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第十九話 知らない私

ハイクさんの工房を出たあとも、雷刃《レグナ》のことは頭から離れなかった。


お茶を飲んでいる間に聞けたのは、セルファが昔から愛想のない人だったことくらい。

雷戰《レグリア》の話になると、二人とも口が重くなる。

セルファは雷を使えない。

けれど、昔から二本の刀に青白い雷を宿していたらしい。

洞穴では、私の雷を使っていた。

だったら、昔は誰の雷だったんだろう。

気になる。めちゃくちゃ気になる。

……とはいえ。


「これ、可愛くない?」

「可愛いです」

「だよね?」


目の前に服があれば、それも気になる。

大通りへ戻った私たちは、さっき見つけた服屋に入っていた。

壁には色も形も違う服が並び、棚には帽子や小物まで置かれている。

日本で見ていた服とは違うけれど、留め具や袖の形が面白くて、つい手に取ってしまった。

薄い灰色の上着を身体の前へ当て、鏡を見る。丈は短めで、袖口に細い刺繍《ししゅう》が入っていた。


「どう?」

「似合ってます。今の服とも合わせられそうですね」

「そうなの。これなら旅の途中でも着られるし、袖も


邪魔にならなそうじゃない? 買おっかな」


「さっきも聞いたぞ」


振り返ると、入口の近くでセルファが壁にもたれていた。

腰には、取り戻したばかりの黎閃《れいせん》と宵閃《しょうせん》。

黒い鞘《さや》が二本並んでいるのを見ると、工房での話を思い出す。

でも今は、服だ。


「セルファには聞いてないんだけど」

「三着目だぞ」

「見てるのがね。全部買うわけじゃないし。比べないと、どれがいいか分かんないでしょ」

「自分で持てる分にしろ」

「増えたら持ってくれない?」

「持たん」


即答だった。

エマちゃんの鞄は持ってくれたのに。

もう一度鏡へ向き直ると、後ろから声がした。


「それは、さっきのよりいい」

「……え?」


鏡の中の上着を見てから、セルファを見る。


「今、褒めた?」

「服の話だ」

「分かってるよ」


何その言い方。

でも、袖の刺繍を見直すと、やっぱり可愛い。ソルネアで受け取った報酬も、まだ残っている。


「じゃあ、これにしよ」

「俺の意見で決めるのか」

「違うし。元々これがよかったし」


隣でエマちゃんが笑った。

見ないで。



◇

その日の夜、私とエマちゃんの部屋に集まった。

買った上着をベッドへ広げる。

エマちゃんも机に小さな包みや瓶を並べ、買ったものを一つずつ確かめていた。

植物を扱う店で見つけたらしい。何に使うのかは分からないけれど、楽しそうなのは分かる。

多分、私も今、同じような顔をしている。


「明日もここにいよ」


椅子に座っていたセルファが顔を上げた。


「別に、明日出るとは言ってない」

「やった。まだ見たい店あるんだよね。向かいの帽子屋も入ってないし、途中で見たパンも食べたい。刀だけ取って、はい次、はもったいなくない?」

「誰も次へ行くとは言ってないだろ」

「私も、もう少し町を見てみたいです」


エマちゃんが瓶を置いた。


「ほら。エマちゃんも」

「だから、出るとは言ってない」


私は上着を持ち上げ、袖を畳んだ。

明日はどの店から見よう。昼間は気づかなかったけれど、この上着、内側にも小さなポケットがついている。こういうのも嬉しい。


「ヤマハ」

「なに」

「明日は荷物を増やすなよ」

「おやすみ」

「まだ寝る時間じゃない」


聞こえなかったことにしようとしたのに。

畳んだ上着を鞄へしまいながら、セルファの腰に目がいった。


宵閃の柄《つか》に、色の褪《あ》せた布が巻かれている。

工房では、昔もらったものだと言っていた。

刀は綺麗に手入れされているのに、あの布は擦り切れたままだ。

誰にもらったんだろう。

服のことを考えていたはずなのに、また聞きたいことが増えてしまった。



◇

翌朝、私は一人で宿を出た。

エマちゃんには、ハイクさんのところへ行ってくると伝えた。セルファには言っていない。

本人に聞いても、今度だと言われた。

だったら、知っている人に聞けばいい。

昨日から気になっていたのは、雷だけじゃなかった。

工房へ入った時、ハイクさんは私を見て動きを止めた。あの顔が、妙に引っかかっている。

朝の大通りでは、店の人が商品を並べていた。

荷車から木箱が下ろされ、焼きたてのパンを載せた籠《かご》が運ばれていく。

その間を抜け、昨日の道を辿った。

一つ角を曲がって、もう一つ。黒ずんだ工房が見える。


「……合ってた」


ちょっと安心して、扉を叩いた。


「おはよー」


金属を打つ音が止まる。

炉《ろ》の前にいたハイクさんが振り返り、私を見ると眉を上げた。


「今日は、一人か」

「うん。聞きたいことあって」

「セルファは?」

「宿」

「……あいつに聞け」


まだ、何も聞いてないんだけど。

近くの椅子を指す。


「座っていい?」

「火には近づくなよ」


椅子を作業台の脇へ寄せ、腰を下ろした。


「昔も、セルファはフルメクタを使ってた?」

「使っとったぞ」

「誰かの魔力を、刀に通して?」

「あれは、そういう技だ」

「それが雷だったから、雷刃って呼ばれてたの?」


ハイクさんが金槌《かなづち》を作業台へ置く。


「その話を聞きに来たのか」

「うん。セルファは雷を使えないんでしょ? 昨日、刀が勝手に魔法を使うわけじゃないって言ってたし。だったら昔も、誰かの雷を使ってたんじゃないかなって」


洞穴で、私の雷を受けたセルファ。

古い記録に残る、青白い雷を宿す二本の刃。

あの時と同じように、昔も誰かと一緒に戦っていたのかもしれない。


「雷戰と、一緒に旅してたの?」


ハイクさんは答えなかった。作業台の上にある道具を、一つずつ脇へ寄せている。


「ねえ」

「そいつは、セルファと話せ」

「今度って言われたんだって」

「なら、待ってやれ」

「待つだけじゃ、いつになるか分かんないじゃん。昨日も二人で黙っちゃったし、そんなに聞かれたくない話なの?」


ハイクさんが私を見た。

怒った顔ではなかった。でも、昨日みたいには笑ってくれない。


「ワシが勝手に話すことじゃねえ」


その言い方に、次の質問が止まった。

ただ面倒だから答えない、というわけではないらしい。

私は椅子の縁《ふち》へ手を置いた。


「……じゃあ、ハイクさんのことならいい?」

「何だ」

「昨日、私を見て驚いてたよね」


道具を寄せていた手が止まる。


「知ってる人に会ったみたいな顔だった」

「そう見えたか」

「うん。私たち、どっかで会ったことある?」


ハイクさんは、私の顔を見ていた。

返事を待つ。炉の火が揺れ、頬に熱が届いた。


「私、初めてここへ来たんだけど」


そう言うと、ハイクさんはゆっくり息を吐いた。


「……そうか」

「何その返事」

「よく人の顔を見とるな」

「そりゃ見るよ。めっちゃ見られたし。変な服着てるからかな、とか、眼鏡が珍しいのかな、とか考えるじゃん」


ハイクさんが、少しだけ口元を緩めた。


「お前は昔から――」


言葉が止まる。


「……え?」


ハイクさんの顔を見る。

今、何て言った?


「昔からって、言った?」

「……口が滑った」

「じゃあ、やっぱ会ったことあるの?」


椅子から少し身を乗り出す。

ハイクさんは口を閉じた。


「私、昨日初めて会ったと思ってるんだけど」

「その話も、ワシからはできん」

「なんで?」


自分でも、さっきより声が低くなったのが分かった。

セルファも、時々そうだ。

初めて会ったはずなのに、前から私を知っているような顔をする。

名前を聞いた時も、雷を見た時も、何か言いたそうにするくせに、聞けば答えてくれない。

今度は、ハイクさんまで。


「セルファの昔話なら、勝手に話せないのも分かるよ。でも今の、私の話でしょ? 私が聞いてるのに、どうして駄目なの?」


ハイクさんがこちらへ向き直った。

何か言おうとした、その時。

背後で、工房の扉が開いた。


「ハイク、頼んでたものはできとるか?」


大きな革袋を肩に担いだ男の人が、入口に立っていた。


「ああ。奥にある」


ハイクさんが答え、作業台の向こうへ回る。

私は椅子から立ち上がった。


「まだ、聞きたいんだけど」

「今日はここまでにしてくれ。仕事だ」


男の人が私とハイクさんを見比べた。

ハイクさんは奥から包みを持ってくると、作業台へ置いた。ここで話を続けても、答えは返ってきそうになかった。


「……また来るからね」


ハイクさんが、一度だけこちらを見る。


「セルファと話してからにしろ」


何も分からないまま、工房を出た。

中にいたせいで、外の空気が冷たく感じる。頬へ手を当て、少しだけその場に立っていた。

お前は昔から。

聞き間違いじゃない。ハイクさんも、口が滑ったと認めた。

会ったことがあるなら、そう言えばいい。人違いなら、人違いだと言えばいい。

なのに、話せないと言う。


「……何なの、マジで」


大通りへ戻ると、昨日見なかった服が店先に並んでいた。

淡い緑の上着。襟元《えりもと》の形が可愛くて、足が止まる。

いつもなら、そのまま近づいていたと思う。

けれど今日は、値札を見る前に、ハイクさんの声が浮かんだ。

お前は昔から。

私は店先から離れ、宿へ向かった。

セルファに、もう一度聞こう。

雷のことだけじゃない。

私の顔を見て、二人が何を思っているのか。どうして、私より私のことを知っているような口ぶりなのか。

今度は、そこを聞きたかった。


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