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第二十二話 その雷

「伏せろ!」


セルファに肩を掴まれ、地面へ引き倒された。

直後、すぐ横にあった岩が赤黒く染まる。

何かが飛んできたようには見えなかった。

ただ、硬いはずの表面が赤く光り、角が崩れていった。


「……は?」


岩が、溶けていた。

熱を持った塊が地面へ流れ、触れた草が黒く焼ける。煙と一緒に熱気が押し寄せ、私は顔を背けた。


「あっつ……!」

「ヤマハ、下がれ!」


手をついて身体を起こし、煙から離れる。

その横で、二本の刀が抜かれた。

右手には長い黎閃《れいせん》。

左手には短い宵閃《しょうせん》。


セルファは私とゼノの間へ入り、低く腰を落とした。黎閃を前へ向け、宵閃は身体の近くに構えている。

二本で戦うところを、見たいとは思っていた。

でも、今じゃなくていい。

煙の向こうで、赤黒い魔力が揺れた。

ゼノが浮いた腕を身体の横へ引き寄せ、セルファを見る。


「……久しいな」

「覚えていたか」

「ああ」


低い声が返った。

次の瞬間、ゼノの右腕が飛んだ。

激しい金属音が響く。

セルファの目の前に、黒い拳があった。黎閃の刃がそれを受け止めている。

本体は、まだ向こうに立っていた。

腕だけで、あの距離を?

セルファが刀を傾け、拳を横へ流す。その脇から、もう片方の腕が迫った。


「左!」


思わず声が出る。

セルファは振り向かず、宵閃を振り上げた。

左の拳が弾かれ、右手の黎閃が本体へ向く。

けれど、流された右腕は地面すれすれで曲がった。

私の方へ。


「え――」


顔の前に、黒い拳が迫る。

身体を引くより早く、宵閃が横から滑り込んだ。拳の軌道が逸れ、頬のすぐ横を熱い風が抜ける。

髪が跳ね、眼鏡がずれた。


「ヤマハ、街道へ戻れ!」

「うん!」


眼鏡を押し上げ、来た方へ走る。

背後で金属音が続いた。

そのすぐあと、進もうとした先の地面が赤く染まる。

足が止まった。

土が抉《えぐ》れ、熱気が吹き上がった。ゼノの右腕が、道を塞ぐように浮いている。

慌てて横の木へ身を寄せた。


「そっちにも来るの……?」


振り返る。

右腕は私の近く。左腕はセルファの前。

本体は、そのさらに向こうに立っている。

腕が離れるって、そういうことか。

セルファと戦いながら、私の逃げ道にも手を出せる。

私は幹に背中をつけ、右腕の動きを見た。


セルファが宵閃で左の拳を弾き、本体へ踏み込む。すると、私の近くにあった右腕が一気に引き戻された。

黎閃が、その拳を受け流す。

続けて宵閃がゼノの胸元へ走った。ゼノが退くと、今度は長い刀がその先へ届く。


セルファは追いながら、二本の刀を振るっていた。

黎閃で腕を外へ流し、空いたところへ宵閃を差し込む。短い刀が引かれる頃には、もう長い刃が次の攻撃を受けている。

ゼノの腕は、前からだけでは来なかった。

横へ回り、時にはセルファの背中を狙う。それでも彼は足の位置を変え、二本で受けていた。


「……すご」


声が漏れた。

ゼノの本体が、少しずつ横へ追いやられていく。

私たちの後ろに、街道へ戻る方角が空いた。

セルファは、そちらへ一度だけ目を向けた。

今だ。


幹から身体を離した途端、ゼノの右腕がこちらを向く。

セルファが踏み込み、黎閃でその腕を押し上げた。左の拳も迫ったが、宵閃が受け止める。

その間に逃げようとして、私は足を動かした。

けれど、押し上げられた右腕が、セルファの頭上を回った。


「セルファ!」


背後へ落ちた拳が、脇腹を狙う。

セルファは左の拳を弾きながら身体を捻った。

避けきれなかった。

鈍い音がした。

身体が地面から浮き、そのまま木の幹へ叩《たた》きつけられる。枝が折れ、葉が落ちた。

セルファも、地面へ落ちた。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

魔物が来ても、セルファはいつも立っていた。

私に下がっていろと言って、気づけば倒していた。

その人が、地面にいる。


「セルファ!」


駆け寄ろうとした足が、声で止まった。


「来るな!」


片膝をついたセルファが、こちらを見る。


「木の陰にいろ!」


私は慌てて幹の後ろへ戻った。

セルファが立ち上がる。

よかったと思った直後、口元から血が落ちた。


「……血、出てる」


彼は手の甲で口を拭い、刀を構え直す。唇の端には、まだ赤いものが残っていた。


「大丈夫……?」

「動ける」


大丈夫とは、言わなかった。

ゼノの腕が迫る。

セルファは黎閃で受け流し、続く拳を宵閃で弾いた。二本の刀は、まだ速い。

でも、踏み出した足が一度だけ揺れた。

効いている。私にも分かった。

杖を握る手に、力が入る。

助けたい。

けれど、どこへ撃てばいい?

腕は速すぎる。本体の方を狙おうとしても、すぐ近くにセルファがいた。ゼノが少し動けば、彼まで巻き込んでしまう。


杖を上げかけて、止める。

その間も、拳は別々の方向から飛んでくる。セルファが片方を受けると、もう片方が横へ回った。

全部、一人で見なきゃいけない。

二本の刀があるからって、目まで増えるわけじゃないのに。


一人で。

その言葉が、妙に引っかかった。

頭の奥が、わずかに痛む。

木々の間に揺れる、赤黒い炎。

二本の刀が走っている。

その隣に――。


「ヤマハ!」


声で顔を上げた。

ゼノの右腕が、こちらへ向いていた。

開いた掌《てのひら》に、赤黒い炎が集まっている。

さっき、岩を溶かしたもの。


「走れ!」


地面を蹴った。

背後で空気が爆ぜる。

枝が腕へ当たったけれど、振り返らずに走った。足元の根を飛び越え、木と木の間を抜ける。

背中が熱い。

離れている気がしない。


「いやいやいや……!」


木を回り込み、一瞬だけ後ろを見た。

炎も、曲がった。

通り過ぎると思った木の横を、赤黒い塊が抜けてくる。葉が縮れ、細い枝から煙が上がった。


「セルファ!」


彼はゼノの左腕を弾き、本体の横へ抜けようとしていた。

でも、私との間にはまだ距離がある。

間に合わない。

前を見る。

また木の陰へ逃げても、追ってくる。走ったまま撃って、外したら。

だったら。

足を止め、杖を左手へ持ち替えた。

右手を、迫る炎へ向ける。怖い。

掌まで震えていた。

でも、今、撃たなきゃ。


「《フルメン》!」


青白い雷が、掌から弾けた。

炎の中心へ突き刺さる。

押し返せ。こっちへ来るな。

腕を伸ばしたまま、指先へ魔力を流す。光の向こうから押し寄せる熱で、目を開けていられない。

二つの光が膨れ上がった。

直後、轟音が響く。


足元の土が吹き飛び、身体が後ろへ押された。踏ん張ろうとした足が滑る。


「うわっ!」


尻もちをついた。

杖を握りしめ、顔を伏せる。熱い風が頭の上を通り過ぎ、細かな土が髪や肩へ落ちてきた。

それでも、炎は来なかった。


「……止まった?」


恐る恐る顔を上げる。

目の前の地面は焼け、煙が上がっていた。その向こうに、ゼノが立っている。

動いていない。

さっきまで飛び回っていた二本の腕も、空中で止まっていた。

ゼノが見ているのは、セルファじゃない。

私だった。

その視線が、伸ばした右手へ落ちる。

指先には、細い青白い火花が残っていた。


「……その雷」


低い声がした。

セルファが、ゼノを見る。


「貴様」


その先を言う前に、セルファが動いた。

黎閃を鞘へ納める。

短い音が鳴った。


左手の宵閃を逆手に持ち替え、右手を黎閃の柄《つか》へ添える。腰を落とし、前の足へ重心を移した。

ゼノの両腕は、私の方へ向いたままだった。


本体の前が空いている。

セルファが、地面を蹴った。

鞘から抜かれた黎閃が、ゼノの胸元へ走る。

ゼノが身体を引く。

その足元へ、宵閃が下から迫った。

避けようとした身体が傾く。

セルファは踏み込んだ足を軸に向きを変え、長い刃を返した。

ゼノが、両腕を引き戻す。

けれど、腕が間へ入るより早く、次の刀が別の角度から走った。


右から、左から。

刃を追おうとすると、もう別の場所で光っている。

セルファがゼノの横へ回り、二本の刀を振るう。

ゼノは腕で遮ろうとしたが、その外側を抜けた刃が背後へ届いた。

さっきまでとは違う。

逃げ道を作るために押していた時より、踏み込みが深い。


ゼノの顔が変わった。

両腕が、本体を守るように戻る。

その間へ、セルファが踏み込んだ。

黎閃と宵閃が交差する。


「――八重霞《やえがすみ》」


セルファが、ゼノの横を抜けた。

白い剣閃《けんせん》が、八つ。

ゼノを囲むように、空中へ残っていた。

一瞬遅れて、そのすべてがゼノへ襲いかかった。


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