↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/35

第二十話 七つの黒冠

宿へ戻る途中で、セルファと会った。

人の間を抜けて、こっちへ歩いてくる。

腰には黎閃《れいせん》と宵閃《しょうせん》が並んでいた。


「ヤマハ」

「ちょうどよかった。聞きたいことある」


セルファが足を止める。


「ハイクのところへ行ったんだろ」

「エマちゃんに聞いた?」

「ああ」

「私のこと、前から知ってるの?」


通りを荷車が通り、車輪の音が二人の間へ入った。

セルファは答えなかった。


「ハイクさんが言ったんだよね。お前は昔から、って。人違いか聞いても違うって言わないし、私の話なのに、私には話せないって」

「……そうか」

「そうか、じゃなくて。セルファも知ってるんでしょ?」


見上げた顔は、いつもと変わらない。でも、私が何を聞いているのかは分かっているようだった。


「人違いなら、そう言ってよ」

「人違いだとは言ってない」

「じゃあ、何?」


セルファが私を見る。


「今は、答えられない」

「また今度?」

「ああ」


胸の辺りが、少し重くなった。

答えを教えてくれない。でも、私の考えすぎだとも言ってくれない。


「それ、ずっと気になるんだけど。二人だけで分かってて、私だけ何も知らないの、変じゃない?」

「……気になるのは分かってる。だが、今ここで話すわけにはいかない」


いつものように、軽く流されたわけではなかった。

だから余計に、理由が分からない。

次の言葉を探していると、セルファが通りの先へ目を向けた。


「先に、来てほしいところがある」

「……どこ?」

「ギルド長のところだ。俺とお前が呼ばれた」


聞き返すまで、少し間が空いた。


「私も? この町に来たばっかなんだけど」

「ああ。俺も、まだ詳しくは聞いてない」


セルファが歩き出す。

私はその場で一度息を吐いてから、隣へ並んだ。

人通りの向こうに、ギルドの紋章を掲げた建物が見えていた。


「エマちゃんは?」

「宿にいる。呼ばれてるのは、俺たちだけだ」


私を呼ぶ理由なんて、思いつかない。

この町で依頼を受けたこともないし、ギルド長と知り合いでもない。

セルファの横顔を見る。

今度は、何を聞かされるんだろう。



◇

ギルドの中には、依頼書を眺める人や、受付で話す人がいた。

セルファについて歩いていると、すれ違った男の人がこちらを見た。その目が腰の二本へ下がり、もう一度、顔へ戻る。

こういうことか。

刀を持っていれば、分かる人には分かる。セルファが言っていた通りだった。

受付へ着くと、職員の人が立ち上がった。


「お待ちしていました。こちらへどうぞ」


二階へ案内されると、一階の声が遠くなった。廊下の一番奥で、職員の人が扉を叩く。


「セルファさんと、ヤマハさんがお見えです」

「入ってくれ」


部屋には大きな机があり、壁際の棚には本や書類が詰まっていた。机の上には地図が広げられ、いくつもの場所に印がついている。

その向こうには、白髪を後ろへ撫でつけた老人が座っていた。短く整えた白い髭《ひげ》に、深い皺《しわ》の刻まれた顔。濃い灰色の上着をきっちり着込んでいるけれど、襟元《えりもと》だけは少し緩めている。

紙から顔を上げた目が、セルファへ向いた。


「久しいな、雷刃《レグナ》」

「ああ」


普通に返すんだ。

渋いおじいさんだ。声も低くて、こういう人がギルド長だと言われると、なんか納得する。

その視線が、セルファの腰へ下がった。


「ようやく戻したか」

「昨日な」

「そうか」


続いて、私を見る。


「君がヤマハ君だな」

「はい。私も呼ばれたって聞いたんですけど」

「ああ。二人とも座ってくれ」


椅子へ腰を下ろす。

セルファの目は、すでに地図へ向いていた。赤く囲まれた場所が、いくつかある。

ギルド長が、その一つへ指を置いた。


「黒冠の目撃情報が入った」

「どいつだ」

「ゼノだ」


知らない名前だった。

けれど、その一言でセルファの表情が変わったのは分かった。地図へ目を落とし、赤い印を順に見ている。

ギルド長が、私へ向き直った。


「ヤマハ君は、黒冠を知っているか?」

「知らないです」


老人は頷き、地図から手を離した。


「黒冠と呼ばれる、七人の魔族がいる。他の魔族とは力も危険性も違う者たちだ。共通して黒い冠を身につけているが、頭にかぶっているとは限らない」

「冠なのに?」


自分の頭へ手をやる。


「腕につけている者もいる。見た目だけで、普通の装飾品だと判断しないことだ」

「七人もいるんですか? ……え、めっちゃ多くない?」

「ああ。近年、目撃されているのは四人だ。だが、今どこにいるかは分からん。何年も姿を見せなかった者が、ある日突然、町に現れることもある」

「……何しに?」

「分からん。現れる場所も、起こす被害も違う。こちらに目的を告げてくれるわけではないからな」


ギルド長が、地図へ目を落とした。


「災害のようなものだ。姿を見たという知らせが届いた時には、すでに町が一つ消えていることもある」


私はセルファを見た。

否定しなかった。

さっきまで聞こえていた、一階の人たちの声が気になった。あの人たちは、この話を知っているんだろうか。


「残りの三人は、倒されたとかですか?」

「過去に討伐《とうばつ》されたという記録はある。だが、倒したはずの者が再び現れた例もある。長く目撃されていないからといって、死んだとは考えられん」

「……倒しても、また出てくるんです?」

「そういう相手だ。普通の魔物と同じようには考えるな」


答えたセルファの声にも、冗談を言う余裕はなかった。

私は椅子へ座り直した。

ギルド長が、赤い印を指す。


「今回確認されたのは、ゼノ。特徴は、両腕が肩から離れていることだ」

「……はい?」


自分の肩を見る。


「肩と腕の間を、炎のような魔力で繋《つな》いでいる。腕そのものを身体から離して動かすこともできる」


想像してみる。

身体があって、その少し横に腕が浮いている。間にあるのは、炎。


「……それ、どうやって服着るんだろ」

「そこか?」


ギルド長が、少しだけ眉を寄せた。


「いや、気になるじゃないですか。袖に腕を通したあと、肩にくっつけるのかなって」

「今、気にすることじゃない」


セルファに言われた。

それはそう。

でも、絶対着にくいと思う。

ギルド長は地図へ目を戻した。


「黒い冠は、右腕の手首より少し上につけている。三日前、この辺りで特徴の似た魔族が目撃された」


指が、レイゼルから離れた場所へ動く。


「似たって、どの辺がですか?」

「遠目だったが、腕が身体から離れていたそうだ」

「それ、ほぼゼノさんじゃないですか。そんな特徴の人、ほかにもいるんです?」


何人もいてほしくないんですけど…


「昨日、別の場所でも目撃された。今度は黒い冠まで確認されている」


指が、町に近い印で止まった。

二つの印と、レイゼルの位置を見比べる。


「……こっちに来てる?」

「その可能性はある。だが、二度の目撃だけで行き先までは決められん。町へ来るのか、近くを通り過ぎるだけなのかも分からない」


どちらなのか分からないまま、待つ。

さっきの災害という言い方が、少し分かった気がした。

セルファが小さく息を吐く。


「……面倒なのが来たな」

「戦ったことある?」


尋ねると、短く頷いた。


「ある」

「勝った?」

「仕留めきれなかった」


それだけだった。

グラウガが三匹いても、セルファは平然としていた。四本腕の大きな個体も、怪我一つせず倒した。

そのセルファが、仕留めきれなかった相手。

さっきまで想像していた変な腕の魔族が、一気に笑えないものへ変わった。


「その人を、私たちで倒せって話ですか?」

「違う」


すぐに返ってきた。

少しだけ、息を吐く。


「よかった。ここまで聞いて、では倒してきてくださいって言われたら、いや無理ですけど? ってなるとこでした」

「正面から討伐に向かわせるつもりはない。今、この町にいる戦力では足りん」


ギルド長が腕を組んだ。


「白夜の勇者《ルクシオン》、レオニスが近くにいれば、まだ話も違うが」

「……勇者?」


急に、すごい名前が出てきた。


「今は西だったか」


セルファが尋ねる。


「ああ。すぐに戻れる距離じゃない」

「天外の魔女《セレス》、フィリアは?」

「所在が分からん」

「魔女もいるんですか?」

「いる」


勇者に魔女。それから、雷刃。

私の知らないところに、いろんな人がいるらしい。

けれど、名前が出たところで誰も来られない。ギルド長はしばらく地図を見てから、顔を上げた。


「仮に彼らがここにいても、何も調べずゼノへ仕掛けることはしない。近くで目撃された以上、町として備える必要がある。何かを探しているのか、すでに被害が出ているのか。分かることから確かめたい」


セルファが頷く。


「目撃された場所を見てくる」

「頼みたいのはそれだ。接触することが前提ではない。痕跡《こんせき》を確かめて、分かったことを持ち帰ってくれ。危険なら、調査を続けず戻れ」

「分かった」


返事は早かった。


「……行くんだ」

「町の近くにいるかもしれん。放っておくわけにもいかない」


地図を見る。

レイゼルの印の中には、さっき歩いてきた通りがある。店を開ける人や、荷物を運ぶ人がいた。

エマちゃんも、宿にいる。

私はギルド長へ顔を向けた。


「でも、なんで私も呼ばれたんですか?」


老人がセルファを見る。


「雷を使える同行者がいると聞いた」

「話したの?」

「お前も呼ぶと言われたから、どこまでできるかは伝えた。戦い始めて、まだ日が浅いこともな」


ギルド長が頷く。


「君に討伐を頼むつもりはない。だが、セルファと旅を続けるなら、この町で何が起きているかは知っておいてほしかった。何も知らず、目撃された場所へ出かけられても困る」


説明を聞くためだったらしい。

少し安心した。

けれど、セルファはもう行くつもりでいる。


「私は、残っててもいいの?」

「ああ」


迷わず答えた。


「来るなら、今日は勝手に動くな。ゼノを見つけても攻撃するな。俺が戻ると言ったら、すぐ引く」

「調べるだけ?」

「そうだ」


昨日から、聞きたいことは増えるばかりだった。

今朝は、自分のことを聞くつもりだったのに。

地図へ目を落とす。

怖い。

セルファが仕留めきれなかった相手には、できれば会いたくない。

でも、何も知らないまま宿で待っているのも落ち着かなかった。この人が何を見て、何を警戒しているのか。調べるだけなら、そばで確かめたい。


「……私も行く。勝手に撃たないし、戻れって言われたら戻る」

「分かった」


セルファが立ち上がった。


「エマには話しておく。用意したら出るぞ」

「その前に、何を持ってくか教えて」

「杖と水。動きやすい格好で来い」

「買った上着は?」

「宿に置いておけ」

「ですよね」


ギルド長が、地図に書かれた目撃地点を紙へ写し始めた。私はその手元を見ながら、場所を覚える。

紙を受け取ったセルファの隣で、頭を下げた。


「ありがとうございます。……見つけても、調べるだけにしときます」

「くれぐれも、無理はしないでくれ」


落ち着いた声だった。

その言葉には頷けたけれど、地図で見た二つの印が頭に残っていた。

セルファの昔を聞くために出かけたはずだった。それが今度は、黒冠の足取りを調べに行くことになっている。

部屋を出る前に、もう一度セルファを見た。


「さっきの話も、忘れてないからね」

「ああ」


今朝と同じ返事だった。

私は頷き、その隣へ並んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。