。それと、この町に記録が残ってりゃ助かるな」
「昔、何に使ってたかとか?」
「ああ。今の地面の下に何があるか、分かるかもしれねえ」
「掘る場所、適当に決めなくて済むね」
「お前は石叩く場所だろ」
「もう叩かないし」
エマちゃんも紋様へ目を落とした。
「あそこがどんな場所だったのか分かれば、花の方にも手掛かりがあるかもしれません。土に何か混じっているのか、水が集まりやすい造りになっているのか。今見えているものだけでは、分からないこともありますから」
花を調べるためにも、古い建物のことを知る必要があるらしい。
短剣と花。別々に見ていたのに、同じ記録が役に立つかもしれない。
玄関の扉が開いたのは、その時だった。
戻ってきたセルファが、テーブルを見て足を止める。
「……随分広げたな」
「私の場所、ここだけになった」
端を指すと、エマちゃんが慌てて皿を一つ寄せた。
「すみません。夕食までには片づけます」
「いや、調べているなら構わん」
セルファは上着を脱ぎ、椅子の背へ掛けた。
「どこ行ってたの?」
「森の遺跡について、少し聞いてきた」
エマちゃんの手が止まる。
「何か分かりました?」
「昔からあることしか知られていない。今は、ほとんど誰も行かないらしい」
「何の建物だったかも?」
「ああ。知っている者はいなかった」
セルファが手帳の紋様へ目を向ける。
「古い記録を当たるしかないな」
「明日、探してみます」
エマちゃんは頷き、土の皿を端へ寄せた。
短剣は見つからなかった。
花の理由も分からなかった。
持ち帰ったものを広げたら、テーブルだけがいっぱいになった。
「じゃあ、今日はここまで?」
尋ねると、エマちゃんは花へ目を向けたまま答えた。
「もう少しだけ」
「それ、長くなるやつじゃん」
「……少しです」
ちょっと間があった。怪しい。
◇
結局、夕食の時には、ちゃんと場所が空いた。
花と土は包み直され、部屋の隅へ移されている。エマちゃんの手帳だけが、食器の横に残っていた。
シルヴィーが酒を出してきたけれど、私は水にした。
昨日飲んだワインの味は、まだ覚えている。
あれは早い。
年齢じゃなくて、味が。
エマちゃんは食事の途中で手帳を開きかけ、スープの湯気に気づいて閉じた。
少しして、また表紙へ手を伸ばす。
「エマちゃん、冷めるよ」
「……はい」
ようやく匙を持ったので、私もパンをちぎった。
明日は、町の記録を探す。
何も分からなければ、また森へ行くのかもしれない。
今度こそ短剣が見つかればいい。
そんな話をして、その日は眠った。
翌朝も、昨日の続きになるはずだった。
朝食を済ませ、四人で外へ出る。
少し先の通りに、人が集まっていた。
真ん中にいる女の人が、誰かの袖を掴んでいる。
「だから、何度起こしても起きないんです」
隣で、エマちゃんの足が止まった。




