↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/35

第三十一話 帰って来れる場所

荷物を下ろした途端、肩が軽くなった。

案内された部屋には、大きなテーブルと四脚の椅子があった。壁際には棚と暖炉があり、窓から入る夕方の光が床まで伸びている。

私は椅子へ座り、買った服を膝に置いた。エマちゃんも本を受け取り、隣へ腰を下ろす。

シルヴィーは向かいの椅子を引いた。身体を預けると木が少し軋《きし》んだけど、本人は気にしていなかった。

座っても、でかい。

その首元へ、また目が向く。

さっき見えた模様は、やっぱり鱗みたいだった。


「……シルヴィーって、人?」

「聞き方どうにかならねえのか」

「いや、それが気になって」


首元を指差すと、隣のエマちゃんも身を乗り出した。

「私も、もしかしたらと思っていたんですが……龍人族《りゅうじんぞく》の方ですか?」

「嬢ちゃんは分かるのか」

「本で読んだことがあります。実際にお会いするのは初めてですけど」

「ああ。龍人族だ」


普通に頷かれた。

エルフの次は、龍人族。

近くで見ても顔は人とほとんど変わらない。でも、首元から覗く鱗は、腕にも少しだけ見えていた。


「ほかにもいるの?」

「今じゃ、俺しか残ってねえ」


思っていたより重い答えが来た。

何と返せばいいか迷っていると、シルヴィーは机の上の本へ目を向けた。


「そいつに何て書いてある?」

「これは植物の本です」

「じゃあ俺のことは載ってねえな」

「植物だったら載ってるかもね」

「お前、適当に喋ってるだろ」


エマちゃんが小さく笑った。

私も少しだけ肩の力が抜ける。

そこへセルファが椅子を引いて座り、手にしていた荷物を足元へ置いた。

シルヴィーがそちらを見る。


「ゼノの冠は?」

「持ってきた」


セルファは布の包みを取り出した。

私は膝の上の服を抱え、椅子を引く。


「……それ、ここでも出す?」

「今のうちに済ませる」


セルファがシルヴィーへ目を向けた。


「封刃《クラヴィス》はあるな」

「ああ」


シルヴィーが上着の内側へ手を入れた。

取り出したのは、鞘《さや》に収まった一本の短剣だった。大きな手で持っているせいか、余計に小さく見える。

鞘には細い線を重ねた模様が刻まれている。古そうなのに欠けたところはなく、窓からの光を受けても色が暗かった。

セルファが布を開く。

冠が見えると、シルヴィーの顔から笑いが消えた。

しばらくそれを眺め、短剣を持つ手に力を込める。


「……よく持って帰ったな」

「こいつと二人でな」


セルファが私へ目を向けた。

シルヴィーもこちらを見る。


「そうか」

「めっちゃ大変だったよ」

「あいつ相手なら、そうだろうな」


今度は笑わなかった。

セルファが立ち上がり、包みを持って庭へ向かった。シルヴィーも続き、私とエマちゃんは顔を見合わせてから後を追う。



◇

庭の端に、平らな石があった。

セルファはそこへ冠を置き、布を引き抜いた。


「ここでいい」

「ああ。少し下がってろ」


言われて、私はエマちゃんと一緒に離れた。

シルヴィーが短剣を抜く。

刃は黒かった。

そこには、龍の手を描いたような模様が刻まれている。

ゼノの冠と似た色なのに、見ていても、あの嫌な感じはしなかった。

シルヴィーが冠へ切っ先を当てる。


「……それで、ゼノを閉じ込めるんだよね?」

「ああ。冠ごと封じる」


セルファが答えた。


「中にいる限り、身体を作り直すこともできなくなる」


私は頷き、石の上へ目を戻した。

シルヴィーが刃の位置を少し変える。

強く振りかぶることも、冠を斬りつけることもなかった。

切っ先が触れたところから、黒いものが滲《にじ》み出す。

煙かと思った。

けれど、それは上へ昇らず、細い筋になって刃へ吸い込まれていった。

冠が震える。石を擦る音がして、私は一歩下がった。

輪の内側に、炎のようなものが揺れた。

ゼノの腕を繋いでいた火が頭を過《よ》ぎり、息が止まる。

シルヴィーは手を離さなかった。

刃に刻まれた模様が黒く染まり、冠の輪郭が薄れていく。

欠けたわけでも、割れたわけでもない。

そこにあったものが、少しずつ短剣の中へ引き込まれていた。

最後に、低い音がした。冠が消えた。

石の上には、何も残っていない。


「……終わり?」

「ああ」


シルヴィーが短剣を持ち上げた。

刃の模様には、黒い色が残っている。

私は石の上を見たまま、セルファへ聞いた。


「じゃあ、もう戻ってこない?」

「封印が解かれなければな」

「……解けるの?」

「別の黒冠《ワーテル》が、自分の冠をその短剣に触れさせれば、解放できる」


短剣へ目が戻る。

あの中に、ゼノがいる。


「じゃあ、それ、絶対取られちゃ駄目じゃん」

「だから持ってんだろ」


シルヴィーが刃を鞘へ戻した。


「一年経ったら勝手に出てくるよりは、よっぽどいい」

「……それは、そう」


また会おう。

あの言葉を聞いてから、思い出すたびに嫌だった。倒したはずなのに、まだどこかで笑っていそうな気がしていた。

少なくとも、今は違う。私は小さく息を吐いた。


「……よかった」


シルヴィーは短剣を懐《ふところ》へしまい、上着を整えた。

セルファが空になった布を畳む。

それを見て、私はようやく石から目を離せた。



◇

家へ戻ると、さっき座った椅子がそのまま待っていた。

膝から服を下ろし、足元の鞄の上へ置く。

シルヴィーが棚を開け、カップを四つ持ってきた。

「せっかく集まったんだ。酒でも飲むか」

「ああ」


セルファが普通に頷く。

さっき玄関で殴られてたよね?

男同士の再会って、こういうものなんだろうか。

たぶん違うと思う。


「いいね。私も飲む」


隣でエマちゃんが私を見た。


「ヤマハさん、お酒飲むんですか?」

「いや、飲んだことない」

「ないんですか?」

「ない。でも、ちょっと飲んでみたい」


私はシルヴィーへ顔を向ける。


「こっちって、お酒は何歳から飲んでいいの?」

「決まりはねえな。ただ、若いうちから飲みすぎると頭が悪くなるとは言われてる」


「へえ」


シルヴィーの顔を、もう一度見る。


「じゃあ、シルヴィーは若い時から飲んでた?」

「ぶっ飛ばすぞ」


返事が早すぎて、笑ってしまった。

隣でも、小さく息が漏れる。


「エマちゃんも思ったよね?」

「い、いえ。私は何も」

「今笑っただろ、嬢ちゃん」

「……ちょっとだけ」


シルヴィーが呆れたように鼻を鳴らす。セルファまでカップを持ったまま、口元を緩めていた。


「お前は、まず少しにしとけ」


シルヴィーが私のカップへ、薄い赤色の酒を注いだ。

匂いは少し甘い。

これなら飲めるかもしれない。一口含む。


「ぐえー、クソまず」


思わず顔をしかめた。

甘そうだったのに渋いし、喉が熱い。カップを置いて舌を出すと、向かいでシルヴィーが肩を揺らした。


「そんな顔になるか」

「なるでしょ。なんでこれ飲むの?」


セルファは自分のカップへ口をつけている。

全然平気そうだった。


「飲み慣れれば分かる」

「分かるまで飲む必要ある?」

「ない」

「じゃあ水ください」


シルヴィーが笑いながら、別のカップを持ってきた。

エマちゃんは少しだけ飲んで、自分の酒を眺めている。


「エマちゃんもまずかった?」

「思っていたより、強いですね」

「じゃあ水にしよ」

「私は、もう少しだけ」

「そっか……」


仲間だと思ったのに。

私が水を飲んでいる間に、セルファが部屋を見回した。


「しばらくはここにいる。家も片づけたい」

「その後は?」


聞くと、セルファはカップを置いた。


「また旅に出る。その時、必要ない物は置いていけばいい」


私は足元の服へ目を向けた。


「ここに?」

「ああ」

「私の物、置いていいの?」

「構わん」

「服も?」

「ああ」

「靴も?」

「持ってきた物を置く話だろ。増やす相談を始めるな」


まだ言ってないじゃん。

顔には出ていたかもしれない。

エマちゃんも、自分の鞄を見ていた。


「研究に使う道具も置かせていただけますか?」

「ああ。旅のたびに全部持ち歩く必要はないだろ」


それを聞いて、エマちゃんが嬉しそうに頷いた。

今までは、どこへ泊まっても荷物をまとめて出ていくことばかり考えていた。買う前には鞄に入るか確かめて、増えたら持ち歩くしかない。

ここには、置いていけるらしい。


「また戻ってきてもいいんだよね」

「そのための家だ」


セルファは普通に答えた。

私も、つい頷く。

今日来たばかりなのに、帰ってくる時のことを少し考えてしまった。


「シルヴィーも一緒に行くの?」


向かいを見ると、シルヴィーが酒を飲み込んだ。


「ああ。そのつもりだ」

「じゃあ、四人か」

「嫌か?」

「いや。魔物の時、働く人が増えるなって」

「最初に考えるのがそれかよ」


セルファまで、少し笑っていた。

仕方ないじゃん。 一か月、結構働いたんだから。

シルヴィーはカップを置き、エマちゃんへ目を向けた。


「嬢ちゃんは、何を調べてるんだ?」

「薬や植物、魔力を含んだ素材ですね。場所が変わると、採れるものも違うので」

「道端で急に降りたくなるんだよね」

「ヤマハさんも、服屋を見つけると急に降りたくなるでしょう」

「まあ、そうだけど」


そこは否定できない。

エマちゃんは少し迷ってから、二人を見た。


「旅の途中で気になるものがあったら、また寄ってもいいですか?」

「急いでいなければな」


セルファが答える。シルヴィーも頷いた。


「面白そうなものがあったら、止まりゃいい。旅なんてそんなもんだろ」

「シルヴィー、いいこと言うじゃん」

「お前に許可した覚えはねえぞ」

「私だけ?」


エマちゃんが笑った。

四つのカップが置かれたテーブルへ、夕方の光が斜めに差していた。私の服とエマちゃんの本はまだ足元にあって、玄関には旅の荷物が並んでいる。

何も片づいていないけれど、私は椅子へもう少し深く座り直した。

服を置いて、エマちゃんが道具を広げて。

次の旅に出る時には、必要なものだけを持っていける。

セルファの家に泊めてもらうつもりで来たのに、思っていたより長い付き合いになりそうだった。


「で、私たち、どこで寝るの?」


顔を上げると、セルファが二階へ続く階段を見た。


「空いてる部屋を使えばいい」

「選んでいい?」

「ああ」


私はエマちゃんを見る。


「見に行こ」

「今ですか?」

「いい部屋なくなる前に」

「私たちしか選ばないんですよね?」


そうだった。

それでも、エマちゃんは本を抱えて立ち上がった。

私は買った服を持ち、二人で階段へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。