第二十話 七つの黒冠
宿へ戻る途中で、セルファと会った。
人の間を抜けて、こっちへ歩いてくる。
腰には黎閃と宵閃が並んでいた。
「ヤマハ」
「ちょうどよかった。聞きたいことある」
セルファが足を止める。
「ハイクのところへ行ったんだろ」
「エマちゃんに聞いた?」
「ああ」
「私のこと、前から知ってるの?」
通りを荷車が通り、車輪の音が二人の間へ入った。
セルファは答えなかった。
「ハイクさんが言ったんだよね。お前は昔から、って。人違いか聞いても違うって言わないし、私の話なのに、私には話せないって」
「……そうか」
「そうか、じゃなくて。セルファも知ってるんでしょ?」
見上げた顔は、いつもと変わらない。でも、私が何を聞いているのかは分かっているようだった。
「人違いなら、そう言ってよ」
「人違いだとは言ってない」
「じゃあ、何?」
セルファが私を見る。
「今は、答えられない」
「また今度?」
「ああ」
胸の辺りが、少し重くなった。
答えを教えてくれない。でも、私の考えすぎだとも言ってくれない。
「それ、ずっと気になるんだけど。二人だけで分かってて、私だけ何も知らないの、変じゃない?」
「……気になるのは分かってる。だが、今ここで話すわけにはいかない」
いつものように、軽く流されたわけではなかった。
だから余計に、理由が分からない。
次の言葉を探していると、セルファが通りの先へ目を向けた。
「先に、来てほしいところがある」
「……どこ?」
「ギルド長のところだ。俺とお前が呼ばれた」
聞き返すまで、少し間が空いた。
「私も? この町に来たばっかなんだけど」
「ああ。俺も、まだ詳しくは聞いてない」
セルファが歩き出す。
私はその場で一度息を吐いてから、隣へ並んだ。
人通りの向こうに、ギルドの紋章を掲げた建物が見えていた。
「エマちゃんは?」
「宿にいる。呼ばれてるのは、俺たちだけだ」
私を呼ぶ理由なんて、思いつかない。
この町で依頼を受けたこともないし、ギルド長と知り合いでもない。
セルファの横顔を見る。
今度は、何を聞かされるんだろう。
◇
ギルドの中には、依頼書を眺める人や、受付で話す人がいた。
セルファについて歩いていると、すれ違った男の人がこちらを見た。その目が腰の二本へ下がり、もう一度、顔へ戻る。
こういうことか。
刀を持っていれば、分かる人には分かる。セルファが言っていた通りだった。
受付へ着くと、職員の人が立ち上がった。
「お待ちしていました。こちらへどうぞ」
二階へ案内されると、一階の声が遠くなった。廊下の一番奥で、職員の人が扉を叩く。
「セルファさんと、ヤマハさんがお見えです」
「入ってくれ」
部屋には大きな机があり、壁際の棚には本や書類が詰まっていた。机の上には地図が広げられ、いくつもの場所に印がついている。
その向こうには、白髪を後ろへ撫でつけた老人が座っていた。短く整えた白い髭に、深い皺の刻まれた顔。濃い灰色の上着をきっちり着込んでいるけれど、襟元だけは少し緩めている。
紙から顔を上げた目が、セルファへ向いた。
「久しいな、雷刃」
「ああ」
普通に返すんだ。
渋いおじいさんだ。声も低くて、こういう人がギルド長だと言われると、なんか納得する。
その視線が、セルファの腰へ下がった。
「ようやく戻したか」
「昨日な」
「そうか」
続いて、私を見る。
「君がヤマハ君だな」
「はい。私も呼ばれたって聞いたんですけど」
「ああ。二人とも座ってくれ」
椅子へ腰を下ろす。
セルファの目は、すでに地図へ向いていた。赤く囲まれた場所が、いくつかある。
ギルド長が、その一つへ指を置いた。
「黒冠の目撃情報が入った」
「どいつだ」
「ゼノだ」
知らない名前だった。
けれど、その一言でセルファの表情が変わったのは分かった。地図へ目を落とし、赤い印を順に見ている。
ギルド長が、私へ向き直った。
「ヤマハ君は、黒冠を知っているか?」
「知らないです」
老人は頷き、地図から手を離した。
「黒冠と呼ばれる、七人の魔族がいる。他の魔族とは力も危険性も違う者たちだ。共通して黒い冠を身につけているが、頭にかぶっているとは限らない」
「冠なのに?」
自分の頭へ手をやる。
「腕につけている者もいる。見た目だけで、普通の装飾品だと判断しないことだ」
「七人もいるんですか? ……え、めっちゃ多くない?」
「ああ。近年、目撃されているのは四人だ。だが、今どこにいるかは分からん。何年も姿を見せなかった者が、ある日突然、町に現れることもある」
「……何しに?」
「分からん。現れる場所も、起こす被害も違う。こちらに目的を告げてくれるわけではないからな」
ギルド長が、地図へ目を落とした。
「災害のようなものだ。姿を見たという知らせが届いた時には、すでに町が一つ消えていることもある」
私はセルファを見た。
否定しなかった。
さっきまで聞こえていた、一階の人たちの声が気になった。あの人たちは、この話を知っているんだろうか。
「残りの三人は、倒されたとかですか?」
「過去に討伐されたという記録はある。だが、倒したはずの者が再び現れた例もある。長く目撃されていないからといって、死んだとは考えられん」
「……倒しても、また出てくるんです?」
「そういう相手だ。普通の魔物と同じようには考えるな」
答えたセルファの声にも、冗談を言う余裕はなかった。
私は椅子へ座り直した。
ギルド長が、赤い印を指す。
「今回確認されたのは、ゼノ。特徴は、両腕が肩から離れていることだ」
「……はい?」
自分の肩を見る。
「肩と腕の間を、炎のような魔力で繋いでいる。腕そのものを身体から離して動かすこともできる」
想像してみる。
身体があって、その少し横に腕が浮いている。間にあるのは、炎。
「……それ、どうやって服着るんだろ」
「そこか?」
ギルド長が、少しだけ眉を寄せた。
「いや、気になるじゃないですか。袖に腕を通したあと、肩にくっつけるのかなって」
「今、気にすることじゃない」
セルファに言われた。
それはそう。
でも、絶対着にくいと思う。
ギルド長は地図へ目を戻した。
「黒い冠は、右腕の手首より少し上につけている。三日前、この辺りで特徴の似た魔族が目撃された」
指が、レイゼルから離れた場所へ動く。
「似たって、どの辺がですか?」
「遠目だったが、腕が身体から離れていたそうだ」
「それ、ほぼゼノさんじゃないですか。そんな特徴の人、ほかにもいるんです?」
何人もいてほしくないんですけど…
「昨日、別の場所でも目撃された。今度は黒い冠まで確認されている」
指が、町に近い印で止まった。
二つの印と、レイゼルの位置を見比べる。
「……こっちに来てる?」
「その可能性はある。だが、二度の目撃だけで行き先までは決められん。町へ来るのか、近くを通り過ぎるだけなのかも分からない」
どちらなのか分からないまま、待つ。
さっきの災害という言い方が、少し分かった気がした。
セルファが小さく息を吐く。
「……面倒なのが来たな」
「戦ったことある?」
尋ねると、短く頷いた。
「ある」
「勝った?」
「仕留めきれなかった」
それだけだった。
グラウガが三匹いても、セルファは平然としていた。四本腕の大きな個体も、怪我一つせず倒した。
そのセルファが、仕留めきれなかった相手。
さっきまで想像していた変な腕の魔族が、一気に笑えないものへ変わった。
「その人を、私たちで倒せって話ですか?」
「違う」
すぐに返ってきた。
少しだけ、息を吐く。
「よかった。ここまで聞いて、では倒してきてくださいって言われたら、いや無理ですけど? ってなるとこでした」
「正面から討伐に向かわせるつもりはない。今、この町にいる戦力では足りん」
ギルド長が腕を組んだ。
「白夜の勇者、レオニスが近くにいれば、まだ話も違うが」
「……勇者?」
急に、すごい名前が出てきた。
「今は西だったか」
セルファが尋ねる。
「ああ。すぐに戻れる距離じゃない」
「天外の魔女、フィリアは?」
「所在が分からん」
「魔女もいるんですか?」
「いる」
勇者に魔女。それから、雷刃。
私の知らないところに、いろんな人がいるらしい。
けれど、名前が出たところで誰も来られない。ギルド長はしばらく地図を見てから、顔を上げた。
「仮に彼らがここにいても、何も調べずゼノへ仕掛けることはしない。近くで目撃された以上、町として備える必要がある。何かを探しているのか、すでに被害が出ているのか。分かることから確かめたい」
セルファが頷く。
「目撃された場所を見てくる」
「頼みたいのはそれだ。接触することが前提ではない。痕跡を確かめて、分かったことを持ち帰ってくれ。危険なら、調査を続けず戻れ」
「分かった」
返事は早かった。
「……行くんだ」
「町の近くにいるかもしれん。放っておくわけにもいかない」
地図を見る。
レイゼルの印の中には、さっき歩いてきた通りがある。店を開ける人や、荷物を運ぶ人がいた。
エマちゃんも、宿にいる。
私はギルド長へ顔を向けた。
「でも、なんで私も呼ばれたんですか?」
老人がセルファを見る。
「雷を使える同行者がいると聞いた」
「話したの?」
「お前も呼ぶと言われたから、どこまでできるかは伝えた。戦い始めて、まだ日が浅いこともな」
ギルド長が頷く。
「君に討伐を頼むつもりはない。だが、セルファと旅を続けるなら、この町で何が起きているかは知っておいてほしかった。何も知らず、目撃された場所へ出かけられても困る」
説明を聞くためだったらしい。
少し安心した。
けれど、セルファはもう行くつもりでいる。
「私は、残っててもいいの?」
「ああ」
迷わず答えた。
「来るなら、今日は勝手に動くな。ゼノを見つけても攻撃するな。俺が戻ると言ったら、すぐ引く」
「調べるだけ?」
「そうだ」
昨日から、聞きたいことは増えるばかりだった。
今朝は、自分のことを聞くつもりだったのに。
地図へ目を落とす。
怖い。
セルファが仕留めきれなかった相手には、できれば会いたくない。
でも、何も知らないまま宿で待っているのも落ち着かなかった。この人が何を見て、何を警戒しているのか。調べるだけなら、そばで確かめたい。
「……私も行く。勝手に撃たないし、戻れって言われたら戻る」
「分かった」
セルファが立ち上がった。
「エマには話しておく。用意したら出るぞ」
「その前に、何を持ってくか教えて」
「杖と水。動きやすい格好で来い」
「買った上着は?」
「宿に置いておけ」
「ですよね」
ギルド長が、地図に書かれた目撃地点を紙へ写し始めた。私はその手元を見ながら、場所を覚える。
紙を受け取ったセルファの隣で、頭を下げた。
「ありがとうございます。……見つけても、調べるだけにしときます」
「くれぐれも、無理はしないでくれ」
落ち着いた声だった。
その言葉には頷けたけれど、地図で見た二つの印が頭に残っていた。
セルファの昔を聞くために出かけたはずだった。それが今度は、黒冠の足取りを調べに行くことになっている。
部屋を出る前に、もう一度セルファを見た。
「さっきの話も、忘れてないからね」
「ああ」
今朝と同じ返事だった。
私は頷き、その隣へ並んだ。




