↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/41

第三十五話 七本の封刃


木々の向こうへ出ると、崩れた石壁が広がっていた。

屋根はない。柱も途中で折れていて、地面に転がった石には苔《こけ》がついている。残った壁の隙間から、白い花が顔を出していた。


「……ここ、何だったの?」


足元の石を跨《また》ぎながら尋ねると、セルファが辺りを見回した。


「何に使われていたかまでは知らん」

「家とか?」

「にしては広いな」


シルヴィーが倒れた柱へ目を向ける。

たしかに、これが全部建物だったなら、かなり大きい。残っている壁だけでも、セルファの家がいくつか入りそうだった。

エマちゃんは入口の近くでしゃがんでいた。花を覗き込み、手帳へ何かを書いている。


「こっちにも咲いてる?」

「はい。あちらより密集しています」


指された先には、白い花が固まって咲いていた。

私にはさっきの花と同じに見えるけれど、エマちゃんは葉の裏まで確かめている。邪魔しないように横を通り、セルファたちの方へ歩いた。

二人は、草に埋もれた石の台を見ていた。


「何かある?」

「まだ分からん」


セルファが台の表面に積もった落ち葉を払う。

平らな石には、細い線が刻まれていた。汚れで見えづらいけれど、ただの傷ではなさそうだ。

シルヴィーが腰を落とし、残った土を指で擦る。


「……似てるな」

「ああ」


二人の顔を交互に見た。


「何に?」

「封刃《クラヴィス》だ」


セルファの返事に、昨日の庭を思い出した。

黒い冠を、その中へ吸い込んだ小さな刃。


「シルヴィーが持ってるやつ?」

「ああ。あれを見つけた場所にも、こういう紋様《もんよう》があった」


シルヴィーが上着の内側から短剣を取り出した。

鞘《さや》から少しだけ抜かれた黒い刃には、薄い光沢がある。昨日も見た、龍の手のような模様が刻まれていた。

私は石の台へ顔を近づけ、見比べる。


「……同じ?」


線の曲がり方が少し違う気がした。

短剣の模様ははっきり見えるけれど、石の方は途中が欠けている。土に埋まったところもあって、全体の形は分からなかった。

エマちゃんも、手帳を持ってやって来た。


「少し、形が違いますね」

「ああ。だが、彫り方はよく似てる」


セルファが石に残った線を指で辿る。

エマちゃんは短剣と石の台を順番に見て、手帳へ描き始めた。


「何か分かりそう?」

「まだ分かりません。ただ、ここを離れてから見比べたくなっても、描いておけば確かめられますから」

「なるほど」


花のことは分からないけど、それなら私にも分かる。

部屋で見えた景色を書いておいたのと、少し似ていた。


「じゃあ、ここにも短剣があるかもってこと?」

「可能性はある」

「おお……」


ただ花を見に来ただけだったのに。

急に、足元の石まで気になってきた。


「その短剣って、ほかにもあるんだ?」

「全部で七本だ」


セルファが答える。

七本。この世界の広さを考えたら、七本しかないとも言える。


「今持ってるのは?」

「俺の一本だけだ」


シルヴィーが短剣を軽く持ち上げた。

その一本に、今はゼノが封じられている。


「ほかのも見つけたら、黒冠《ワーテル》と戦う時に使えるんだよね」

「ああ。それに、奴らも探している」


少し浮かれていた気持ちが止まった。


「黒冠も?」

「ああ」

「自分たちを閉じ込めるものなのに?」

「だからこそ、他人には持たせたくねえんだろ」


シルヴィーが刃を鞘へ戻す。

セルファは石の台から手を離し、立ち上がった。


「だが、それだけじゃない。奴らが集めようとしているのは、七つの冠と七本の短剣。その両方だ」

「……集めて、どうするの?」

「『夜《ノクス》』を呼び戻す」


風が吹き、足元の白い花が揺れた。

光を奪い、土地を沈めていくもの。

森へ行く前に聞いた話が、頭へ戻ってくる。人も家も、道ごと暗闇の中へ消えてしまう。

私は空を見上げた。枝の間には青い空がある。

葉を透かした光が、エマちゃんの手帳にも落ちていた。


「それを、わざわざ戻そうとしてるの?」

「ああ」

「自分たちだって、ここにいるんでしょ。何でそんなことするの」


セルファは少し黙った。


「奴らが、その先に何を望んでいるかまでは分からん」

「……意味分かんない」

「分からねえままでも、止める理由にはなるだろ」


シルヴィーが言った。

私は、彼の上着へ目を向ける。


「昨日、ゼノの冠も短剣に入ったよね」

「ああ」

「じゃあ、それを持ってれば、向こうは両方とも揃えられない?」

「そうだ」


少しだけ、息がしやすくなった。

けれど、昨日聞いたことも思い出す。

別の冠が触れれば、封印は解ける。

ゼノの身体も、冠も戻ってくる。


「……逆に、取られたら二つとも渡すことになるんだ」

「ああ」


シルヴィーが、短剣をしまった場所へ手を置いた。

昨日は、ゼノが勝手に戻ってこなくなったことが嬉しかった。

でも、あの短剣を奪われたら、またあいつが出てくる。

それだけじゃなく、夜を呼び戻すためのものまで向こうへ渡る。


「それ、めちゃくちゃ大事じゃん」

「だから、持ち歩いてんだよ」


家の棚へ置いておけるものではないらしい。

私は石の台を見る。


「ほかの短剣も、先に見つけた方がいいんだね」

「ああ。奴らに渡る前にな」


セルファが頷いた。

エマちゃんは描き終えた紋様を見直し、手帳を閉じる。


「見つける手掛かりになるかもしれません。ここの場所も記録しておきます」

「頼む」


シルヴィーが崩れた壁の奥へ目を向けた。


「あっちも見てくる」

「足元に気をつけろ。下に空間があるかもしれん」

「お前もな」


二人が動き出したので、私も近くの石を覗き込んだ。

さっきまでは、全部ただの瓦礫《がれき》に見えていた。

今は、隙間や土に埋まった形が気になる。


「私が見つけたら?」

「何がだ」

「短剣。私が持っててもいい?」

「見つけてから考えろ」

「先にやる気出させてくれてもよくない?」

「見つけたら褒める」

「子供扱いじゃん」


セルファは草の向こうへ歩いていった。

まあ、まだ見つけてもないんだけど。

エマちゃんは台の周りの花を踏まないように、小さく場所を空けてくれた。


「ここなら、足元も見やすいですよ」

「ありがと。エマちゃんは花?」

「はい。もう少し根元を調べてみます」

「気になるもの、増えたね」

「そうですね」


困った様子もなく頷き、エマちゃんは花のそばへしゃがんだ。

私も腰を落とし、石の隙間へ目を向ける。

昨日の短剣は、見た目だけなら片手に収まる小さなものだった。こんな場所にあったら、上から眺めるだけでは見落としてしまう。

細い枝を拾い、溜まった落ち葉をそっと動かした。

ゼノと戦った時は、倒せば終わると思っていた。

でも、身体を倒した後にも、やらなきゃいけないことがあった。

もし、ここでもう一本見つけられたら。

少なくとも、向こうには渡さずに済む。

私は枝を持ち直し、石の奥へ引っかかっていた葉を掻き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。